コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ファリスロイヤ昔語り 〜 冥き闇の手を持つ者よ 〜 ( No.133 )
- 日時: 2016/02/08 21:26
- 名前: 詩織 (ID: m.v883sb)
- リアン・クロウド・ファリスの帰郷。 
 予定よりずいぶんと早い、それでいて突然の出来事にざわめくファリスロイヤ城内。
 だがその驚きとざわめきの原因はそれだけではない。
 リアン当人の変わりよう、そして、常にその側に控える異国の魔法使いたちの姿は、彼の帰郷から数日が経った今も、常に城の人々の話題の中心として囁かれていた。
 「なあ、ゾーラ。」
 ある風の強い日。
 西の塔の上に立ち、眼下に広がる町並みを眺めていたリアンからの呼びかけに、ゾーラは顔を上げる。
 「はい。どうされましたか、リアン様。」
 しかしリアンは黙ったまま、じっと遠くを見つめていた。
 「?」
 彼の少し後ろに控えていたゾーラは、静かに彼の隣まで近づくと、彼の視線を追ってみる。
 彼の見ている方向・・城から北へ向かうその視線の先には、ここからでもよく見える白く美しい建物があった。
 「神殿、ですか?何か気になることでも?」
 ゾーラの問いに、視線は遠く北へと向けたまま、リアンが呟いた。
 その声は決して大きくはなかったが、なぜか、風にかき消されることもなく、ゾーラの耳へと届いた。
 「——— 女神の神殿は、本当に必要だと思うか?」
 「は?」
 予想だにしていなかったリアンの台詞に、ゾーラはとっさに何を言われたのかを理解することが出来なかった。リアンは続ける。
 「居もしない『女神』を祀る神殿など、本当に必要なのか?」
 「リアン様っ?!何ということを!」
 ゾーラはぎょっとしたように大きな声を上げた。
 「い、居もしない女神、などとっ!そんな暴言、いくら貴方でも・・っ」
 この地に暮らし、女神への信仰を持つ者たちからすれば、リアンの言葉は恐ろしい冒涜である。ゾーラの反応は至極真っ当なものであった。けれどリアンは変わらずに、淡々とした表情でその対象を眺めている。
 ゾクリ。
 ゾーラは背筋が寒くなるのを感じた。なぜだろう。目の前の青年は、若く、華奢な、ただの1人の青年であるのに。
 けれどその瞳は、ゾーラが知っているものとは違う気がした。
 深く、冷たい色をしたその瞳が、とても恐ろしいものに見えたのは、なぜなのか。
 「リアン様っ?!そ、それは・・、どういう・・。」
 ゾーラの問いには答えず、小さく笑うと、リアンはそのまま彼の横を通り過ぎ出口へと向かった。
 ゾーラはただ、それを見ていることしか出来ない。
 迷いない足取りのリアンの後ろには、不思議な瞳の魔法使い・ルーファスがついて行く。
 リアンが城に帰ってきてからずっと、傍を離れることなくいつでも彼の後ろにはルーファスがいた。リアン自身、常にルーファスに話しかけ、誰から見てもその信頼度の高さは一目瞭然である。
 あからさまな特別待遇。
 けれどなぜか、彼を悪く言う者は居なかった。
 最初の印象は怪しくもあったが、その物静かな態度と、ある種神秘的とも言える不思議な雰囲気を持つ彼は、なぜか人の心を惹きつけるようであった。
 ローブの裾が風に舞う。
 ゾーラはふと顔を上げた。
 出口の所で立ち止まったルーファスが、こちらを見ている。
 ( ? )
 目が合う。深い濃紺の、不思議な色。
 見ているとなぜか、心が引き込まれるような。
 静かにこちらを見つめる瞳に、ゾーラは先ほどまでの乱れた気持ちが落ち着いていくのが分かった。
 同時に、不思議な気持ちになる。
 なぜリアンの言葉に、自分はあんなにも驚いたのだろう?
 それほど大したことだったろうか・・いや、むしろ当たり前のことを言っているのでないか?
 (神殿とは、本当に必要なものなのか・・?)
 ぼんやりとそう思いかけ ———。
 ——— 次の瞬間、戦慄と共に我に返る。
 (?!わ、私は今、何を?!)
