コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.44 )
- 日時: 2015/09/30 23:35
- 名前: miru (ID: .pUthb6u)
- 参照: 久しぶりの更新です(すみません)
- #8 
 あげはがそわそわしているのがわかる。
 それもそうか。さっき、すごいもの見たからだよね。
 城野は飛びまわるように塔を紹介してまわる狐を、部活を紹介するんじゃなかったの? と呆れつつ、見守りながらそう思った。
 先ほど塔の玄関前で、例の如く少し天然の入ったあげはが失敗をした。面白いことに、扉の開ける向きを間違えたのだ。
 その時だった。
 あの特待生が、声をあげて笑ったのだ。
 コロコロという笑い声に、体が震えるような衝撃。
 花が咲いたようだった。
 そうあげはは思ったのか、塔に入ってから隣で一言「かわいかった……」と漏らしていた。
 城野は、あははと笑顔で一歩引いた。
 やっぱり、今まで愛想笑いを浮かべていたんだな、とあげはは寂しそうに言った。気づいてなかったの。
 愛想笑いはどう頑張っても、愛想笑いなんだよ。
 にこにことふたりを見つめる城野は、自分はいっか、とふたりから離れることにした。
 階段を使って、塔のリビング的なスペースへ勝手に移動する。
 階段へ城野が消える前、和泉と一瞬目が合う。恨みがましそうなその視線にわざとらしくウインクを返す。それじゃあね。
 大丈夫。君が入ってくれなくても、別に困らない。
 でも君は、あげはの期待には応えてあげてよ。
 「……あの、狐さん。じゃなかった、あげは先輩。あの、部活の見学じゃなかったんですか」
 和泉はおそるおそる切り出す。
 つらつらと紹介する狐さん。しかし、その内容は塔の内部の構造ばかり。確かにすごいアートがところどころにあって面白いのだが。
 あっ、と言うように狐さんは顔をあげた。
 今は廊下の端にある、謎の小さな扉についての説明をしているところだった。顔も描かれていて、某アニメ映画のおとぎ話に出てくる扉によく似ている。
 先ほど城野にも置いていかれ、狐さんの話を遮ってくれる人はいなくなったと悟った和泉は、ついに切り出したのだった。
 「悪い、そうだったな! 忘れてい、たわけではなかったが、部室へ行こうか……!」
 忘れてたのか……。
 そして、先ほど城野が消えていった階段を登り、そして下った(ここはどういう作りなんだ)。すると、今までとは打って変わって広い部屋に通される。
 
 「ここがリビングだ」
 どうだ、というように階段を駆け下りて、嬉しそうに狐が言う。
 わぁ……すごい……!
 残りの数段を降りながら、和泉は驚いて口を開け、手すりを握ったまま部屋を見渡す。
 一気に開け放たれたその空間は明るい光に包まれていた。
 真四角ではない、蓋をしたような斜めの天井の部屋。部屋の空間に突き出るように設置された、先ほど降りてきた階段。
 その高低差がよくて、部屋の中もカウンター的な台があるところで一つ段になっていた。
 二階分くらいありそうな天井は、間隔で木の板が打ち付けられている。明るい緑の壁と、その木の色はよく似合っていて、すてきだと思った。
 窓は大きくとられていて、狐の身長より高い。窓は二つ並んでいて、どちらも十字架のように黒い枠がはまっていた。しかも二重構造のようで……。
 ただ無造作に造られているわけでは無さそうな辺りに鳥肌が立つ。すごい。
 ……ん?
 部屋を見渡し、早くもその部屋が気に入りそうになっていた和泉は、ソファに座る城野とばっちり目が合って、ようやく気がついた。
 「……先輩。美術道具がないのですが」
 そう。この部屋の中央には座り心地の良さそうなソファはあれども、さらに豆型のかわいいテーブルはあろうとも、美術道具の一切合切がなかった。
 「あ、それはだな……」
 そうひそひそと狐さんは言うと、和泉に手招きをして一つの部屋へと向かわせた。
 城野はソファに座って本を片手で読んでいる。持て余すように組まれた長い足が、その格好が似合っているだけあって、和泉をイラッとさせた。
 城野の横を通り過ぎて、空色のドアの前へ行く。
 何となく隣の狐さんがウキウキしているような気がする。
 「ここは城野の部屋だぞ」
 え、それぞれ個室を持ってるの?
 思わず城野の方を見ると、城野も緩慢な動作でこちらを見た。どうぞ、というように微笑む。そしてまた手元へと視線を戻した。
 城野の手を見てみると、詩集を手にしていた。うわ、ドイツ語……。
 「あぁ、それパウル・ツェランの詩集だぞ。城野はあまり選ばずに読むからな、好きなものとかないのか? 城野」
 和泉の視線を追うように、狐さんが言った。
 選ばずに手に取っても読めてしまうというのか、すごい。何ヶ国語習得しているんだ……。
 「うーん……。そうだね」
 返事はするが、聞いていなさそうな返事。集中しているのかな。
 行こう、と狐さんが視線で促す。
 はい、と静かに頷くと、彼は扉へそっと手をかけた。
 ……あれ、なぜ自分たちはコソコソと? なんで城野の邪魔をしないようにしてるの?
 和泉は抜き足差し足の自分たちに気づいて、可笑しくなった。
 また笑いそうな和泉を、何故か顔を上げていた城野と狐さんが変な目で見る。
 ……えー、こほん。
 「ほら、どうぞ」
 狐さんが扉を開けると、キィと小さな音がした。
 「わぁ……」
 窓から光のすじが踊る部屋。落ち着いた空色とオレンジが目に優しい。
 とても綺麗な部屋だった。
 ずかずかと入っていくのが躊躇われた。
 そっと覗くようにして中を見る。
 描きかけのキャンパスが目に入った。斜めに置いてあるので、少ししか見れない。
 キャンパスの隣に小さな机が置いてあって、パレットが置いてあった。
 それだけで一枚の絵になる不思議な空間。
 でもパレットの上に絵の具がない。乾いた筆が乗っているだけだった。
 今は描いていないのかな……。
 「お、入らないのか?」
 和泉は部屋に見入っていて、話しかけられたことにすぐに気がつかなかった。
 弾かれるようにドアから離れて、首をそろりとあげる。
 「あ! はい……いいです」
 「そうか、では僕の部屋も見せてあげよう!」
 るんるんで奥へと向かっていく狐さん。
 本当に、芸術とか、好きなんだろうな。
 素敵なことだ、と思った。
 でも入ることはない。
 なぜなら……。自分は美術部に入るためにここに来たわけじゃないし、部活なんて興味ないし……。入るなら演劇部だし、でもそんなのないし……。
 のに、狐さんに案内をさせている自分。
 なんだかさっきの扉の先は、入ってはいけない、ような気がした。
 ぶんぶんと頭を振った和泉は、それより理事長の息子である狐さんの意思が大事だから、と思い直した。
 ひとりで大はしゃぎに、自分の部屋へ向かう狐さんを追いかける。
 城野は笑って、そんな和泉の背中を見ていた。
