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Re: 最強次元師!! ( No.893 )
日時: 2013/03/02 10:09
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

 第227次元 矢の先には

 試合会場では、赤い液体が所々に付着している。
 紅髪の少年は未だぴくりとも動かない。
 その代わりもう一人の小さな少年は必死に足を、腕を、動かし続ける。

 「——————一閃!!!」

 エンが弓を引き、矢が放たれる。その矢は金色の光を帯び、一直線に白い少女へと向かう。
 彼女は自分の背丈以上ある大きな筆でその矢を受け止めた。
 そしてそのまま腕に力を込めると共に、矢を弾き返した。
 
 「——————ッ!!」
 「は……ッ、前線で戦っていた彼を失った貴方に勝機はないでしょう。諦めたらどうですか?」
 「生憎だが、俺は諦めるという言葉を知らんのでな」 
 「……そうですか」
 
 少女、セシルはゆっくりと、筆を持ち上げる。
 その背を片割れのテシルに託して。
 エンは、弓を構える。

 「第七次元発動————————描直!!!」

 彼女は腕を使って豪快に筆を回し、現れた黒い塊のようなものをエンに向かって投げつけた。
 今までの描空とは違うのだろうかと、そんな事を考えている暇などエンにはなかった。

 「複閃——————ッ!!!!」

 一本の矢を放ち、それがまた分散し多数の矢が黒い塊と対峙した。
 然し彼の矢を、それはすり抜ける。

 「……な、ぁ……ッ!!?」

 刹那、黒い塊はそのまま空中で広がり、エンに降りかかった。
 エンは自分の体を見る。すると体の所々には黒い文様が浮かび上がっていた。
 然し害はない。彼はじっと自分の体を見つめたまま固まっている。

 「ふふっ……————どうですか?」

 気味の悪い文様。エンは再び弓を構える。
 然しセシルは微笑んだまま。その筆を、持ったまま。

 「その鋭い矢、放ってはいかがですか?」
 「……っ?」
 「まぁ今のあなたには——————無理な話ですが」
 
 エンは、弓を引く。
 彼女目掛けて、目を細めて指を添え、彼女だけを見据えたまま。 
 そうしてエンは——————指を

 
 「……ッ!!?」

 
 ——————離す事は、できなかった。


 「な、……ぜ……————ッ!!?」

 エンの指が、小刻みに震える。
 

 「忘れました? ——————私の描いた輪郭は、私の意のままになる事を」


 少し時間を巻き戻して考える。
 セシルが輪郭を描いて、テシルがそれに色を加えていた。
 然し一度も、テシルがその描いたものを操ってはいなかった。
 ずっと、セシルがエンとサボコロに直接手を下していた。
  
 そう、彼女の描いた輪郭は、彼女の意のままに動くという事。

 そしてテシルの次元技がその輪郭と一体となった場合、テシルの誘導権はその時点で失われる。
 つまり彼女の次元技と一体になった今のエンでは、動く事すらままならない。
 
 「ぐ……ぎ、ぃ…………ッ!!!」
 「無駄ですよ? 私の元力は、貴方の元力に勝るようですから」
 
 彼女はくすくすと笑って、ふいっと筆を躍らせた。
 瞬間エンはくるりと回る。ぎこちない動きで、一歩一歩足を動かす。
 その先にいたのは。

 「————————ッ!?」

 紅髪をバンダナで束ねた、少年だった。

 「さぁ——————仲良く死んでもらいましょーか?」

 エンの左腕が、ゆっくりと持ち上がる。
 震えながらも弓はエンの正面に現れ、エンの右手も添えられる。
 エンの意思はそれに反抗し、動きはとても滑らかとは言えなかった。
 然し、エンは弓を引く。
 それが本人の意思とは関係なしに。
 
 「……え……ン……?」

 その時、小さな声がエンの耳に届く。
 それは紛れもなく、サボコロ・ミクシーの声。

 「な、何で……お、前…………うぐッ……!!」
 「何、をしている……早く逃げろ阿呆!!!!」
 
 エンは必死に自分の指を動かして、矢の位置をずらす。
 セシルは笑ったまま。そしてサボコロの口から、血が垂れ下がる。

 「な……わけにも、……っかねぇ……だろう、が……ッ」
 
 サボコロの頭から、白いバンダナがずれ落ちる。
 そのバンダナは血の海にぽちゃりと浮かぶ。みるみるうちに赤く染まっていく。
 
 「2人で……勝つんじゃ、なかったのか、よ……————?」
 
 ぐんッ、と。
 エンの体が引っ張られる。
 這い蹲っているサボコロに、矢が向けられる。
 エンの顔が更に苦しくなると、また指は震え出す。
 
 サボコロは、ゆっくりと……そう、ゆっくりと、立ち上がった。


 「や、めろ……早く逃げろ、と言ったんだ…………本当に死ぬぞ——————ッ!!!!」
 「……エン……俺は……——————————ッ!!」


 ズブリッ————————と。
 鈍い音が、走る。

 エンの指が一瞬力を失った時、
 細く輝く一本の矢は、少年の心臓に突き刺さった。
 紅い彼が崩れ落ちる一瞬の時が、ゆっくりと、鮮明に、捉えられる。
 目の前で飛び散った赤いものが、エンの頬にこびりついた。


 「さ……ぼ——————」


 言葉は紡がれない。
 エンの体はまだ何かに縛られているというのに、
 彼の体から、全ての力が滑り落ちたような気がした。

 「さ、サボコロ——————ッ!!!」
 「そんな……————ッ」

 選手席にいたレトヴェールが声を張り上げる。
 然しその声は歓声に掻き消される。そしてキールアは顔を伏せる。 
 エンは、動かないまま。

 「ふふ……本当に、面白いですね? テシル」
 「……油断大敵。気を抜いてはなりませんよセシル」

 エンは背を向けたまま、再び倒れたサボコロの背中を見つめる。
 一人ずっと黙っているままのエンの体が動き始める。

 「さて……そろそろ良いですよね」

 セシルは器用に筆を回し、再びエンに弓を掴ませる。
 抵抗心のまるでないエンの動きはスムーズで、あっという間に弓を構えた。
 もう一度、サボコロに矢を向ける。

 「さぁ——————死んじゃって下さいッ!!!!」

 筆を大きく振り下ろしたセシルの動きに応えるように、エンが力強く矢を摘む。
 力いっぱい、指が引きちぎれる程、彼は強く強く矢を引き絞った。

 音が、なくなる。

 「エン——————ッ!!!」

 レトが大きな声を張り上げる。
 その声は、エンの耳には届いていない。 
 然し、エンは、弓を引いた。


 それも——————急に角度を変えて。

 
 「な——————ッ!!?」


 輝く矢が向かった先は——————エンの足元だった。


 矢が刺さる。鮮血が舞う。エンの指の力が再び消え失せた。
 足の甲からか、血が噴出したまま止まらない。
 エンはまたしても機械のようなぎこちない動きで、今度はきちんと振り返った。

 いつの間にか、黒い文様は姿を消していた。
 力なく佇む彼は、弓を片手に顔を上げた。

 彼はやっと、その口を開く。


 「あまり俺をなめるなよ————————」

 
 彼の瞳は——————今までにない程の闘志を帯びる。


 「————————貴様らを、必ずぶっ潰してくれる!!!!!」