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Re: 最強次元師!! ( No.919 )
日時: 2013/07/07 12:57
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 5PvEL/lW)
参照: アメブロ、Twitter、skypeなど多様な面で活動中。

第248次元 高みへ向かえ 

 これは、ほんの少し前の話である。
 ミル・アシュランとロティ・アシュランが、和解した後。
 ミルは、試合会場には残らず、一人列車に揺られていた。
 ガタンゴトンと鳴り響く喧しい音など、彼女の耳には届いておらず。
 ただぎゅっと、小さな紙を握り締めていた。

 時間は少し遡る。
 ロティと別れたミルは、涙を拭って歩き出した。
 レトヴェール達の体調も気になると思い、医務室へ向かった彼女。
 然し何かに躓いて、派手に転んでしまったのだ。
 立ち上がった時、何かが落ちているのに気がついた。
 ミルは、それが小さな紙と分かる。
 中が気になるので、拾って、優しく畳まれた紙を開いた。
 
 そこに、書いてあったのは。

 『フェーツァ村 天の恵み 高みを目指せ』

 意味不明な言葉の、羅列だった。
 ミルは少しの間考えたが、やがて紙を畳んで走り出した。
 元々コートの中に、こんな紙は入ってなかった。
 だとすれば、誰かの策略か、自然に入ったもの。
 彼女は、迷いもなく前者を信じた。

 何故なら、ハルの故郷がそのフェーツァ村だったから。

 そんな話を聞いた事のあるミルは、迷いもせずそこを目指す。
 決勝戦まで3週間足らず。充分帰ってこれると踏んで、ミルは会場を後にした。
 そうしてフェーツァ村の隣、シェンランド王国行きの列車に乗っているのが現在。
 溢れる自然風景なんかを眺めながら、彼女はぼーっとしていた。
 目の前には、ファイがいる事に気付かずに。

 「……」
 「……」
 「……あの」
 「ふぇいッ!!!?」

 静かに響いた声に、一瞬の寒気を感じるミル。
 びっくりして声の響いた方を向く。
 そこに、ファイがいた。
 
 「え……あ、確か、君って……」
 「ファイ……です……」
 「あ、あぁ……ファイちゃん、だったねっ?」
 
 正直本当に心臓が飛び出るかと思ったミルの鼓動は速く。
 それとは対極に、ファイの表情は至って無を示していた。
 ミルも落ち着いて体ごとファイの方へ向き直る。
 
 「ていうか……どうしてファイちゃんも乗ってるの?」
 「……私も……少し、シェンランドに……用がありまして……」
 「へ?」
 「私の……故郷、なので……」

 その話を聞いて、ミルは驚く事をしなかった。
 それは、ファイの背中に刻まれた焼印が試合中に見えたため。
 焼印を入れる習慣があるのは、シェンランド王国ぐらいのものだったから。
 然しシェンランド王国に出向く事は、ファイにとっては辛いのではないだろうか。
 ミルは少しそう思う。

 「そう、だね……」
 
 自分の肩を、ぎゅっと支えるミル。
 ミルの肩にも、焼印のようなものが刻まれている。
 それは“ML368”という、実験番号だった。
 今ではそれが誇りに思えるまでになったが、当時の彼女にとってそれがどれ程憎いものであったが。
 思い出しただけで憎しみの込み上げる点においては、ファイと同じだった。
 
 

 シェンランド王国に着いた彼女は、ファイと別れた。
 ミルの目的はそこではない為、そこから少し歩く。
 噂によるとフェーツァ村はとても小さく、村自体はあまり有名ではない。
 然しその村に聳え立つ山が、世界中に知れ渡っているのである。
 世界一高い訳でも、世界一低い訳でもない。
 その形が特殊なもので、誰もが観光に訪れる場所なのである。
 
 「ふぅ……ここ、かな……」

 村に入り、村人に挨拶を交わしていくミル。
 然し村に入っただけでは良く分からない為、彼女はもう一度紙を開く。
 出てきたのは一目みただけでは理解がし難い、単語の羅列。
 