 なぜ自分はそんなことを思ったのか。ゾーラは呆然としながらルーファスを見る。
 先ほどと変わらぬまま、穏やかな笑顔でそこにいた魔法使いは、ゆっくりと頭を下げると、リアンの後を追い室内への階段を降りていった。
 後には1人、ただ呆然と彼らを見送るゾーラが、残される。
 風に煽られた旗の音だけが、辺りに響いていた。
 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
 「あ〜〜疲れた!ようし、今日の分は終了っと。」
 神殿の執務室。
 その日一日分の雑務を終え大きく伸びをしたリーメイルは、一息つこうとお茶を淹れる為に食堂へと向かう。薬膳茶の葉に湯を注ぐリーメイルを見つけたトーヤが、彼女に近づきながら声をかけた。
 彼女を労いつつもからかうという、いつものやりとりをしたあと。
 実は気になっていたことを聞いてみる。
 「そんで?お前大丈夫なのか?あれから。」
 「あれからって?」
 リーメイルが顔を上げた。
 「だから。少し前言ってただろ、なんか変な夢見みたいなやつがあったって。」
 テーブルを挟んだ向かいの席、どかっと座り足を組んでいるトーヤ。彼の前にカップを置くと、リーメイルは自分も座りながら返事をした。
 「うん。あの日は一日すごく苦しかったんだけどね、今はおさまっているの。同じヴィジョンを見ることもないし・・。あれはなんだったのかしら。」
 手元のカップを見つめながら、思案げに眉根を寄せる。
 そんな彼女に、トーヤは肩をすくめた。
 「さあな。ま、落ち着いたんならいいんじゃねぇの、お前すっげー暗い顔してたからさ。
 ほれ、さっさと飲めよ。冷めるぞ。」
 そう言いながら、ガサゴソと服のポケットをまさぐる。
 「お、あったあった。ほら、これやるよ。」
 貰いもんだけどな。
 そんな台詞と共にぽんと放ってよこされたのは、きれいな包み紙の大きなあめ玉。
 「わぁ。かわいい。ありがとうっ。」
 大きめのそのあめ玉をころんとほおばると、優しい甘さが口いっぱいに広がった。
 なんだかほっとする。
 あめ玉を口の中で転がしながらにこにこしていると、その様子を見ていたトーヤが可笑しそうに笑った。
 「リスみてぇ。」
 大きなあめ玉で頬が膨らんだ顔のことを言っているらしい。
 肩を震わせる幼馴染に、もう、と怒ってみせようとするのだが、あめ玉が大きすぎてうまく喋れない。もがもがと変な声がでた。
 トーヤの笑い声が大きくなる。
 「もおっ。」
 なんだか自分でも可笑しくなって、リーメイルもついつい笑ってしまった。
 2人の笑い声が部屋に響く。
 それはいつもの2人の、いつもの平和な日常で。
 どうか、こんな日々がこのまま続きますようにと、リーメイルは願っていた。
 言葉には出さなくても、ずっと心配してくれているトーヤ。
 こうして元気づけようとしてくれている彼の為にも、明るく笑っていられる毎日を、共に送れますように、と。
 心の中で、そっと祈った。
 けれど、少しづつ、少しづつ。
 城が侵食されていく異変に、2人とも、否、この地の誰もが、まだ気づいてはいない。
 静かに、静かに・・、影は忍び寄っていた。
- ファリスロイヤ昔語り 〜 冥き闇の手を持つ者よ 〜 ( No.134 )
- 日時: 2016/03/03 20:39
- 名前: 詩織 (ID: D//NP8nL)
- 「ねぇ、ふたりとも・・、どこにいるの?」 
 おそるおそる呼びかける、小さな声。
 シンと静まり返った廊下に人の気配はない。
 窓からの陽射しもちょうど影になる時刻らしく、薄暗さが余計に彼を心細くさせた。
 小さなその手をぎゅっと握りしめ、少年はそろりそろりと足を進める。
 幼い彼にとっては、いくつもの部屋が連なるその廊下が、恐ろしく広い場所に見えた。
 「ねぇってばぁ。どこ行っちゃったの?」
 不安げに呟くと、思わずじわりと涙が浮かんだ。
 「ふ、ふぇ・・。」
 「あーもう!ここだ、ここ!!」
 泣き出す一歩手前、大きく息を吸い込んだ少年の後ろから、突然声が聞こえた。
 その声に、少年はハッとして思い切り振り返る。そしてそこに、探していたふたりの姿を見つけると、泣くのも忘れて満面の笑顔を浮かべた。
 「いたー!トーヤ!リーメイル!」
 「『いたー!』じゃねーよ!探せよお前鬼なんだから!“かくれ鬼”で泣くなっつーのっ!」
 そう言って、後ろにいた少年・トーヤはぽかりと彼の頭を叩いた。
 「痛っ、だ、だってさ、ずっと探してたのに、ふたりとも全然見つかんないんだもん。」
 頭を押さえて唇を尖らせる少年は、サラサラとしたオリーブ色の髪を揺らし、自分よりも少し背の高いトーヤを見上げた。
 おかっぱに揃えられた髪が可愛らしい、あどけない顔の男の子。
 「お前の城だろ!」
