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- 第12章 『魔女の棲む山』〜女神エルスの子守唄〜 ( No.80 )
- 日時: 2015/10/18 13:07
- 名前: 詩織 (ID: JFnkbIz5)
- そいつはいきなり現れたんだ。 
 男たちは言った。
 黒いフード付きのローブに身を包んだその男は、気配も感じさせず、いつの間にかそこに立っていたんだ、と。
 「あの日、俺たちはいつものように鉱山でとれた原石を積んで、町に向かう道の途中にいたんだ。何度か襲われた後だったから、もちろん警戒しながらな。案の定、そいつらに襲われたが、こっちはちゃんと武器も隠し持ってたし、いつもいつもやられてばっかりじゃねえ。俺たちが優勢だったし、今回は勝ったと思ったさ。あいつらが捨て台詞吐いて逃げようとしやがったから、ふんじばって役所に突き出してやろうとしたんだ。だがよ・・。」
 男たちの表情に、悔しさが滲む。
 「そこに、突然、あいつが現れたんだ。」
 彼らの話によれば、奮闘の末、盗賊の一味をあと一歩のところまで追い詰めた。
 その時点で荷運びの男たちは、勝利を確信したという。
 だが。
 「なんだ?おめぇ。」
 盗賊たちを羽交い締めにし、いざ縄をかけようと意気込んだ時。
 いつの間にか目の前に、1人の男が立っていた。
 黒いフードと口元を覆うスカーフのようなもので顔はよく見えなかったが、隙間から覗いた美しい銀色の髪と、同じく銀色の鋭い瞳に思わず息を飲む。
 そして。
 「っ?!」
 ———— 最初は何が起きたか分からなかった。
 気が付くと仲間は全員、数メートル離れたところに吹き飛ばされていて。
 「・・うう。」
 「いてぇ。」
 突然の体の痛みと仲間のうめき声に、訳も分からず体を起こすと、視線の先には男に庇われ逃げようとする盗賊たちの姿があった。
 「おい!待てよ!」
 起き上がれた数人が叫んで追いかけようとしたが、駆け出したところで何かに思い切りぶつかり、再び悲鳴を上げてうずくまる。
 目には何も見えないが、透明な壁のようなものがそこにあるようだった。
 その向こうでは、あの忌々しい盗賊たちが次々と逃げてゆく。
 「くそっ!なんなんだよ!」
 ドン!と両手をぶつけてみてもびくともしない壁の向こうで、最後に1人残ったフードの男は静かに手のひらを男たちに向けて掲げた。
 ざぁぁっと音をたて、吹き荒れる風。
 視界は砂埃で遮られて、あちら側が見えなくなる。
 ・・・次に視界が開けた時。
 透明な壁は消えていたが、盗賊たちはもちろん、男の姿も跡形もなく消えていて・・。
 「ちくしょー!!」
 積み荷も全て無くなっていて、ワケが分からないまま、男たちはただ悔しがるほかはなかった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「・・それは魔法、だよな?」
 戸惑うように、ジェンが尋ねた。
 「うん。十中八九。・・そういう魔法なら、僕も使える。」
 視線の先のシルファは、考え込むような表情のまま答えた。
 3人は顔を見合わせる。
 『銀の髪』『魔法使い』。
 この言葉を聞いて思い浮かぶ答えは、3人ともひとつしかなかった。
 けれど、それは有り得ない。思い浮かべたのは名実ともに、王都では誰もが認める魔法使いの名家。
 こんな山間の盗賊に加担するなど、理由は全くないはずだ。
 それに・・。
 「シルファの家族や仲間が、こんなとこにいるはずないよ。」
 ラヴィンが気遣うように言った。
 「そんなことするはずないもの。銀の髪だって、この辺じゃ確かに珍しいけどさ、ちょっと大きな街にいけば、けっこう見かけるよ。」
 「そうよね。考えなくても分かるわよね、有り得ないって。何の得もないもの。」
 「そうそう。当たり前じゃない!」
 「うん。ありがと、2人とも。」
 ラヴィンとマリーが一生懸命シルファを気にする様子を見て、シルファは笑った。
 「俺もそう思うぞ。単なる偶然の一致だろ。で、お前は何をそんなに考えてるんだ?」
 ラヴィンが事情を説明する間、ずっと黙って考え込んでいたシルファに、ジェンが尋ねた。
 「ん。僕も、自分の家の人間がそんなことするなんて考えてないよ。でも、魔法使いが町の人に危害を加えてるなら、それは問題だし、帰ったらすぐ報告する。
 ただ、間違われれるほど外見が似てるなら・・。しかも同じ魔法使いだろ?噂にでもなれば、父上や兄上たちの仕事に支障がでたら困るんじゃないか、って。もちろん父上も兄上も優秀だから、そんなことで支障を来すことなんてないだろうけどさ。」
 それでもやっぱり、いろいろと考えてしまうのだろう。
