コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: COSMOS ( No.282 )
- 日時: 2015/09/03 22:19
- 名前: Garnet (ID: nnuqNgn3)
 「うーん……その子の気持ち、何となく解るかも。だからって、一寸 やり過ぎじゃないかな。」
 エマが 困ったように頭を掻きながら言う。
 手に握られた オレンジジュースの入ったガラスのコップには、結露した水滴がキラキラと光っていた。
 「あ、でも、もしかしたら 辛い過去があるのかもしれないし…。私も、お母さんが亡くなって、すごく悲しかったもん。
 日本に引っ越す事になったとき、お母さんの生まれ育ったドイツが良い、って何度も我儘言って、お父さんを困らせちゃった。」
 お母さん。其の一言に、少し胸が痛む。
 其れを誤魔化すように、ジュースを喉に流し込む。甘い香りが鼻に抜けた。
 勉強机の上に置いてある写真立てには、3人で写った家族写真が入れてあった。
 凛と咲く優しい笑顔で、すらりとしたスタイル。
 柔らかい髪と、灰色の瞳、そして、エマの持つ綺麗な雰囲気は お母さん似だった。
 芝桜のような絨毯に、足を伸ばして エマと私で座る。
 知美ちゃんはベッドの端っこに膝を抱えて座り、前に置いてある其の写真を見つめていた。
 彼女の瞳に、母親というものは どのように映っているのだろうか。
 "捨てた"ことに後悔を感じているのなら、私は声を大にして こう言いたい。
 貴方は今此処にいて幸せなんでしょう、と。今、安心して笑い合える、素敵な場所に居るんでしょう、と。
 抗えない本能を、私の祖母の言葉を信じて、過去に置いてきてくれた。
 私達のところへ、来てくれた。
 かけがえのない、家族に、なってくれた。
 だから、貴方は 涙を流す必要は無いんだよ。
 昨日までのことは、全部、正解でいいんだよ。
 「でもね、お父さんの同僚に怒られちゃって。
 『彼奴は、エマよりも辛い思いをしてるんだ。それでも、隠して、笑ってるんだよ。それなのに、何をしている。お前は彼奴の娘だろう』
 そう言われた。
 自分がとても馬鹿だと気付いて、それでも悲しくて。あの夜は、ずっと泣いてた。
 身体中の水分が、全部無くなるんじゃないかって位。
 でも、朝になって、日の出を見たら……自然と涙が引いたんだ。
 強くならなきゃって、此で泣くのは最後にしようって、お日様に誓った。」
 私達を照らす陽の光が、窓から優しく射し込む。
 ちゃんと見てるよ、と言うように。
 「本を沢山読んで、知ってる限りの日本の人に会って、死ぬ気で頑張ったよ。
 日本語って、凄く難しいんだもの。
 平仮名、片仮名、漢字。文化。日本での一般常識。片っ端から頭に詰め込んだ。」
 見上げたエマの横顔は、前を真っ直ぐ見詰めていた。
 哀しみと弱い自分から必死に這い上がって、計り知れない程の努力をして……。
 彼女を、素直に尊敬した。
 見習いたいと思った。
 エマのお母さん、貴女の娘は、確り生きています。
 貴女のように、いつも、優しく笑っています。
 私、エマと友達になれて、良かったです。
 「エマ…。」
 無知で弱虫な私には、何も言葉に出来なくて、ただ 名前を呼ぶことしか出来なかった。
 それでも彼女は、微笑み掛けてくれる。
 「頼れる親戚は、彼方にも此方にも居ないけど、その分 いい友達に出逢えた。
 トモ、奈苗ちゃん、マイ、ショウ。私、皆が大好きだよ。
 日本に来たことは、間違ってなかった。」
 「ありがとう、エマ…」
 知美ちゃんが、ベッドから降りて、エマに抱き付いた。
 此は後から聞いた事だけど、この瞬間に初めて、誰かから必要とされているって、思ったんだって。
 そんなこと、無いのに。
 必要とされない人間なんて、居ないのに。
 「トモ、ジュース、服にこぼれるよ。」
 「いいの。嬉しいんだもん。」
 さらさらと揺れる髪が、彼女の表情を隠す。
 地球の何処かで、アカシアの花が揺れた。
