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Re: 最強次元師!! ( No.908 )
日時: 2013/05/06 11:15
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)
参照: 遅れました。

 第240次元 契りを果たして

 心操が解けたのか、と思わせる程の動きに思わずミルは目を見開いたまま動かなかった。
 九次元級の、あの技に。
 自分でさえ手も足も出なかったあの技を、たった一撃で。
 彼女は気付かなかった。
 自分の頬にはもう何粒もの滴が伝っている。
 熱を帯びた頬に、冷たいものが何度もそこを過ぎる。
 気付かぬうちに、彼女はずっと泣いていたのだ。

 「相手が悪かったな、ロティ・アシュラン」

 情景さえ破壊してしまいそうな一太刀で、ロティは会場さえ越えた。
 既に第2試合の時から壊れていたこの会場だが、更に会場すら消し飛んでいたのだ。
 彼の放った想いが、一撃が、そうさせたと言わんばかりに。

 「悪いけど……てめえに負ける訳にはいかねえんだよ」

 それは、人族代表になる為ではなく。
 ミルと同じ、血の繋がっていない妹がいるから。
 そしてそこには、他人では計り知れない絆があるから。
 それを証明する為に、彼は戦い続ける。
 レトは少しだけ血を吐いた。
 体中から溢れ出ていた血が、今やっと止まった。

 (れ、レト……大丈夫っ!?)

 「あ、あぁ……まぁ、お前の切れ味は最高だったけどな」
 
 身をもって体験したわ、と笑うレト。 
 双斬もばかーとか言いながら笑っていた。
 立ち込める煙の向こうにまだ、きっといる。
 そう思ったレトのへらへらしていた顔が、変わった。
 負ける訳にはいかない。
 あの言葉に、嘘なんて一つもなかった。
 
 「……」

 そんな事を思っているうちに、一人の女性が歩いてきた。
 長身にすらっとした体型。間違いなく、ロティである。
 彼女の体中に多数の傷が見えた。
 あの一撃を受けて尚立ち上がる事ができるだけで凄いというのに。
 彼女は、それでも歩いていた。
 妙に冷たいような、静かな空気が壊れた会場を包み込む。

 「……は、は……っ……“相手が悪い”だ、と……?」

 彼女は笑い出した。
 ゆらっと、体が揺れて、傷だらけで立ち上がる彼女。
 自分の血で汚れた体を起こし、立ち上がる彼。
 両者共、序盤程動ける体ではない。
 それなのに、序盤より、今までで一番と言って良い程。
 2人の腕には、全身には、力が漲っているように見えた。

 「それはこっちの台詞だぜ、レトヴェール」
 「……っ?」
 「お前に——————————勝ち目なんてねえよッ!!!!」

 ぶんッ、とロティが腕を振り下ろした。
 その時周りに転がっていた2つの岩が浮き上がり、猛スピードでレトへ向けて放たれた。
 然しその岩はレトの顔ではなく、両肩辺りにぶつかる。
 そのまま勢いで後方に押し戻され、そして。

 「——————ぅぐぁッ!!?」
 
 後ろに佇んでいた、大きな瓦礫で背を打った。
 まるで瓦礫が磁石で、岩が砂鉄の役割を果たすように。
 引き合わされた2つによってレトは背中を打ってしまった。
 それも岩は彼のシャツを挟んで瓦礫に突き刺さっている状態。
 抜け出そうにも、抜け出せない。

 「図に乗るなよ、ガキが。黙って聞いてりゃ、ガキが説教ばっかしやがって」

 悠々と歩く彼女は、手に小さな岩をまた2つ持っていた。
 びゅんという音に乗せて、その岩は丁度レトの腕辺りに飛んだ。
 小さな衝撃音が響き、レトは薄く目を開いて腕を見た。
 強い引力のようなもので、全く腕すら動かなくなってしまった。
 必死に動かそうとするが、怪我をしている上並の次元級ではないのだろう。全く動く気配がしない。
 
 (“心操”……————やっぱり、こういう次元技か)

 レトは今ここで、やっと理解した。
 心操とは、つまり心を操ると読んで字の如くな訳だが。
 心のない岩や真空波を打ち砕く所を見ると、心を操るだけではないらしい。

 つまり、心を“加える”。

 心を加えられた岩は自由気ままに動くだろうが、その岩の心を操れば後は簡単。
 その心を操り、今度こそ自由に使う事ができる。
 多分これは継続効果を持つ次元技なのであろう。

