コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 2人のダミー ( No.4 )
- 日時: 2016/04/30 08:44
- 名前: マル彦 (ID: 21zier3A)
- 【第四話、二人の事情】 
 俺は近くのコンビニで弁当を買ってきた。
 練習室の隣の小さな部屋で、三人でコンビニ弁当にありつく。
 「せっかくだから、お前らの事を教えてくれよ」
 ふと、そのことが気になり、弁当を見ていた視線を二人に向けた。
 もう俺のことは、社長から聞いているはずだ。
 現に、添田は俺の事を「加藤さん」と呼んだ。
 期待の眼差しで二人を見ていると、何故だか添田の表情が曇り始めた。
 「教官が聞きたいのはこんな事ではないでしょうけど、わ———僕の話を聞いていただけますか?」
 急に、重い空気が流れ始める。
 添田の訴えるような眼差しに、気付くと俺は「おう」と頷いていた。
 「わた———僕には」
 「私でいい」
 「私には両親がいません。あまり詳しくは聞かされていませんが、父も母も、もうここにはいないらしいです」
 寂しい笑顔を浮かべて語る添田の横顔が、物凄く切なく感じる。
 「一人ぼっちでいるところに、あるおばあさんが手を差し伸べてくれました。おばあさんはとても良くしてくれて。その方にもらったのが、この着物です」
 添田は自身がまとっている深緑色の着物を示した。
 「交通事故で亡くなった、息子さんのものだそうです。あなたが息子に似ているからって」
 一瞬、深いため息をついてから、添田の表情が明るくなった。
 「ずっと一人で、頑張ろうと思えることもなかったから、だから、社長さんに声をかけられて嬉しかったんです。出番はなくても、せめて頑張ろうと思える事ができたから」
 「お前ならできる。本物の添田が見つかったら、出番は俺が作ってやるよ」
 「はい」
 添田は満面の笑みで応えた。
 「あの」
 「ん?」
 振り返ると、徹が椅子から立ち上がっていた。
 「喋っていいすか」
 「あ、ああ」
 『そうだね』
 ふいに徹がポケットから取り出した小さなクマのぬいぐるみが、無機質な声でそう言った。
 「何だ、それ」
 「相棒っす」
 「喋るのか」
 『そうだね』
 クマが答えた。
 どうやら『そうだね』くらいしか言葉のレパートリーはないようだ。
 「はあ……。ホントはもっと喋れたんすけどね」
 「ほう?」
 「“イクラ食べたい”とか“世界征服!”とか」
 逆に、そうだね、だけでいいのではないか。
 徹はクマのぬいぐるみを右手の人差し指にはめ、俺の顔の前でくねくねさせた。
 『そうだね、そうだね、そうだね』
 「こわいこわい」
 もはや可愛いというより恐怖を感じる。
 「俺は人と話すのが苦手なんっすよ。どうも上手く気持ちを伝えられなくて。でもコイツなら、何を言っても“そうだね”って共感してくれる」
 『そうだね』
 徹の顔は、嬉しいのか悲しいのか分からないような表情だった。
 「俺の言葉で相手を傷つけたこともありました。そのときから、何だか言葉が怖くて」
 徹が俯いた。
 「教官にも、相手に気持ちを伝える難しさは分かりますよね」
 俺は黙って頷く。
 「俺がこんなだから、だんだん周りから友達が減っていったんです。もう、何もかも嫌になってきて」
 気が利かない俺には、何と声をかけたらいいのか分からない。
 だが———。
 「大丈夫だ。誰にだって苦手なことくらいある。今ここで、お前はやれる、ということを証明しないか。俺もとことん付き合う」
 徹が顔を上げる。
 俺の顔を数秒見つめてから、微笑んだ。
 「頑張るっす」
