コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 喪失少女と仲間たち
- 日時: 2016/08/06 17:53
- 名前: 外道な魔法使い (ID: qQO5uDpp)
- いつからだろう、娯楽を楽しいと感じなくなったのは。 
 いつからだろう、人との関わりを不必要に思ったのは。
 いつからだろう、一人でいるようになったのは。
 いつからだろう、笑えなくなってしまったのは。
 いつからだろう、泣くことができなくなったのは。
 いつからだろう、全てがどうでもよくなったのは。
 いつからだろう、楽しさも、嬉しさも、辛さも、憎さも、悲しさも……感情を失ってしまったのは。
 ——感情喪失。
 序章
 四月、新しい通学路を自転車で駆け抜ける。満開の桜が作り上げた桃色の道を車輪が無残に踏み潰し、舞い散る桜にはなんの感動も覚えない。周りにいる学生が「綺麗だねー」「写真取ろうよ」とか話していたが、何故綺麗に感じるのか私には分からなかった。
 これから毎日通う高校の駐輪場に自転車を停めて、籠から鞄を取り出す。まだ入学式ということで、鞄には必要な書類数枚が入ったファイルと、筆記用具しか入っていない。そんな軽い鞄を肩にかけて、教室棟へ足を進めた。途中、部活動の勧誘で見知らぬ先輩に声をかけられたが、無言で素通りをした。
 騒がしい道を抜けて昇降口につくと、そこにはまた多くの生徒で賑わっていた。自分のクラスはどこだろうと、掲示板に貼り付けられたクラス表を確認する——つもりが、人が多すぎて全く見えない。仕方ない、人が少なくなってからまた見るか。そう思って後ろに下がったら、「あ」という声と共に軽い衝撃を受けた。しまった、後ろに誰かいたのか。
 振り返ると、私より一回り小さい女子がいた。胸のリボンの色が赤なので、私と同じ新入生だろう。
 「あ、ごめん……」
 「い、いや! こ、こち、こちらこそ!! あ、あの、その……新入生、の方……ですよね?」
 遠慮がちに質問された。リボンを見れば分かるだろうと思いつつ頷くと、女子は私の胸ポケットを指差した。
 「あ、あっちの方で……入学式に付ける、花のブローチ? が配られて……それ、付けないと……」
 「え?」
 女子のいうあっちの方向を見ると、昇降口の端にテーブルを置いて、受付をしている先輩達がいた。あまりにも多い新入生の所為で全く気付かなかった。
 「そうなんだ、ありがとう」
 「い、いえ……あの、クラス、見ました、か……?」
 「いや、この人数で見えなくて。退いてからまた確認しようと思っているんだけど」
 「あ、そ、それなら! 私が、見てきますよぉ! ち、ち、ちいさい、から……人の、合間を通る、の、得意なん、です」
 別に……と思ったが、女子の涙目で喋る様子に、その好意を無下には出来ないと判断した。
 「本当に? じゃあ、花受け取る間に見てきてくれる?」
 「は、はい! え、えと……お名前は?」
 「椎崎。椎崎白(しいざきはく)」
 「わ、私、は、南野すみれ、です!」
 「うん、じゃあよろしく」
 南野を一瞥して受付の方に向かう。なんとも頼りない喋り方の子だったが本当に大丈夫だったのだろうか。まあ、駄目だったらまた後で自分で確認するまでだ。そんなことを思いながら受付で花をもらい、また元の場所に戻った。
 まだ南野は戻ってきていない。暇なので辺りを見回してみる。どうやら見知った顔はいないようだ。知らない人ばかりがいる。この高校は地元だけではなく地元以外からも人気があり、倍率の高い高校だ。私のいた馬鹿で有名な中学から進学する奴はかなり少ない。見知った顔が少ないのは当たり前かもしれないな、そう思ったとき、新入生の大群からようやく南野が戻ってきた。
 「お疲れ。どうだった?」
 「え、あ、白ちゃんと私、同じクラス、でした……」
 「……白ちゃん?」
 「あ、嫌でしたか!? あ、あすいま、せん、えっと、なんと……」
 「いや、好きに呼んでくれていいよ。で、何組?」
 「1組、です……」
 「分かった。ありがとう」
 1組はここから一番遠い端にあった筈だ。これから長い廊下を歩かねばならないらしい。だからといって何かがあるわけでもないのだが。
 さて行くか。1組の下駄箱から自分の名前を探して靴を入れ替えると、ブレザーの端が引っ張られた。振り返ると、赤面した南野がいる。