 「だってこの辺は僕もあんまり来たことないし・・、お城、広いんだもん。勝手に出歩くとお父様に叱られるし。」
 「あー、お前の父ちゃん怖ぇーもんな。っていうかこんなことで泣くなよ、男だろ。」
 「もう!トーヤ言いすぎ。大丈夫?リアン。」
 トーヤの隣から、金髪の少女・リーメイルが顔をのぞかせる。
 「うん。ごめんね、リーメイル。僕、また見つけられなかったよ。」
 「ううん。いいのよリアン。ちょうどおやつの時間だし。おなかすいたって、トーヤが。」
 「言ってねぇ!」
 「うそ。おなか鳴ってたくせに。」
 トーヤの顔がみるみる真っ赤になる。
 「うるせーなっ。お前だってっ、鳴ってたくせに!」
 2人のやりとりをきょとんとした顔で見ていた少年・リアンは声を上げて笑った。
 「あははっ。きみたち、ほんとに仲良しなんだねぇ。いいなあ。」
 「そんなんじゃねぇよ!」
 すかさずトーヤが言い返す。
 「ふーんだ。こっちだって、そんなんじゃないもの。」
 リーメイルも言い返す。
 リアンはますます楽しそうに笑った。
 「いいないいな。羨ましいよ。僕、城の外には出られないし、お父様からの命令で、勉強の課題もいっぱいあるし。『ともだち』、なんていないもん。」
 そう言うと、2人の手をとって歩き出す。
 「僕の部屋へ行こうよ。おやつあるから、一緒に食べよ?・・まだ時間、大丈夫だよね?」
 最後、少し不安げな声でトーヤを見る。
 「あー、まだ大丈夫だろ。今日の『かいぎ』はちょっと時間かかるって言ってたし。よし、リアンの部屋行っておやつ食おーぜ!」
 そう言って歩く速度を早めるトーヤに、リアンは嬉しそうに笑って言った。
 「うんっ!」
 オリーブ色の綺麗な瞳が、きらきらと輝いていた。
 ーーーーーーー ーーー ー ・・・・ ・ ・
 「そう言えばトーヤ、お城のリアンのこと覚えてる?昔一緒に遊んだことあったわよね?」
 「リアン?ああ、覚えてるけど・・だいぶ昔だろ?ガキの頃親父について城に行く時、何回か会ったよな。」
 リーメイルの淹れたお茶を飲みながら、トーヤは記憶を探った。
 おぼろげに1人の少年の姿が浮かぶ。
 まだ幼い頃、城に行った時に出会って何度か遊んだことがある少年。
 記憶の中の彼は、ちょっと気弱で、可愛らしい感じだった気がする。
 お互いそれぞれの立場があったり、リアンの父が息子に対してかなり厳しい教育方針を持っていたりで、自由に会えた訳ではない。
 遊んだ記憶はほんの数回。
 けれど、環境的になかなか同じ年頃の友人を得られなかったリアンは、2人と会えることをいつもすごくすごく喜んでいた。その笑顔が印象に残っている。
 「なんか素直っつーか、純粋なやつだったよなー今思えば。」
 「トーヤとは正反対ね。」
 リーメイルがクスクスと笑う。
 「うっせーよ。で?なんで突然リアンの話が出てくるんだ?」
 トーヤの言葉にリーメイルは笑うのをやめると、この間の暗い予見に話を戻した。
 「あの後、神殿長さまたちと相談して、また何か視えたらお伝えすることにはなっているの。イメージの中に、ファリスロイヤ城が出てきたでしょう?でもほら、領主様のお身体のこともあるし・・、はっきりしないことで不安にさせるよりも、今はもう少し様子を見ようって。神殿からお城への正式な忠告はしていなかったのよ。」
 「ああ。まあそうだろうな。」
 トーヤが頷く。
 現在の領主であるリアンの父は、少し前から体調がすぐれない日が続いていた。
 ただ、急を要するほど重い病という訳ではなく、今までどおり政務もこなせる為、留学中のリアンも予定通り3ヶ月後に帰郷し、落ち着いてから世代交代の準備を進める手筈だと聞いていた。
 「でもほら、聞いた?リアン、帰ってきたらしいって。」
 「聞いた。城の奴らもかなり驚いてたらしいな。」
 「だからね。リアンが次期領主様として帰ってきたなら、予見があったことだけでも伝えといた方がいいのかなって。どう思う?」
 首を傾げて自分を見るリーメイルに、トーヤはうーんと唸った。
 「そうだな。俺は言っといてもいいとは思うけど、ただあの一回だけだとなー。まだ何が起こるのか見当もつかねーよな。今城はバタバタしてるだろうから、少し落ち着いてからでもいいんじゃないか?その間にまた何か視えるかもしれないしさ。」
 トーヤの言葉にリーメイルも「そうね。」と頷いた。
 「リアン、元気かなぁ。大きくなってるわよね。」
 「当たり前だ。なってなかったら怖ぇだろ。」
 「そうだけど!なんか小さい頃のイメージしかないから。どんな風に成長したのかなって。大人っぽくなったかな。」
 「どうだかな、お前だって中身変わらねーしさ。そんな変わらねぇんじゃね。」
 「もー!トーヤもでしょ。」
 けれどこの後、2人は思ってもいない形で彼との再会を果たすことになる。
 ファリスロイヤ城当主交代の時が、近づいていた。
