コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Sweet×Sweet ( No.2 )
- 日時: 2014/10/16 18:05
- 名前: ヒナ (ID: 0vpgU5W6)
 【雑踏の中で】
 私が、彼と出会ったのは、雑踏に塗れた街中だった。
 あのときの彼の瞳に、私は一瞬で恋に落ちてしまったのだった——。
 *
 彼と出会うほんの1分くらい前。
 コンビニに何か買いに行こうと出かけた矢先の事だった。
 「おい、てめぇどこ見て歩いてンだ? おらぁっ」
 サングラスにパンチパーマという、やくざという言葉をそのまま具現化したような人に、ぶつかってしまった。
 曲がり角の少し前で、急に曲がってきた人に気づかずにぶつかってしまったのだ。
 頭からつま先までをなめまわすように、顔を動かすやくざ。
 ——ひええっ、や、やってしまったぁ……!
 「ご、ごごごめんなさいぃ!! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
 必死に頭を下げる。
 けれど、
 「謝って済むかと思ってンのか? あァ?」
 と言われ、私はさらに縮こまる。
 「本当にごめんなさい。ごめんなさい」
 混乱して、怖くて、頭の回転が悪い私はただ謝ることしかできなかった。
 そんな私を見かねてやくざは、私の腕をとると、
 「ちょっと、来てもらおうか、お嬢ちゃん? ちゃんとした謝罪してもらわないとねぇ……」
 さっきとは違う威圧的な口調で、私を裏路地へと引っ張ろうとする。
 ——ちゃんとした謝罪!? ってまさか指を詰めるとかっ? 大金払わされるとかっ!? そんなの……
 「嫌っ! やだ……やだっ! 離して、離してってばっ!」
 必死に抵抗するも、やくざは私の腕を離さなかった。
 結局裏路地まで連れてこられてしまう。
 やくざは、突然やってきた黒い車の運転手に片手をあげると、それに近づいて行く。
 ——ま、まさか。やくざの事務所とかに連れてかれるの?
 その先に連想される苦痛の数々が浮かび、私はより一層抵抗をした。
 「離してぇっ、誰かっ……誰かぁ! た、助けて!!」
 「うるせぇ、てめぇからぶつかって来たんっ————ぅがっ」
 語気を荒げたやくざの声に驚き目をつぶってしまった。
 だから、目を開けた時にさっきまで腕をすごい力でつかんでいたやくざが、鼻と、口から血を出して倒れているのを見た時は、愕然とした。
 「……え?」
 視界に黒のジャケットと銀色の髪の毛が見えた。
 「おい、大丈夫か」
 彼の発した、低くて少しドスのきいた声にびくり、と肩を震わせた。
 声だけで、気圧されてしまって。
 顔すらあげられず、首を縦に振ることだけが精いっぱいだった。
 ——こ、この人もそっちの人? め、めっちゃ怖いっ!
 「チッ。仲間がいたか……」
 彼のそんなつぶやきにハッと顔をあげると周りに柄の悪そうな人がいた。
 「ガキどもが」
 まるで周りの人たちを挑発するかのような言葉に、周りにいた男の一人が堪えきれずにこちらへ走ってきた。
 それにつられて、他の人たちも突っ込んでくる。
 私は再び、眼をつぶってしまう。
 銀髪の人の背中に隠れていることしかできない。
 ——こんなの、分が悪すぎる。一対四なんて勝てるわけないっ!
 そんなことは杞憂に過ぎなかった。
 目をそっとあけると後から来た四人はいつの間にか倒れ、先ほどのパンチパーマが銀髪の人に襟首をつかまれているところだった。
 「……え?」
 思わず、声が漏れてしまう。
 ——これ、全部あの人がやったの……?
 「おい、てめぇ。俺の縄張りだってこと知っててこういうことやってンのか? それとも、うちの組を知らないなんて抜かすンじゃないだろうな?」
 パンチパーマはそんな彼の言葉を聞いて、眼を見開くと、
 「ま、まさか、あんた。ここらへん締めてる、あの阿久津組のっ——!?」
 さっきまでの威勢は消え去り、恐怖と驚愕で体が震えていた。
 「わかってんなら、こいつら連れてさっさと失せろ」
 パンチパーマを突き飛ばし、言い捨てる。
 銀髪の人は、床にまだのびている人を踏みつけて雑踏へと足を向けてしまう。
 ハッとして私は後を追いかける。
 「あ、あのっ……」
 声をかけると、その人は振り向いて言った。
 「気をつけろ。ここら辺はああいうやつが大勢いる。出歩くんなら男と歩け」
 さっきみたいにとても威圧的なのだけれど、でも私の耳は今働いていなかった。
 私は彼の目に、瞳に、吸い寄せられていた。
 「……」
 狼みたいに力強く、刀の先端のように鋭い眼光。
 漆黒の目は今まで見たことない輝きで満ちていて、私は声が出せずにいた。
 「お前もさっさとここから離れろよ。さっき見たく助けられるわけじゃないからな」
 私の視線に気が付かなかったのか、その人は私に背をむけると、スタスタ歩いて行ってしまう。
 「ま、待って。私、川口優奈っていうの!」
 口から放たれた言葉に自分でもおどろいていた。
 銀髪の彼は機嫌悪そうに振り向くと、
 「……阿久津凌だ」
 それだけ言って、足早に去ってしまった。
 私はその背中を人に隠れて見えなくなるまで見ていた。
 私は、しばらくたっていたが、コンビニに行く途中だった、と気づき少しためらいがちに歩き出した。
 さっきの目を思い出すと、どうしても足取りが軽くなって、スキップでもし出しそう。
 それをこらえながら、あの人の言葉を思い出す。
 『阿久津凌だ』
 阿久津凌。あくつ・りょう。あ・く・つ・りょ・う。
 私は何度もその名前を口の中で転がし、繰り返す。
 また、どこかで会えることを祈りながら———。
 End.
 