 「あ、の……ついて行っても……いいですかぁ?」
 「……好きにすれば」
 ——これが高校生活の始まりだった。
 
 暗い話にはしないつもりです。
 まあ、暇つぶし程度に読んでいただけたらいいかなぁと。
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- Re: 喪失少女と仲間たち ( No.3 )
- 日時: 2016/08/07 10:12
- 名前: 外道な魔法使い (ID: qQO5uDpp)
- 「はっはっはっ! いや、まさか、本当に椎崎が副室長やるとは思わなくてさ!」 
 LTが終わり、津々良は第一声にそう言った。他人事のように笑っているが、お前の発言が原因なんだぞ、と思う。言ったところで無駄だろうから、口には出さない。
 「でも良かったじゃん。先生に好印象持たれたって!」
 「それに何の得がある?」
 「ほら、成績が上がるとか!」
 「それくらいで成績が上がるなら成績をつける意味がないな」
 「うっわ、クールっすね!」
 「……お前、他の奴に話しかけないのか?」
 「んー? まあ、席が近いとか、部活や委員会が同じとかなら話すけどさ、わざわざ遠くまで移動して話すのとか面倒じゃん」
 津々良は友達作りに励むクラス内を見渡した。好きなアイドル、趣味、部活、様々な理由をつけて、対話をしようとする生徒を眺めながら、私も同意見だと頷く。どうにも、ああやって会話をする必要性を感じないのだ。
 「そーいう椎崎は友達作らないわけ? あ、南野がいるか」
 「南野は昇降口で少し話しただけだ。今日が初対面だし、友達ではない」「え、そうな——」
 「そうなんですかぁ!?」
 津々良の言葉を遮って叫んだのは、いつの間にかこちらへ来ていた南野だった。相変わらず赤面した状態で、グッと私に顔を近づける。
 「と、と、とも、と、も、ともだ、だ、友達じゃなかったんですかぁ!?」
 「待って南野、友達を言うのに噛みすぎだよ!」
 津々良のツッコミなど無視して、南野は私の両肩を掴んで大きく身体を揺らしてきた。歪む視界に映る南野は半泣きしている。
 「だって、少し話して友達って言ったら、世の中の知り合いの大半が友達になるだろ」
 「うわーん! は、話、たら、とも、と、と、とも、と、もだ、友達ですよぉ!!」
 「だから友達噛みすぎだって……じゃあ、俺と椎崎、南野も友達か?」
 津々良の言葉にオドオドしていた南野とは思えない速度で、南野は津々良をギンッ! と睨み「貴方は違いますよぉ!!」と怒鳴る。まともに喋れるのなら普段から喋れよ。
 「そんなに否定しなくても……じゃあ、あれ? 南野は椎崎とだけ友達になりたいの? んで、椎崎はなりたくないの?」
 「な、な、なり、り、たい……」
 「不必要なことだ」
 「すっげえ温度差だな……」
 また泣き出して身体を揺する南野の両手を払いのけ、私は帰りの支度を始める。クラスの半分くらいはもうクラス内の友達作りを終えて下校をしていた。私も早く帰りたい。
 しかし、まだ南野は諦めない。
 「ぜ、ぜった、い……白ちゃ、んと、と、と、とも、とだ……ともだ、友達に、なり、ますから……!」
 「おー、俺もなるなる」
 「そうか。私は帰る」
 こいつらなんてどうでもいい。さっさと帰る。席から立ち上がり、鞄を肩にかけると、南野は慌てて自分の席から鞄を取って戻ってきた。
 「わ、わた、わたし……も、か、帰り、帰ります……!」
 「……自転車だけど」
 「あ、うう……で、電車、です……」
 「あ、なあ! 帰る前に部活の見学しようぜ!」
 津々良も鞄を肩にかけて立ち上がり、そんな提案をしてきた。断ろうとしたが、私よりも先に南野が反応する。
 「いい、いいです、ね! は、白ちゃん、い、い、こう!」
 「私は行かな——」
 「よっし、じゃあ決まりだな! 俺、剣道部見に行きたいから、武道場行こうぜ!」
 津々良は私の腕を掴んで、廊下を駆け出した。南野も慌てて駆け出し、私の腕を掴む。三人が繋がりながら廊下を走るという迷惑な行為だが、二人とも掴む力が強くて離れられず、結局この状態のまま校舎の離れにある武道場まで行くこととなったのだった。
- Re: 喪失少女と仲間たち ( No.4 )
- 日時: 2016/08/07 13:43
