コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 3話 とんがり山の鳥かごの家 ( No.13 )
- 日時: 2016/03/24 16:12
- 名前: りあむ* (ID: .pUthb6u)
- *とんがり山の鳥かごの家 1 
 『うぅっ……!! ぐっはぁっ……!!』
 耳の奥で木霊する、低く、地を這うような呻く声。血の滲むその声は、まるで身体を蝕むように……。
 『ゲホッ、ゲホッ、ウェッ…………う、わあああああッ!!』
 私は必死に耳を塞いだ。
 ガリッと嫌な感触がして、耳の皮膚を爪で掻いたのだとわかっても、ギュッと耳を押さえて己を守った。嫌だ、嫌だ、終わりたくない。守れ、守るのだ、そう、ジブン、を……。
 ほら、いつまでも私は、自分のことしか考えていないのだ。
 まるで泉に堕ちる一滴の血のように、その結論が心に落ちてきたとき、私は己の中から何かがほとばしるのを感じた。
 今までに聞いたことのないような、おぞましい音が、きつく閉じられた耳の奥から聞こえる。
 それが自分の声だと気がついても、私はただ泣き叫ぶことしかできなかった。
 『い、いやだっ、助けて、助けてくれぇぇ!!』
 キーンと突然静かになった。あれだけの呻き声が、嘘のように途切れた。
 今まで塗りつぶされたように真っ黒だった視界に、蒼く、厳かに月の光が射し込む。
 ほぅ、と溜め息がこぼれた。
 罪に濡れた私は、ただその足下にかしずく。
 やっと、この身の元に、安心が訪れたのだ……。
 ────そんなはずはない、とわかっているのに。
 *──*──*──*──*──*──*──*
 「おじいさま、朝ごはんです。起きてください」
 私はおたまを持って、カーンと高らかに博士【はくし】の頭上の天空ジオラマを叩きます。起きなさい。
 博士の寝起きが悪いことは、この家で彼が『低血圧大魔王』と言わしめられていることからも覗かれますね。
 博士の書斎机の上は相変わらずの散らかりようで、膨大な量の書類と博士の長髪で、全く表面が見えません。
 私も先ほど、なんとか博士を発掘したところです。
 まったく、ただでさえ今日は目覚めの悪い夢を見てしまったのに、朝から辛いです。
 よく響いた音によって、博士の耳がピクッと動きました。
 ちなみに博士の耳は横ではなく上についています。
 「あー……ニア? それはすごく効果的だとは思うけど、多分……」
 風車を回しに行って貰っていたセンが、窓からスルリと入って来て言います。
 あ、いい匂い、と彼が言うので、発掘作業によって疲れていた私の気分は上昇しました。
 「大丈夫ですよ、セン。おじいさまのことですから、」
 「あぁぁぁああッ!! あーちゃん! 僕のヂオラマ叩いたでしょおおお!!」
 ゴンッと強烈な音を立てて、博士が起き上がりました。
 天井からぶら下がっている天空ジオラマ。まるで、空に浮かぶ城のようなモノですが、博士によると、昔住んでいたところなんだそうです。とても綺麗なもので、小さい頃から私たちはジオラマを眺めるのが好きでした。そっくりに作ったとは言いますが、とても綺麗な街並みが本当に存在するのかは謎です。
 しかしさすが博士。寸分のズレも見逃さないなんて。
 「いや、博士の頭突きの方がダメージデカいでしょ……」
 「いやぁぁああ、僕のヂオラマがぁああ!! 僕あまりにショックだから転職して魔王になってくる!! そしてちょっと世界滅ぼしてくるぅうう!!」
 「あーもう博士ったら……」
 血の涙を流しながらヂオラマぁあと叫び続ける博士に若干引きつつ、勇者センは魔王(博士)を倒しに行きました。
 
 「博士っ……! すみませんが力ずくで止めさせてもらいますっ……」
 「ヂオラマぁあ……おや? セン君。そうはさせない」
 「えええええ何やってるんですか二人とも」
 突如臨戦体制に入った二人は、博士の書斎を飛び出てリビングの天井付近に浮かび上がりました。
 「セン君、昨日教えたことちゃんと覚えてる?」
 博士の目がすわりました。
 「はい、博士」
 センの目もすわりました。
 「じゃあいくよぉ……!」
 このリビングのキッチンでは、私が早起きして作った朝ごはんがコトコト可愛い音を立てています。今日は固めに焼いたパンとコーンたっぷりのシチューです。いくら固めに焼いても、中はふわふわですけどね。
 目にも留まらぬ速さで空中を駆け回る、二人の目に入っているかは定かではありませんが。
 まったく、センはさっき、いい匂いって言っていたのに……。
 私は知らない振りをして、朝食の準備を始めました。コトリ、コトリ、と食器も一つずつ、丁寧に置いていきます。今日は嫌味としてナプキンまでつけておきました。
 「っは!」
 「ほれ、セン君ー? しっかり踏み込めてない。 術も上手く発動出来てないでしょ」
 「ぐ!」
 センは優秀です。昨日教わったばかりなのに、もうあんなに……。双子のはずなんですけどね、私と。
 はぁ、と私は溜め息を一つつきました。
 博士の席にスプーンとナイフを置きます。
 よし、準備完了。
 「くっ!」
 「おっ、とセン君。いいところに斬り込んできた、ね……」
 カシャァン。
 あぁ、ついにやりやがりました。
 朝食の準備も終わり、安楽椅子で観戦していた私の頭上で、博士がセンの腕を払い落とし、その腕が天井からぶら下がっているランプに当たりました。
 「「あ」」
 ランプの端から落ちた、朝日を浴びてキラキラと光輝く塵は、やけにゆっくりと、可愛い我が子(私の用意した朝食)の上に……。
 私の目がすわりました。
 「二人とも……」
 「「ひっ……」」
 私は博士の着替えから肌着を盗み出し、肌着を広げたままテーブルの上を飛行、塵が我が子の上に降りかかる前に回収。
 そしてそのまま丸め、キュキュキュッとターンをすると、棚の向こうのゴミ箱へティアドロップを決めました。その間約0.3秒。
 おおーっ神業っと呑気に拍手をする二人。
 手に力を込め、私に出来る限りで最大級の攻撃技を発射しました。
 「うちの子に何するんですか!!」
 「モンスターペアレントッ!!」
