コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 最強次元師!! ( No.811 )
- 日時: 2011/06/14 20:03
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: jBQGJiPh)
番外編 疎外少年と次元少女Ⅱ
暗い路地の中を、俺は懸命に走っていた。
今は真っ暗でその先には何も見えないけれど、
絶対に辿り着ける、絶対にまた会える、と。
心の奥底から確信を抱いていた。
「はぁ…っ、ぁ…はぁ…ッ」
光溢れた道の向こうへと、やっとの思いで辿り着く。
そこは少し広いくらいの空間で、奥は行き止まり。
そして、その奥にいたものとは…————————。
「誰だァ?俺の縄張りに来たオロカモノっつう奴ぁ?」
その男は明らかな長身で、男の足元にはあの子がぐったりと倒れていた。
後頭部から血を流し、動こうとしているのが此処からでもはっきりと分かった。
俺はそれが分かった瞬間…相手が男で大人である事を知っていながら、
大きな声で叫んだ。
「おいてめぇ!!その子をどうするつもりだァッ!!!」
「…はぁ?お前こいつの知り合いなワケ?…へぇ、知り合いねぇ…こんな“化け物”の?」
…は?
「ば、化け…物?」
「こいつは俺の家の横にいてなァ…いつも俺の縄張りに行く道塞いでやがったんだよ」
「道って…あ、あの路地の…」
「あぁ。そこをどけっつってもどかねぇんだよなぁ。俺の物品盗みやがった犬がいたっつうのに」
物品…盗み…、犬?
何言ってるのか正直分からなくて…俺はその場の状況を理解するのに精一杯だった。
「ちっこい犬が俺に向かって吠えたと思えば…俺の財布盗んでよォ…笑っちまうよなァッ!!!」
「ち…ち、が…」
「!?」
「あれは…あの犬の、持ちぬ…しの財布…の筈……お前の、じゃ…、な…ッ!!」
「うっせぇな、調子抜かすんじゃねぇよこのアマッ!!!!」
そう言った男は容赦なく少女を蹴り飛ばした。
俺はそれを見る事にただ夢中で、我に返ったときには既に少女は呼吸困難に陥っていた。
「ま、待てよ…っ」
喉奥の方で、やっと出てきた小さな言葉。
そんな声が男に届く筈もなく、男は俺に向かって顔を動かした。
「おいてめぇ、早くここから消えろ」
「…ぁ…え?」
「消えろっつってんだよ、聞こえねぇのか?あぁ?」
今までの俺なら、当然格好悪く背を相手に見せて全力で逃げただろう。
今までの俺なら、目にいっぱいの涙を浮かべながら狂い逃げただろう。
今までの俺なら、全て見た事を忘れて他人事のふりして逃げただろう。
そう、“今までの俺”なら。
「…あぁ?おい小僧、耳悪いんじゃ————————」
「————うっせぇな、誰が逃げるなんて言ったんだよ」
あの少女に出会って、俺はどれだけ変われたのだろうか?
荒んだ心が癒え、自然に笑みを浮かべられた。
狂った心が消え、自分に素直になる事もできた。
孤独な心が終え、安らかで心地の良い心を持てた。
“たった1人で生きてきた俺を、どれだけあの少女は救ってくれたのだろう?”
偶然だった。少なくとも必然じゃなかった。
俺はあの時、偶然におつかいをしていた。
俺はあの時、偶然に路地を見つめていた。
俺はあの時、偶然に少女に見蕩れていた。
家でごろごろしていれば良かった。
じっと空を眺めていれば良かった。
しらんぷりをしていれば良かった。
なのに、どうして俺は無視しなかったのだろう?
どうして偶然と偶然と偶然が重なって、俺は少女と出会ったのだろう?
多分…きっと、それは。
「悪いな。そいつ、俺の“友達”だから」
偶然じゃあ、“なかったから”。
偶然は、重なりすぎると“運命”になる事を、
俺は気付いてしまったんだ。
だから今、俺は怖くても言ったんだ。
自信なんてないし、確信もないけれど。
それでも、“友達”だって信じているから。
「…はぁ?ははははは!!!?友達ィッ!!?この化け物がてめぇの友達かよ!?ははははは!!!世の中は面白ぇなぁ!!!」
「……」
「じゃあそのクソ生意気な面から——————————、壊してやるよッ!!!!」
俺には一瞬の余地も与えられぬまま、ガッ!!っと鳩尾に拳を喰らった。
思わず体内から血を大量に吐き出すところで、声は出ないのに唾だけが吐き出された。
俺がよろめきながら後ずさりをすると、男は容赦もなく踵を俺の背中に落とし、俺ごと地面へと叩きつけた。
土の味が妙に口内へ入ってきて、気持ちが悪い気がした。でもそんな事をいう事もできなくて。
俺が息絶える寸前で、誰かに抱えられて見事男の踵落としを逃れた。
「…が…ぁ……?」
歪んだ視界にいたのは、いつも通り裾の擦り切れた服を来た少女だった。
必死に俺の体を揺らしてる。傷ついた俺の体を、何度も何度も揺らしている。
でもその顔はいつもと変わらなくて、人形のように固まった表情でしかなかった。
「ヴェイン、起きて下さいヴェイン!!!」
自分の名前が呼ばれたような、そんな気がした時だった。
少女は俺に怒鳴りつけるように叫んでいた。
ぐらぐらと俺の体を揺すって、俺の名前を呼んでいた。
「もう…此処から逃げて下さい」
「……」
「これは私が蒔いた種でしてよ?貴方が私を庇い、救う理由なんて…何処にも…!!!」
「…なぁ」
「…!?」
「お前…泣いた事、あるか?」
俺は唐突に、そんな質問をしてみた。
あまり答えに期待してはいなかったけど、一度で良いから見てみたかったんだよな。
色んな表情の、この子の顔を。
「何を…バカな…」
「俺、我慢とか…そういう、のはいらないと思うんだ、よ…お前の表情、見てみた…いん、だ」
「…」
「笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔も、困った顔も…全部、見てみたいなって…思うんだ…」
ずっと、望んでた。
こいつはいつになったら、俺に本当の素顔って奴を見せてくれるのかな…って。
本当はずっと期待してたのに、見せちゃくれなかった。
そう思って俺がふっと目を閉じようと思った、その時。
「あ…あら、あら…ヴェイン……?」
「……?」
「私は、全ての顔を、出しているつもりでしてよ…?ヴェ、イン……っ」
後にも先にも、少女の泣き顔を見たのはこれで1度きりだった。
少女の顔は、笑ったようにも、怒ったようにも、ないたようにも、困ったようにも見えた。
ただ…あの虚ろな瞳から一筋の涙を流して。
それがどんなに綺麗だったか、もう覚えてはいないだろうな。
ただずっと胸に焼き付いた。一瞬で心に刻まれた。
あぁ、俺はこいつを…泣かせちゃいけないなって。