- 名前: 外道な魔法使い (ID: qQO5uDpp)
- 武道場に近づくにつれて、叫び声と竹刀がぶつかる音が大きく聞こえる。そっと誰もいない入口から中を覗いてみると、試合をやっている最中だった。武道場は剣道部と柔道部が半分ずつに区切って使っているらしいが、今日は柔道部がいないらしい。広々とした畳の空間に、道着を着た剣道部員が正座をして試合を眺めていた。 
 「おお、やってるやってる」
 「……なん、なん、だか……こわ、い……なぁ……」
 楽しそうに眺める津々良と、怯える南野。そんな二人は未だに私の腕を掴んだままだ。
 そして、私達が見学を始めて数秒後、赤のたすきをつけた細身の男が、小手と叫んで見事な小手を入れた。顧問らしき審判は即座に赤旗を上げて「小手あり!」と判断をくだす。今のが二本目の戦いだったようで、この試合は赤の勝ちとなった。
 「は、はや、い、です……ね。い、今の、小手? な、なんで、すか……はや、くて……全然、わからな、かった、です……」
 「出小手だよ。相手が打とうとした瞬間、相手より速く打つ」
 「へ、へえ……白ちゃ、ん、わかる……んです、か?」
 「まあ、経験者だし……」
 「そうなのか!?」
 右腕を掴む津々良が叫んだせいで、武道場内にいる部員達が一気にこちらへ目を向けた。途端、南野が小さな悲鳴を上げて、私の後ろに隠れる。
 すると先程まで試合をしていた細身の男が、面を外してこちらへやってきた。
 「君達見学?」
 「そうっす」
 「私は無理矢理連れて来られただけです」
 「……です」
 「もっと中入って来なよ。丁度今、夏の大会のメンバー決める為に試合しているんだ。退屈はしないと思うよ」
 マジっすか! と目を輝かせる津々良と反対に、私と南野は首を横に振った。私は剣道をやる気はないので、早々に帰りたいのだ。そういう意思を津々良に向けたが、津々良は無視して私と南野を武道場内に引っ張っていった。
 部員達が座る柔道部の畳の上に三人並んで座り込むと、先程の細身の男も一緒に座る。細身の男は愛想の良さそうな笑いを浮かべていた。
 「君達は経験者? それとも初心者で興味があるとか?」
 「俺とこいつは経験者っす」
 「……一応」
 「へえ、じゃあ入ってくれるの? 男子はともかく、女子は部員いないんだけど……ていうか、男子も少ないんだけどね」
 そういえば、周りを見ても女子は私と南野だけだ。男子も七人しかいない。剣道は厳しさから辞める人も少なくはないので、珍しい光景でもないが。
 「あ、俺は部長の青垣隼人。マネージャーでもいいから入ってくれると嬉しいんだけどなぁ……」
 そう言って青垣先輩は私を見た。無論、お断りだ。
 「私は入る気ないので」
 「じゃあ、そっちの初心者さんは? マネージャーなら楽だよ」
 「白、ちゃんが……入ら、な、ないなら……入ら、ない、です」
 「君は入るの?」
 「俺は入ります!」
 「ほら、彼氏入るんだから、彼女も入ろうよ」
 「彼氏じゃないです」
 「あ、そうなんだ。それはともかく、入ろうよ。今、七人しかいないでしょ? この学校5人いなかったら廃部なんだよ。今三年が四人、二年が三人だからちょっと危ないんだよー」
 知ったことか。このままいてはどんな手を使ってでも入部させられそうになりそうだ。そう思って立ち上がろうとしたとき、入口から新しい人物が現れる。
 「お願いしますします……見学ですか?」
 名前は忘れたが……確か同じクラスの室長だ。
- Re: 喪失少女と仲間たち ( No.5 )
- 日時: 2016/08/07 14:19
- 名前: 外道な魔法使い (ID: qQO5uDpp)
- 「お、華蘭! 丁度いいや、勧誘手伝ってくれ」 
 「自分で頑張って下さい」
 青垣先輩の頼みを一蹴して、室長は更衣室へと姿を消した。
 しばらくの沈黙ののち、最初に口を開いたのは津々良だった。
 「彼奴、一年っすよね? もう部活始めてんすか?」
 「あー、そっか。基本、入学後だっけ。華蘭は剣道の推薦で入ったから春休みからもう部員だよ。今のところ唯一の一年生だね」
 「剣道の、推薦……」
 「そ。中学のときは県大会にも行ったらしいし、期待の新人って奴かな」
 対抗心を燃やす津々良に青垣先輩は油を注ぐ。道着に着替えて更衣室から出てきた室長を、じぃっと睨む津々良。室長は一瞬その視線に気づいて目を向けたが、すぐに興味なさそうに逸らした。