 最初にレトが次元技無しで攻撃を仕掛けた時、ロティは太刀打ちできなかった。
 それは多分、次元技には心がない事を知っていて、心を加えるという手間を取っていたから。
 そして心のある英雄大六師に直接攻撃を仕掛けられ、戸惑ってしまったという訳である。
 真空波は物質だが、ただ斬るだけなら物質ではなくそれ自体の“動き”になる。
 だからその後に、いっそ双斬自身を操ってしまえば良いと考えたのだろう。
 それは、レトと双斬の間にあった絆によって打ち破られてしまったが。
 そうこうしている内に、ロティはレトの前でぱったり足を止めた。
 
 「遊んでやるよ————————冥土の土産にな!!!」
 
 と、その時。
 ロティの長い足が、レトの腹部をまるでボールを蹴るように蹴り飛ばした。
 彼の口からまた、血が吐き出される。
 ただでさえ双斬にやられた傷口がぱっくり開いているのだ。
 その傷口に痛みを超えた衝撃が加えられ、彼は声さえ出せなかった。
 
 「苦しいかァ? そうだよなァッ!!? ——————それがあたしの苦しみなんだよッ!!!!」

 そしてもう一発、二発と弾丸をぶち込むように蹴りを入れる彼女。
 レトの頭がだらんとしたまま動かず、耐えられない痛みに襲われていた。
 開いた傷口から、だらだらと血が流れる。

 「……ぅ、ぐ……!!」

 彼の体から出るそれは、やがて地面に流れそこを真っ赤に染め上げていく。
 額から漏れた血が、頬を伝って、ぽたり……ぽたりと、落ちた。

 「あァ? おいおい死んだのかよ」

 「……」

 レトの口から、否定な声は出ず。
 溢れるのは、止められず零れた血の塊ばかりだった。
 ロティは、調子が狂ったようにわざとらしく肩を大げさに竦める。
 この時彼女は、気付かなかった。
  
 「つまんねーなぁ……もう少し遊ばせてく————————」


 レトの足元に、双斬が転がっている事に。


 「————————何ッ!!?」

 
 レトは足で、それを蹴り上げる。
 宙に浮くそれの柄を、噛み砕くように口で挟んだ。
 そうして。

 「————————うぁあッ!!!?」

 ロティの体を思い切り横薙ぎするように。
 口で掴んだ双斬を、大きく振り切った。
 勢いに乗って斬り飛ばされた彼女は、あまり遠くには飛ばず。
 然し首から少し下、胸に近い辺りに大きく切り傷が刻まれていた。
 
 (あ、あんな力……ど、こに……ッ!!?)

 彼女は飛び散った自分の血を睨む。
 中盤辺りから、既に体はもう動かない程ボロボロで。
 神でもない限り、あのような体力や精神力の保持は在り得ない。
 傷だらけの彼のどこに、そんな力があったというのだろうか。

 ガラン!! という音が響く。それは双剣の落ちる音だった。
 乱れた呼吸で、レトは自分の血溜まりに落ちた双斬を見た。
 共に闘ってきた英雄を、その剣に重ねて見た。

 「ぁ、は……ぁっ……はぁ……っ」
 
 何度息を吸い、何度息を吐いても、楽になる事はなかった。
 苦しく呼吸を繰り返す彼は、ふっと顔を上げる。
 血が滴る顔で、にっと笑ってみせた。

 「負け、ねえよ……」

 自信に溢れた声が、ロティの耳に届く時。
 レトは、拳に力を入れて言う。


 「“あいつら”との……————————約束、だからな」

 
 綺麗な青空を仰ぐ彼の顔は、とても涼しげに見えた。
 まだ温い夏風が彼の頬に当たって、体に溶け込むように纏い離れていく。
 彼はとっくに契りを交わしていたのだ。
 負けはしないと。
 
 遠くにいる彼女へ、或いは隣にいた大事な人へ。
 彼の微笑みは、心地の良い夏風に溶ける。

 
 
 
 そんな、時だった。




 「——————————————っえ?」




 蒼い空の上に
 白い雲の上に


 
 幼い葉を連想させる
 淡い緑の少女が、そこにいた。