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Re: 最強次元師!! ( No.902 )
日時: 2013/03/26 20:41
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

 第234次元 不屈の心、不屈の想いを

 キールア・シーホリーの瞳が強く輝いた時には、既に遅かった。
 兎使いのリラン・ジェミニーの腹部に大きく槍が突き刺さる。
 その衝撃と共に地面で這うように勢いよく滑った。
 転がる彼女の体が、震えた。

 (い、今のは……——————!?)

 ほんの数秒前の映像が綺麗に思い出される。
 殺気を感じ振り向くと、そこには金髪の少女がいた。
 恐ろしく光ったあの瞳が、深く彼女の心に刻まれていて。
 そしてゆっくりと体を起こす。

 「……」

 キールアは槍を片手に歩いていた。
 一歩一歩確実に。例えるなら、鬼が子供を追い詰めるように。
 リランは少しだけ目を細めた。

 (さっきのは——————気の、せい……?)

 彼女は後方で転がる兎破の許へ走る。
 速さを変えず歩くキールア。
 何よりその姿は、恐ろしく綺麗だった。
 リランは傷ついた兎破を優しく撫でた。
 白い毛並みが揺れる。兎破を撫でていた彼女の手の動きが止まった。

 「凄いね……あたし、怒っちゃった」
 「……?」
 「やっぱ君は————————全力で倒す事にするよ」

 途端に、嫌な風が吹いた。
 ぶわりとキールアの髪で遊ぶそれは、リランのフードをも脱がす。
 リランの口元が歪む。

 「第八次元発動————————」

 小さな声をあげた時、
 選手席に座っていたロティ・アシュランが驚いた。
 まさか、と言葉を紡ぐ。

 
 「————————兎装ッ!!!!」


 リランの大きな声が、会場を圧倒した瞬間だった。


 (あいつ……——————本気であの女を殺す気かよ)

 ロティはふっと笑った。
 そして終わったなと、続ける。
 リランの隣にいた兎破の姿が薄くなり、白い気のようなものがリランを取り巻いた。
 まるで水蒸気をその身に纏う様に。

 「————っ!?」

 兎破が消えると同時。
 リランの頭にぴょこんと耳が生え、加えて手や足に兎の手足のようなものが付いた。
 最後に、頬から数本の長い髭が伸びる。
 兎の格好させたような、そんなリランの姿に、キールアは声が出なかった。
 例えるなら兎の格好をした可愛い少女のようだが、
 隣の兎破が消えたところを見ると、唯のコスプレではなさそうだ。
 人間と兎を足して二で割ったような、そんな姿。

 「さぁー……始めようっ?」

 ぐらり、と、一瞬だけ景色が歪む。
 キールアは片足を浮かして前のめりになる。

 と、その時。

 「———————ッ!?」

 遥か前方にいたはずのリランが、目の前にいた。

 「きゃぁ——————ッ!!」

 リランの白くてふわふわした兎の爪が、キールアの頬を切り裂く。
 思わず体が後ろへ飛び、尻もちをついた彼女の首に、爪が突きつけられた。
 キールアが震える。爪が少しだけ動き、首から血が溢れた。

 「あはは……! そーっれっ!!」

 思い切って、リランがその位置から振り下ろす。
 キールアの首から血が舞った。
 彼女は下半身に力を入れて、
 
 「う……りゃぁ————ッ!!!!」

 そのまま一回転するように、足でリランの腹部を蹴り上げた。
 キールアは流れに沿って後方に綺麗に滑った。
 蹴り上げられたリランも地面に爪を立てて同じように滑る。
 2人の呼吸が、ぴったりと重なった。

 「ぴょーっん————————っとォッ!!!!」

 たった一度足に力を加えただけで、跳ねるようにキールアの許へ跳ぶリラン。
 そのジャンプ力も並ではなく、ただの人間がひとっ跳びで跳べる距離ではなかった。
 キールアが驚くのと同時、リランの爪が大地に突き刺さり、大理石のようなものが砕けた。
 キールアが咄嗟に避けるのと、リランが笑うのはほぼ同時。
 リランの爪が、キールアの体を裂くように薙ぎ払われた。