 「ねえ、入ろうよ。それとも他に入りたい部活でもあるのかな?」
 「帰宅部」
 「それは部活じゃないでしょ……マネージャーでいいからやって欲しいなー。経験者なら審判も出来るし記録もつけれるしさ」
 「お断りします」
 帰るか。一礼して立ち上がり、すたすたと出口へ向かう。慌てて南野と津々良もついてきた。
 「おい、どうしたんだよ。もうちょっと見ててもいいじゃん」
 「興味ない」
 武道場から出て、昇降口へと歩く私の隣に並び、津々良は唇を尖らせた。反対側には遠慮がちに歩く南野がいる。
 「なんか椎崎って、興味ないとか、得があるのかとか、不必要だとか、冷めてるよなー。剣道やってたんだろ? 見たらそのときの血が騒ぐとかないのかよ?」
 「何も感じない」
 「いやいや何も感じないはないっしょ。あ、何か嫌な思い出でもあった……?」
 「剣道は中学の部活で経験しただけだ。特に嫌な思い出はないな」
 「じゃあ、何でだよ。高校に入って辞める奴は結構いるけどさ、マネージャーならそんな辛くもないし、過去に剣道やってたなら少しくらいやる気になっても……」
 「何も思わないし、何も感じない」
 すると津々良は怪訝な表情で私の顔を覗き込んだ。そして、自らの手で顔を変形させた。口を引っ張ったり、目を釣り上げたりし、隣にいる南野はププッと笑っている。
 やがて顔芸をやめると、今度は私のセミロングの髪を引っ張った。それなりに強い力だったので、頭まで引っ張られてしまう。
 「……何がしたい?」
 「あ、いや、ごめん」
 私の髪を離すと、次は南野のふわふわした髪を引っ張っる。南野は慌てて津々良の手を払い「何するの!!」と顔を真っ赤にして怒った。津々良は平謝りをして、また私の顔を覗き込んだ。
 「……何?」
 「……椎崎って、笑わないし怒らないなーって。俺が副室長にしちゃったときも、眉ひとつ動かさなかったし……」
 「だからいってるだろ。何も感じないって」
 驚いた様子の二人を置いて歩き出すと、また二人は慌てて隣に並ぶ。
 「マジで何も感じないの!?」
 「ああ」
 「楽しい、とか、おも、しろいとか、怖い、と、か……も?」
 「ああ」
 「……マジかよ」
 「だから、剣道に対する熱意も、分からない」
 昇降口について靴を履き替える。二人は未だに驚いた表情が隠せないようで、靴を履き替える私をただ眺めていた。
 だから、私は嘘ではないことを強調するように言う。
 「私は感情を喪失しているんだ」
- Re: 喪失少女と仲間たち ( No.6 )
- 日時: 2016/08/07 20:13
- 名前: 外道な魔法使い (ID: qQO5uDpp)
- これだけ言えば引くだろう。そう思って、昇降口から出ていこうとしたとき、両腕を強く引っ張られ後ろによろめいた。振り返ると、右腕を南野が、左腕を津々良が掴んでいた。 
 「じゃあ、俺が感情って奴を取り戻させてやるよ!」
 「だ、誰に、誰にだって、わす、れちゃう、もの……あるか、ら……い、一緒に、おも、思い出そう……?」
 しばらく呆気に取られて二人を交互に見つめる。何なんだこいつらは、何を言っているんだ。
 「……感情を取り戻す必要も、思い出す必要もない。これでいいと私は思っているから、構わないで」
 「「よくない!」」
 二人は手に更に力を込めて、力強く叫んだ。よく噛む南野ですら叫んだものだから、それだけ本気だということなのだろう。
 「駄目だって! 年頃の女の子が笑わないなんて! 感情がないんじゃ人形と同じだって!」
 「わ、わた、私は……は、白ちゃ、んと……もっと、い、いろいろ……共感、したり、楽しんだり、したいです……!」
 「……知るか」
 ポツリとそう呟くと、二人はまた強い口調で叫ぶ。
 「椎崎!」
 「白ちゃん!」
 「……ああ、もう! 何でそんなに私に構うんだ!!」
 「「友達になりたいから!!」」
 ふと、中学のときを思い出した。
 いつからかは覚えていないが、人に何も感じなくなったとき、私の周りには誰もいなかった。友達と言える人物も、勿論いなかった。
 私を毛嫌う奴はいても、好意を寄せる奴はいなかった。いつも一人だった。独りだった。
 なのに。
 ——友達になりたいから、か。
 なんだか頭がズキズキする。酷く鋭い痛みが頭を襲う。何故か分からないが、頭の奥で何かが引っかかる。
