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- Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.585 )
- 日時: 2015/07/25 20:50
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FInALmFh)
 「判ってる、こんなの詭弁だ。僕らは酷い。僕は非人道的なことを平気でする。正論は人を殺し、人を従えさせる。僕は問答無用の切り札を持っている。何も感じず、何も恐れずに、それを使える。容赦なく」
 嘘だ、と思った。
 どんなに残酷に見えても、どんなことを知っていても、どんなに大人びても、この子は子供。
 何も感じていないはずがない。だって、そうだったら、こんなこと言ったりしない。こんな風に、痛々しい表情なんてしない。
 こんな表情をするのは、自分のためにとった行動の後悔からじゃない。
 わたしが千代ちゃんを守ろうとしたように、この子もきっと、大切な人を守ろうとして、がむしゃらに抵抗しただけなのだ。
 がむしゃらにしては、子供にしては、随分上手に立ち回ったけれど。けれど、それを取ったことに対しての罪悪感を、この子は感じている。
 そんなことも構わず発したわたしの威圧は、この子の繊細で弱い部分を逆なでした。
 「悪いけど、もう時間だ」
 そう言った朔君の目は、あまりにも暗い。
 「僕らのために、死んでもらう」
 ゆっくりと、わたしの首に手が回る。
 子供にしては指が長く、それでも骨と皮だけで出来た腕は、あまりにも細く。あのケンちゃんよりも、細くて。
 きゅっと、喉に指が食いこんだ。強い圧迫感。
 ケンちゃん。
 朔君の顔と、ケンちゃんの顔が、重なって見えた。
 ■
 「おいおい、ホントに迷子かよ……」
 冷気が漂うあぜ道。友人の恋愛状況に遠慮して、少し離れた場所に移動した。来た道を遡っただけだが、それでもフウは見当たらない。
 別に方向音痴じゃないと思うが、こう暗いと、土地感覚が狂ったのかもしれない。フウのことを気にせずにダッシュしてしまったから、疲れてどこかで休んでいるかもしれない。アイツ義足だし、山道の途中で何かあってなきゃいいけど……。
 「あ、そうじゃん。ケータイあった」
 なんで思いつかなかったんだろう。
 取りあえず俺はフウに電話を掛ける。
 すぐに電話かかるかな、かかるかな、と願って待つ。
 この矢先に、俺は、頭を殴られるような衝撃を感じた。
 <現在この電話番号は使われておりません……>
 ザワザワザワ。
 生あたたかい、不気味な夜風が背中を撫でた。
 「……は?」
 笛を鳴らそうとして、気の抜けた息の音が出てきた。そんな声しか、出せなかった。
 青天の霹靂。
 という言葉はふさわしくない。
 何故なら俺は、この状況を、それが訪れた感覚を、初めて味わったわけじゃないからだ。
 だからすぐに、俺は液晶画面を見て番号を確かめた。ひょっとしたら、という思いだったが、間違った電話番号を押したのではないことは、すぐに判った。
 俺は、フウの電話番号を登録していたから。
 フウの電話番号が、使えない。
 この世に、フウの電話番号がない。
 あの冬の日、フウが突然目の前から消えたように。
 別れも何もなく、最初からいなかったかのように消えた。
 ヒュ、と吐いた空気が肺に逆戻りした。
 「……フウ!!」
 大きく足を踏み出す。
 顔を上に上げて、腕を大きく振って、前に踏み出す。
 俺は、何処に行けばいいのかわからないまま、全力で走った。
 どこかで恐れていた。また、フウが勝手に消えてしまうんじゃないかと。
 今があまりにも幸せで、だから、こんなのは夢なんじゃないかって。都合のいい夢の途中、突然目が覚めて、現実に戻って白けるんじゃないかって。
 宮川諷子なんていう人間はいない。
 そんな現実が二度突きつけられたら、俺はもう、ダメになってしまう。
 「フウ、フウ、フウ!!」
 何処を探せばいい。
 何処に行けば、フウがいる?
 山に居るのか、街の中に居るのか。ひょっとしたらダメナコの家に戻っているかもしれない。
