コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【ついに……3000です!!(感涙】 ( No.270 )
- 日時: 2013/02/05 19:11
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode
 「……どうぞ。散らかってますけど」
 「お邪魔します」
 そういって、わたしたちは部屋に入りました。
 ……部屋の中は、かなり荒れていました。イスなんかは、全部ひっくり返っています。
 ……揺れているカーテンの下で、上田君のお母さんらしき女性が、うずくまっていました。
 「……さっきまで、錯乱していて。玲を探すっていうこと聞かなくて、それでこの様なんだ。これでも綺麗にした方なんだけど……」
 「……じっとなんて、してらんないよ」
 女性が、ボソリ、と呟いた。
 「……だって、あたしのせいで、玲は、玲は……」
 「母さん、何時までそういってるつもりなんだよ。母さんがそんなんだったら、玲も何時まで経っても戻らないだろ」
 「だから探しに行くっていってるじゃない!」
 「その青い顔で、何が出来るんだよ」
 かっと熱くなるお母さんを、上田君は冷静な声で制した。
 「……『あたしのせい』?」
 雪ちゃんがすかさず聞いた。
 「……母さん、玲が出て行く直前まで、喧嘩したらしいんだ」
 「あたしのせいよ!! あたしが、あんなこと、あたしの苦労はあんたのせい、なんて……酷いこといったから!」
 そういって、彼女はワ、と泣き出した。
 こういっちゃ、何だけど……彼女は、まるで子供です。
 自分のせいだって判っているのなら、いわなきゃ良かったのに。それに、幾ら勢いでも、思ってもいないことは言葉には出来ません。
 いってしまったのは、きっと玲ちゃんに向けての、憎しみがあったから。
 『生まれなきゃ良かった——』
 ……昔、父にいわれた言葉を思い出しました。
 あの時のわたしと、まだ会ったことのない玲ちゃんの姿を重ねてしまいました。
 ——そうしたらどうしても、この人を赦せそうにありませんでした。
 思わず、こぶしを握り締める。
 「……ごめんな、皆。客さんが来てるっていうのに、あんな感じで……」
 「いいえ……仕方がないわ」
 すまなさそうにいう上田君に、芽衣子さんはユルユルと首を振った。
 「……判るから。あの人の気持ち」
 「……」
 芽衣子さんには、わかるのだろうか。
 わたしには、身勝手で我侭をいっているようにしか見えない、あの人の気持ちが、彼女には判るのだろうか。
 ……親だったら、子供を憎んだりしてしまうことは、やっぱりあることなのか。
 「とりあえず、こっちで話しましょう」
 綺麗な上田君の部屋に案内され、「お茶を持ってくるから」と、上田君はリビングに戻っていきました。
 「……そうですか」
 さっきと同じ説明をすると、上田君もすんなり理解してくれました。
 「それで今、三也沢君たちが玲ちゃんが居るんじゃないかっていう場所に向かっているんだけど……」
 「多分、大丈夫ですよ。絶対、玲ちゃんを連れて帰ってきます」
 芽衣子さんの言葉に、わたしはすかさず付け加えました。
 すると上田君も、「うん、あいつならなんとかしてくれそうだ」といいました。
 「……ねえ、上田君。私ね、その日より前に、玲ちゃんと会っているのよ」
 「……え、何時?」
 「最近よ。しかも学校の図書室」
 「ええええ!?」
 上田君が、心底驚いた顔をして声を上げました。
 「あ、あの玲が……図書室に何でまた!?」
 「それは、私たちも気になっていたのよ。その時、本を借りていたんだけど……随分古い本でね」
 「どんな本なんですか? 題名は?」
 「あ、この本だよ」
 雪ちゃんが、持っていた登校鞄から、あの本を出しました。
 すると、さっきとは比べ物にならない叫び声を上げたのです。
 「な、何よ! 上田君!」
 おっかなびっくりで、雪ちゃんが聞きました。
 すると上田君は、とんでもない爆弾発言をいったんです。
 「それぇ!! 親父の形見————!!」
 ……一瞬、わたしたちの空気が凍りました。
 え、カタミ? カタミ? って、死んだ人の残したモノのこと?
 って、親父? オヤジ、オヤジって、父親の、つまり上田君たちのお父さん、ってことですよね?
 と、いうことは、この本は、上田君のお父さんのモノだった、ってこと……?