 「おい、椎崎?」
 「白ちゃん……?」
 心配そうに顔を覗き込む二人。少しずつ和らいできた痛みに内心ホッとして息をつき、二人の両手を離した。
 そして、むぎゅっと。二人の頬を抓った。そして離す。二人は急な行動によく分からないという表情をしている。
 「頼むね、友達になりたい人達」
 「……おう!」
 「はい!!」
 ——喪失少女と仲間たち。
 序章、終わり。
- Re: 喪失少女と仲間たち ( No.7 )
- 日時: 2016/08/09 22:00
- 名前: 外道な魔法使い (ID: qQO5uDpp)
- 第一章 嫌悪、そして怒り 
 今日は雲ひとつない青空が広がる天気だった。日差しは遮られずに私達人間に降り注ぐ為、今日はいつもより暖かい。自転車をこいだ身体は更に体温が高い為、私はブレザーを脱いでセーターの姿になった。
 自転車置き場から出て昇降口で靴を履き替えているとき、とんとんと肩が叩かれる。振り替えると、不細工な顔が私を見つめていた。
 「おばよヴ!」
 「……何の物真似?」
 両手で変顔に挑戦しているのは津々良雀だ。これはどうだ! と言いながら頬を引っ張っている。私は再び前を向き、早歩きで廊下を進む。後ろから嘆きの声が聞こえるが、無視しよう。
 教室に入り席につくと、また変人が私の元に訪れる。ふわふわとした髪が特徴的な変人は、両手で溢れんばかりの人形を抱き抱えていた。
 「お、おお、はよう、ご、ざ、います! ほ、ほら! かわ、かわい、でしょう!?」
 「……ゴミ?」
 「うわーん! ち、ちが、違いますよぉ!!」
 南野すみれである。南野は動物の形を模した人形を私の机の上に置き、その中から白い兎の人形を私に押し付けた。
 「か、か、かわい、いですよ、ね!?」
 「……いや、別に」
 「な、なんで、ですかぁ!?」
 あまりにも喚くので、兎の人形を受け取ってじっと眺める。無機質な目からは何も感じないし、作り物の身体には何の気持ちも抱かない。そんな私を見て、また喚き出す南野。そんなとき、津々良が教室に入ってきた。
 「置いてくなんて酷いぜ全く……て、なんだよこれ?」
 「南野の人形」
 「へえ、可愛いじゃん」
 そう言って犬の人形を取り、俺はこれが好みと聞いてもないことを喋る。南野は兎が好きと言って、茶色い兎の人形を胸に抱いた。そして二人の目は私に向く。
 「椎崎はどれが好きなんだ?」
 「どれって……どれも興味ない」
 「えー!! はは、白ちゃん、は、人形が、きら、嫌いな、んですかぁ!?」
 「いや、好き嫌いの以前に、何も思わない」
 「あ、わかった! 人形じゃなくて実物が好きなんだな!」
 津々良は鞄から携帯電話を取り出して、その画面を見せつけてきた。柴犬の写真が映っている。
 「俺の家で飼ってる柴犬のタタミだ! どうだ、すっげぇ可愛いだろ?」
 「……いや、特に。個人的にはタタミという名前にした理由が気になるくらいだ」
 「んなっ!! ってもしかしてお前さぁ……感情だけじゃなくて、感性とかもないんじゃ……」
 すると次は鞄を浅くって、ファイルから一枚の紙を取り出した。そこには先程のタタミという名の柴犬が描かれている。隣から覗き込んできた南野は、おお、と感心した声を上げた。
 「す、す、ごい……も、もう、柴犬、そのもの、です、よ! だ、誰が、描いた……んですか?」
 「俺の兄貴。趣味で絵を描いてるから模写とかすげえ上手いんだよ。どうだ、流石に何か感じるものはあるだろ?」
 津々良は自慢げな顔で言った。私は無言で紙を奪いじっとそれを眺める。そして鞄から適当なノートを取り出し、シャーペンを紙面に走らせた。数分後、怪訝な表情をしている二人にそれを見せた。それは先程のタタミの絵を模写したものだった。
 「わ、わわ! は、白ちゃん、すごいです……!」
 「マジすげえわ……ってこれは感性があるのか……? いや、模写だし……」
 ぶつぶつと呟く津々良を尻目に、絵を描いたページを破き、丸めてゴミ箱に捨てた。津々良と南野は互いの顔を見比べて、そして私を見る。
 「やっぱ……感性もないんじゃね?」
 「も、勿体、ない……」
 そういうものなのか。私は首を傾げることしか出来なかった。
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