 「う、く……————ッ」

 閉じていた黒いコートが開く。
 大きく舞う中、キールアはもう一度回って避け、爪を伸ばすリランに対し槍で対抗した。
 金属音が鳴り響き、キールアの槍もリランの爪も、カタカタと揺れた。

 「あたし、負けられないん、だよ……ッ!!」
 「……わ、たし……だ、って……!!」
 
 銀の槍も白い爪も、揺れるだけでそこから動かない。 
 双方が力を加え、少しだけ火花が散った。
 負けられないと、そう瞳が訴える。

 「————————とりゃァッ!!!」
 「————————!!!?」

 華麗に一回転。
 リランの蹴り上げた足がキールアの腹部に命中した。
 大きく仰け反ったキールアがボロ雑巾のように勢いよく転がり回った。
 けほけほと、咳を吐く。
 体から力が抜けていくように、全身に力が入っていかない。
 キールアの口から、血が吐き出される。

 「う、ぁ……がッ!」
 「おっもしろいねーっ? まぁ初心者にしてはよくやったんじゃないのー?」

 リランの可愛らしい声が届く。
 キールアの視線には、そんな彼女の足が映った。
 堂々とした足取りが、その瞳に焼きつく。
 霞む視界の奥に、リランが立つ。

 「そろそろ限界でしょ? 君、体力なさそうだもんねっ?」
 「……ぁ、……はぁ……っ」

 リランはしゃがむ。キールアの苦しげな顔を見て、卑しく笑みを浮かべて。
 彼女は、口を開く。

 「ねぇ、向いてないんじゃないの? ————————次元師の、戦いに」

 キールアの心臓が跳ね上がった。
 彼女の放ったたった一言で。
 向いていない。そういった彼女の声がキールアの頭の中で反芻する。
 吐き出した血が、急に恐ろしく、見えた。

 「一回戦から思ってたんだよねぇ。あれはよくやった方だけど……所詮付け焼き刃でさ」
 「…………」
 「そろそろ気付けよ——————————、“格が違う”ってさ」

 冷たく鋭く、尖った言葉が発せられた。
 元々戦闘に向いてないキールアと、戦闘センス抜群の経験者、リラン。
 リランだけと限らず、参加した次元師達は皆そうであっただろう。
 皆皆、戦いに慣れている手練ばかりで、正直焦りもあった。
 自分で本当に良いのか、と。
 キールアの中にはいつも不安があった。ただそれを、レト達に言えなかっただけ。
 怒られるのが、責められるのが、怖くて。
 彼女は呼吸を繰り返す。荒い息を何度も吐いた。

 と、その時。


 (——————————キールア!!!!)


 彼女の心の中で、大きく誰かが声を張り上げた。
 凛とした大人びた声。声の主は、キールアがあまり聞き慣れない声だった。

 (もう、やめていい…………諦めていいの、キールア)

 「……」

 (あんたは頑張った……だから、これ以上はやめて————————!!!!)

 地べたに這う、キールア。
 彼女は何も答えなかった。
 ただ、百槍の泣きそうな声が、響いていただけ。
 然しキールアは……優しく笑みを浮かべて。

 「はは……優しい、ね……百槍……」
 
 (……——————!!?)

 「私ね……貴方ともっと……繋がっていたい、んだ————————」
 
 戦闘に向いていないのも、優しいキールアにそれは無理なのも。
 自分自身、分かっていた。 
 ただ、そう。彼女はただ。


 「それに……貴方の、あの言葉——————————信じてみたいの」


 百槍という一人の存在と歩いていきたい。
 百槍という少女の言葉を信じていきたい。
 
 たった、それだけの願い。

 (…………キール、ア————————)

 百槍の小さな声。それはきっと、キールアには届かなかった。
 ただキールアのひとりごとを聞いていたリランは途端に微笑み出した。

 「良く分かんないけど……。あたし、楽しかったよっ!」
 「…………」
 「だから次は——————————地獄で会おうねっ?」


 リランの腕が持ち上がる。
 キールアが未だ顔を上げない。
 兎の少女は、その白い腕を、振り下ろす。


 ぶん、と————————————音が響いた。