 「天の恵み……高みを目指せ……か」
 
 紙を畳んで、少しの間だけ考える。
 この村に来ても、観光する場所はなく、珍しい景色も大してない。
 つまり、あるのはあの山だけで。
 ミルは、くるりと回って歩き出す。



 深く生い茂る草木を掻き分ける。
 熱い日差しがミルを襲い、固い土がミルのブーツを汚していく。
 どれだけの時間が経ったのかも分からない。彼女はただ、歩いていた。
 何度も草を超えては、背の高い木々に手をついて。
 足が悲鳴を上げている事にも気付かずに、ただ只管前へ向けて行く。
 冷たい汗が、土に染みていく。
 真っ白な肌は日の光を受け白さを増す。
 輝いた汗と、潤んでいく瞳は、じっと太陽を見つめる。

 そうして漸く、辿り着いた。

 「ん……はぁ……は、あ……っ」

 忙しく息を吸っては吐いて。
 ミルは澄んだ空気を深く吸い込む。
 自然に体の中で満ちていく新鮮な空気は、とても美味しかった。
 目の前に広がるのは、真っ平らな地平線のような景色。
 そう、山の頂上には綺麗な程平らな地が広がっているのだ。
 嘗てメルドルギースの戦争に巻き込まれ、山が上半分飛んでしまったのだとか。
 出来上がった山は大きなプリンに似て特徴的な為、あっという間に有名になった。

 然しその山頂に何があるのかは、知らない人が多かった。



 「……え……————っ?」


 
 霞む景色の中で、ぼんやりと不確かな何かがミルの目に飛び込んできた。
 まだはっきりとはしないが、それは板のような形状のもので。
 灰色のそれは、幾重にも連なり地面に突き刺さっていた。

 彼女は漸く、それが何なのか分かった。


 「う、そ……」


 そこにあったのは、何百にも及ぶ“墓石”だった。


 一つ一つ丁寧に手入れされていて、綺麗に並べられていた。
 その墓に、小さく名前が彫られていて、序に番号が隣り合わせに刻まれている。
 
 「“PT012”……? ——————パト!!?」

 それは、ミルの友達の、名前だった。

 「“FO222”……“RE165”……”AS007”……皆、皆……研究所の……っ」

 嘗て共に過ごし、共に苦しみ、共に生きた仲間達の名前が、
 そこに、刻まれていた。
 ミルは小走りになってその場を駆け巡った。
 墓を一つずつ確認していく。一人ずつ名前を見て、思い出していく。
 確認してい上で、自然に足はまっすぐ前へ進んでいた。
 彼女は、一番奥にあった墓を、見つけた。
 足を、ぴたりと止める。


 そこには、“HL124 ハル・アシュラン 此処に眠る”————そう、書かれていた。


 白くて、短い髪。
 赤い眼鏡が似合っていて、よく笑い、よく喋る、そんな女の子。 
 ミルに初めて、“愛”を伝えたのは、その子、ハルだった。

 そっと墓石に手を伸ばした。
 熱を帯びたそれは、ミルの手をすんなりと受け入れて。
 冷たい滴が、じわりとその温度に溶けていく。

 「な……ん……何、で……誰が、こんなこ、と……っ」

 悲劇が悲劇を呼んだあの実験後。
 そもそも実験被害者の名だけは、世間に晒されていなかった。
 つまり、誰が実験に巻き込まれたのかを知っていたのはミルだけだった、という事になる。
 然し誰も知らない筈の実験犠牲者の子供達の墓が、ここにはある。
 

 「……————あら? どちら様でしょうか?」


 聞こえたのは、女の人の声だと思われた。
 背後から聞こえたその声に、ミルは咄嗟に反応する。
 コートの裾で涙を拭うと、目の前には。


 「こんにちわ。良いお天気ですね」


 目の前には、誰かに良く似た婦人が佇んでいた。