 「……ええええええええええええええええええぇぇぇえええぇえ!?」
 ワンテンポ遅れて、わたしたち三人は、上田君に負けないぐらいの叫び声を上げました。
 「……つまり、三、四年前、丁度学校側が捨てる寸前だった、大好きだったデミアンの本を、OBであった貴方のお父さんが譲り受けた。そして、亡くなったお父さんの代わりに、貴方が譲り受けた。しかし何時だったか、図書室の本を返す際、間違ってこの本も図書室に返してしまった。そして、玲ちゃんがこの本を借りた。……そういうこと?」
 雪ちゃんが、上田君の説明をかいつまんでいった。
 上田君は、凄く驚いた顔をしながら、「俺もビックリだ……」といった。
 通りで、見たことないと思いました……捨てられる寸前だったということは、きっと使わない本を置く倉庫に、ずっと置かれていたハズですから。
 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、上田君!」
 そんな時、芽衣子さんが待ったをかけました。
 「確かに私は二年前この仕事に就いたから、前の司書のことなんて知らないわ。捨てる際、バーコードすらハズすことを忘れちゃうほどずぼらな人だったかもしれない。でも、貸し出す本の情報をパソコンに残しておいたら、流石の前の司書も私も気付くハズよ!?」
 芽衣子さんの言葉に、わたしはハッとしました。
 確かにそうです。貸し出し期限をハッキリとさせる為、またどの本がまだ戻っていないかを調べる為に、貸し出された本は、何時、誰がどの期限までという情報が、パソコンにはあるハズです。
 仮に、前の司書さんがデータを消去させることを忘れた程ずぼらだったとしても、貸し出されたとしての情報が残るはずです。でも、それは残っていなかった。
 「……でもよ、せんせー。この、発行日が書かれた紙にさ、うっすらだけど「上田一二三」って、書いてあるんだよな。紛れもなく親父の名前なんだけど」
 「小学生か……」
 雪ちゃんが呆れたように呟きました。
 でも確かに、うっすらと書いてあります。持ち物には名前を書く。良い心がけです。
 「……でも、どうして? ひょっとして玲ちゃんは、ここに本があるってことを知って登校したの?」
 「そんな、俺も知らなかったんだぜ?」
 「それに、どうして無事返却と貸し出しが出来たのかしら……」
 な、謎だらけです。
 どういう、ことなんでしょう?
 パラパラと芽衣子さんは、本を開いていました。けれど途中で、手を止めました。
 「……芽衣子さん?」
 「……卵は世界だ」
 「え?」
 「聞いたことない? この本の、有名な台詞よ。名言っていってもいいかな。『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは』」
 「『 一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという』」
 途中で、上田君が言葉を繋ぎました。
 「……貴方も、知っているの?」
 「正直、その本は俺にはあんまりにも難しすぎて、最後まで読めてねえんだ。……でも、その言葉だけは、小さい頃から何べんも、親父に聞かされていたからな」
 「玲もその言葉を聞いてデミアンに興味持ったんかもな」上田君はそういって、苦笑いをした。
 「……ひょっとしたら、この事件、全部貴方のお父様が関わっているのかもしれないわね」
 「え?」
 「いや、こっちの話よ」
 上田君が聞き返すと、芽衣子さんははぐらかした。
 「この本に……お父様は、貴方たちに何を託そうとしたか、判る?」
 「え? 判るって?」
 上田君が、また聞き返した。芽衣子さんもまた、はぐらかした。
 「破壊……それだけを聞くと、おぞましいものにしか聞こえないわ。でもね、時としてそれは、優しくて勇気付ける言葉でもあったりするのよ」
 ——その言葉に、わたしは、ようやく気付いたのです。
 「いや、せんせー。あたしらには何をいっているか、さっぱり……って、フウちゃん!?」
 雪ちゃんが、席を立つわたしに声を掛けました。が、気にも留めません。
 「ちょ、フウちゃん何処に行くの!?」
 「ケンちゃんたちを追います!」
 「ええ!?」
 雪ちゃんの言葉の裏側に、「無茶だよ」という言葉が隠されていることを、わたしは知っていました。
 ……確かに、既に彼らはわたしたちより先にいってます。それに、わたしは義足です。慣れてない義足で走るのは、自殺行為にも等しい。
 ——でも、わたしはこの言葉を、ちゃんと届けなければならないと感じました。
 走れ、走れ、走れ
 (ドン、とドアを開けっ放しにして、わたしはそこから飛び出しました)
 (今まで抑えていた力を、思いっきり放出して)
 (すぐにでも、伝えなきゃと思ったんです)