 口数少ないシルファを見て、ジェンは言った。
 「お前、先に帰るか?気になるなら早く帰って、そういう奴がいるらしいってことだけでも親父さんたちに伝えといたらどうだ。」
 「いや、それはいいよ。大丈夫。」
 ジェンの勧めに、シルファは顔を上げると思いのほかきっぱりとした声で返した。
 「気にはなるけど・・、すぐにどうこうってことじゃないと思うし。町の人達も領主さんへ調査依頼の嘆願書を提出することも考えて相談中だって言ってたしね。それに、僕は今回、ジェンの仕事の助手として同行させて貰ってるわけで・・。」
 「だからそれは、」
 「それにね、」
 それはいいから、と言おうとするジェンの言葉を途中で遮り、シルファは続けた。
 「それに、僕は父上から今回の古代魔法文字の調査を任されてる。正式な仕事ではないけど、これもライドネル家での魔法学には大事なことだから。きちんとやることはやって帰りたいんだ。」
 ジェンはシルファの顔を見る。
 考えを変える気は、無さそうだった。
 (シルファも、こうと決めたら頑固だもんね。)
 隣のシルファを見上げながら、ラヴィンは心の中でそっと思った。
 「お前がそう言うならな。でも・・、いいのか?悪いけど、さっき言ったように、明日から2日間は集中して実験をする必要があるんだ。石碑の調査と例の坑道の探索は、行くならそれ以降になってしまうけど・・。」
 「うん。それでいいよ。約束通り、明日と明後日は、ジェンの仕事を手伝うから。」
 「了解。そこまで言うなら、予定通り、全員でやることやって、全員で帰ろう。」
 「ありがとう、ジェン。」
 ほっとしたように、シルファは笑った。
 父や兄からみれば、ただの課題のひとつだったとしても。
 (父上から命じられた、ライドネル家の為の、『調査』。初めての調査課題。どんな形にしても、結果はきちんと出したい。)
 シルファは、強く思っていた。
 それが、父や兄たちに追いつく為の一歩だと。
 そう、信じていた。
 「あらあら、皆さん、お食事はもう済んだのかい。」
 明るい声が響き、4人の座るテーブルに、お盆を手にしたエプロン姿の女性がやって来た。
 「あ、おかみさん。ごちそうさまでした。」
 ラヴィンが笑顔で返すと、50代くらいのふくよかな女性は柔らかな笑顔を浮かべる。
 「どうだい、村の味付けはお口に合ったかい?」
 「もちろん!とっても美味しかったです。」
 ラヴィンの返事に、宿のおかみである女性は嬉しそうに笑うと、お盆にのせてきたカップを4人の前に並べた。
 「はい、あったかいお茶。よく眠れるよ。お嬢ちゃんにはホットミルク。」
 カップを手渡され、マリーは小さく頭を下げた。
 「ありがとう。」
 「はいね。ほれ、お兄さんには風味づけにぶどう酒、垂らしてあるからね。あったまるだろ。」
 「ありがとうございます。」
 ジェンも柔らかい笑みを見せ、おかみは満足そうに頷いた。
 「あれ?」
 カップのお茶を飲もうとして、ふとラヴィンが顔を上げる。
 そして、きょろきょろと周りを見回した。
 「ん?どうした、ラヴィン。」
 ジェンの問いに、ラヴィンは首を傾げる。
 「今、赤ちゃんの泣き声が聞こえたような気がしたんだけど・・。」
 「ああ、そりゃうちの孫さね。」
 おかみが笑った。
 「半年前に生まれたばかりでね。よく泣くんだこれが。」
 あはは、と快活に笑いながら、奥のキッチンの方へ目を向ける。
 「今うちの娘・・、赤ん坊の母親があやして寝かしてるとこさ。うるさくて悪かったね。」
 「いえ、そんなこと。」
 言いながら、ラヴィンは切れ切れに聞こえてくるその声に、耳をすませた。
 「・・歌?」
 「・・本当だ。」
 一緒に澄ませたシルファの耳にも、その小さな歌声は聴こえてきた。
 「ああ。これはね、この村に伝わるエルス様の歌。子守唄だよ。」
 「女神様の?」
 マリーが小さく抑えた声で尋ねると、おかみは頷いて、懐かしそうに言った。
 「ああ、私も昔はよく歌ったものさ。娘や息子たちにね。」
 「これ・・、歌詞はないんですか?言葉が分からないような・・。聞き取れないだけなのかな。」
 「黒髪の兄さん、耳がいいね。そうさ、この歌は今の言葉じゃない。昔から伝わる、どこかの民族の言葉らしいけどね。知らない人間が聞いたら、歌詞のないメロディだけのように聞こえるだろ。あれでちゃんと、意味があんのさ。村の人間たちに伝わる意味がね。」
 「へえ。どんな?」
 興味津々な4人の顔に、おかみはニっと笑うと。
 微かに聞こえてくるそのメロディーに合わせて、彼らに分かる今の言葉で歌いだした。
 村の誰もが聞いて育ったという、その女神エルスの子守唄を。
