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- Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.570 )
- 日時: 2014/09/20 19:01
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)
 第八章 間違っていること、正しいこと
 宮川諷子。要の同級生。
 身長は私より頭一個分低い。両足ともに義足。
 ワタシは最初、彼女を嫌っていた。……嫌っていたというよりも、今思うとただの嫉妬心だろう。
 凄く美人で、お淑やかで、頭も良くて、肉じゃがも作れて。
 何も出来ないワタシより、よっぽど『良い人』。ワタシには持ってないものをたくさん持っている人。
 ……そんな彼女に、一目でヘタレだと判る彼氏が居るとわかった日には、嫉妬心はどこかへ消え、代わりに憐憫を感じたりした。
 今では、なんやかんやでお似合いの二人だと思っているけれど。
 彼女の隣に収まるのは、多分、あいつぐらいだろう。きっと、高校を卒業したら、二人で長い人生を寄り添って生きていく。そんな感じがした。
 そんな輝かしい未来のある人が。
 こんなワタシの代わりに、自分の命を差し出した。
 「……生贄だって?」
 朔と呼ばれた陰陽師は、おかしそうに笑う。
 けれどその顔には、動揺が見て取れた。
 ワタシも、彼女の言葉を、すぐには理解できなかった。
 信じられなかった。
 「生贄でしょう? あなたは、わたしでも、千代ちゃんでもいいといった。
 あなたに正義心はない。化け物を一匹狩ればいい。
 あなたの為に、命を捧げてやろうっていっているんですよ」
 諷子の言葉は、何時もと違って、毒が含まれている。
 何時も優しくて、フワフワとした言葉なのに。
 今は、直球に。相手が逃げないように。逃さないように。
 額に汗が流れる。
 ワタシの中の諷子は、こんな人だっただろうか。
 こんなにも厳かで、なのに——荒々しい。
 「……見上げた自己犠牲愛だね。死ぬの怖くないの?」
 「何言ってんですか」
 諷子の言葉は、震えていた。
 でもそれは、恐怖とか、そんな生易しい感情故にじゃない。
 「今まで生きていいよって言われたくて、生まれた時から家族のお荷物だったのがやっと人様の役に立って、やっと生きる意味を見つけて、楽しいこといっぱいして、まだまだこれからも楽しいことがあるって判っているのに、死ぬのは、怖いにきまってるじゃないですか。生きたいに決まってるじゃないですか!」
 怒り。
 彼女は、怒っていた。
 「それでも、譲れない物ってものがあるんですよ。
 こんなの間違っているって思ったら。もう譲りたくありません」
 何に対して?
 ワタシがしでかしたこと?
 陰陽師が言った言葉?
 「だってそうじゃないですか! 何故わたしだけ生き延びることが許されて、千代ちゃんにはそれが許されないんですか! 人殺しだからですか? じゃあ、何故彼女は口裂け女にならざるを得なかったんですか! 彼女はただ!」
 何に対して、彼女はこんなにも怒っているんだろう。許せないのだろう。
 そう思っていたワタシの目の前で——彼女は、小さな声でいった。
 「わたしと同じ……同じで、誰かに愛されたかった、だけなのに」
 ——一緒?
 ワタシと一緒? 彼女が?
 出会うたびに輝いていて、一生懸命生きていて、誰も妬まず、誰も憎まないような人が?
 こんな——聖女みたいな人が? ワタシと一緒?
 「どうして彼女だけ責任を取らされるんですか!!
 ひょっとしたら、わたしもこうなっていたかもしれないのにッ……何故、千代ちゃんなんですか!!」
 そんなワケない。
 彼女はワタシと違う。例えワタシと同じ立場であっても、彼女は絶対、ワタシみたいにはならない。
 「犠牲愛なんかじゃないですよ。ただの自己満足ですよ!! こうすればわたしは少しでも平等になれるんじゃないかっていう、差し出がましい偽善ですよ!!
 ええ、わかってます。こんなことしたって、なんも変わらない。何も救われない。正しくなんかない!!」
 ……で、も。
 愛されたかったのは、一緒。
 生きていいよっていわれたかったのは、本当。
 ワタシらしく、ワタシは生きていいんだって。どんなワタシでも、愛してくれるって。
 ずっとずっと、誰かにいわれたくて。誰かに、認めて貰いたくて。
 「それでも、わたしは!! ——黙ってなんかいられない!!」
 誰かと、一緒に居たくて。
 そう思うたびに、胸が、頭が、痛んで。
 「わたしは、千代ちゃんの友達だから!
 千代ちゃんを庇うのも、庇えるのも——きっと、わたしだけだから!!」
 ——その、言葉を。
 いったいどれだけ望んだだろう。
 最後までワタシの味方でいてくれる、その言葉を。どれだけ望んだだろう。
 友達はイエスマンじゃない。
 だからあの日。山田さんのことを相談した際に、ハツがいった言葉は真実で、正しいことだった。
 なのにワタシはその言葉に酷く傷ついた。
 望んでいた言葉じゃなかった。
 それだけの事実。その事実を受け入れられない自分の幼稚さに、辟易した。
 間違った道を正すのも友だちの役目だというのに。
 あの日素直にいうことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに。
 それでも、肯定してくれる言葉が欲しかった。
 どんなに間違っていても、ずっとずっと、欲しくて、欲しくて。
 今だって、こんなの絶対に間違っているって判っているのに。
 認めちゃダメだって判っているのに。
 ……涙が出ちゃうぐらい、嬉しい。
