コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 最強次元師!! ( No.921 )
- 日時: 2013/07/15 13:39
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 46ePLi3X)
- 参照: アメブロ、Twitter、skypeなど多様な面で活動中。
『貴方の“幸せ”を、誰より願ってる。』
第249次元 動き出す、想いと
綺麗な瞳、白みがかった黒髪に、ふわりとした質の髪。
細身の女性は、にこっと微笑んだ。
「……」
「……? どうか、なさいましたか?」
ミルは、口を開く事ができず。
この女性が誰なのかも分からないまま、そこに立ち尽くす。
「もしかして……この子に、用があるの?」
女性もまた、優しい手つきでハルの墓石を撫でる。
柔らかく笑う彼女は、ハルの名前をなぞるようにして触れる。
「この子、ね……とある実験に巻き込まれてしまった————不運な子なの」
ああ、と。
ミルは今やっと、理解した。
柔らかい表情。高めの身長に、細い体。
笑った顔が、何より。
「——————小さい頃に、私の許を離れてしまったのだけれど、ね」
ハルに、ロティに————よく似ていた。
笑った顔も。
少し大人びた声も、少しだけ横に長い瞳も。
とても、あの姉妹に似ていた。
「自分の子なのに……護る事もできなかったの……情けない親でしょう?」
彼女は、ハル・アシュランの母親であった。
そして、ロティの母親。
違和感が、やっと紐解くように消えていく。
ミルの固まった体が、動くようになった。
「でもね……私、とても嬉しかった」
思わぬ台詞にミルは驚く。
え、と。自然に声が漏れる。
「実験場に連れて行かれたの。最初はとても不安で不安で、仕方がなかった」
女性は、でもね、と言葉を繋いだ。
「うちの子、ハルっていうらしいのだけれど……どうも、楽しかったみたいでね」
「……」
「友達ができた、って……毎日がとても楽しいって……ハルが言っていたの」
そっと、母親は懐から紙のようなものを取り出す。
それは、薄汚れた便箋のようだった。
不恰好な字で綴られた言葉は、“ハルより”という意味らしい。
「手紙が届いていたの。私の顔すら見た事がないのに……それでも、毎日のように」
ミルは、彼女の傍らにあった紙袋に目をやる。
その紙袋には、ぎっしりと先程のような便箋がぎっしり詰まっていた。
薄く染みのついた紙が、何重にも重なって、何枚という単位を超える程であった。
「……本当に……楽しかったんでしょうね……」
綺麗な笑顔は、夏風が舞ったと同時にその墓石へ向く。
ミルは口を噤む。ただ、彼女も、墓石の前でしゃがんだ。
優しく、石に触れる。
「楽しかった、と思います……本当に」
「……そう?」
「はい……ハルさんは、とても、とても……幸せ者でした」
「……へえ……そうなの」
「と……ても、……しあわせ、もので……っ」
女性は、ふっとミルの方へ顔を向けた。
震える彼女の表情は髪に隠れて見えなかった。
それでも、女性の表情はもう一度綻んで。
「ごめん、なさい……ごめんなさい……っ!」
明るくて、無邪気で、優しくて。
いつも皆の中心にいた彼女は死んでしまったけれど、とても幸せそうだった。
少なくとも、ミルの目には、いつもそう映っていた。
これで、もしも、生きていたら。
もしもあんな実験なんかなくて、普通に出会っていたら、なんて。
何度も頭の中で描いた違う未来を、何度も掻き消して。
ぐっと、触れた掌を強く握る。
「どうして、謝るの?」
「……だ、って……あ、あたし……っ」
「————貴方は、何も悪くないのでしょう?」
女性は、よいしょと立ち上がる。
何処からか吹き込む風を真正面で受け、被った帽子を抑えて真っ直ぐ空を見つめていた。
ミルは、しゃがんだまま女性の方へ振り向く。
「……はい、これ————受け取ってくれるかしら?」
そう言って差し出されたのは、またも便箋だった。
「え……」
「受け取って貰えるかしら。最初で最後の、貴方へのメッセージ」
「で、も……っ!」
「ありがとう、ミル・アシュランちゃん」
女性は初めて、ミルの名を呼んだ。
そしてミルの頬に手を伸ばして、先程墓石にそうしたように、優しく触れた。
「ありがとう……ハルと出会ってくれて————————ハルと、生きてくれて」
すっと、一滴の涙が、頬を伝った。
「貴方の力は、いつか多くの人を幸せにする。……367人、いえ……368人の、想いがあるのだから」
「あ、……あ、たし……っ」
「だってそれは——————人を、幸せにする力なのでしょう?」
最後にそう言って、頬にあった手を頭にぽんと乗せて、彼女は身を翻し歩いていった。
一度も振り返らずに、一度も立ち止まらずに。
——————もしも、最後に罰を与えるのならば
いっそ、幸福で終わらせてほしかった——————。
いつの日かミルは、そんな事を思った。
でもそれは、違うのかもしれない。
幸福に満ちた世界の先に、残酷な悲劇が存在するのなら
その罰も罪も乗り越えて、本当の意味で幸せをその手にする事に、意味があると。
きっとそれが——————“人を幸せにする力”。
溢れる滴が、便箋の上にぽとりぽとりと、落ちていった。
ミルはまた強く目を擦って、便箋を開ける。
どうやら封は閉じていたらしい。少しだけ紙が切れたが、気にせずミルは中身を抜き取る。
入っていたのは、一枚の白い紙だけ。他には何も入ってなさそうだった。
かさりと、丁寧に畳まれた紙を開く。
“親愛なる ミルへ”
書かれていたのは、そんな言葉だった。
“こんにちは、ミル。この封筒を開いたっていうことは、もう実験は終わっているのかな?
いきなりこんな手紙を差し出してごめんなさい。でも、どうしてもミルに聞きたい事があったの。
ミルは今、何をしていますか? 私は、隣にいるのかな?
ねえミル、私達、いつか外の世界で自由になるって、そう約束したよね。
でも、もしかしたら私達のどちらかは、それができなくなっているかもしれないね。
私がこんな手紙を書こうと思ったのは、少し、不安だったからです。
ミルと一緒にいられてるかな? ミルと離れ離れになっていないかな?
ミルと、幸せに過ごせているかな、って。
嫌な予感がするの。もしかしたらもう二度と、会えなくなっているかもしれないって。
そう思ったら、手紙を書かずにはいられませんでした。 ごめんね。
もしも、私がいなかったら。
今、ミルの隣に、私がいなかったら。
ミルに、伝えたいことがあるの。
ねえ、ミル
「“幸せに、なってね”……——————————」
小さな紙に、滴が零れ落ちる。
乗っかっては、染み込んで。
何度も何度も、まるで雨が降るように、滴は止まらずに傷んだ紙に染みていく。
「“貴方の親友 ハルより”……」
自分の、分まで。その身に沢山の仲間の想いを受け継いだ、その分だけ。
幸せになってねと、その一言がミルの心の奥深くまで響き渡った。
時を超えて今、想いが重なる。
永遠に交わされる事のない契りを、ずっと抱いて生きてきた。
やっと、時間がまた動き出す。
ハルと、皆と、過ごした数年前から、やっと。
時間が、流れ出した。
繋がっている。何も失ったものなどなかった。
蒼く広がる空の中に、瞬く太陽。
雲のない澄みきった空に浮かぶそれは、熱く強く、輝いていて。
もう、曇ることはないと、訴えているようで。
流れる風が、緑の木々を、大きく揺らした。