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Re: 最強次元師!! 【定期更新】 ( No.954 )
日時: 2014/03/02 10:45
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: E29nKoz/)
参照: 2話同時更新!

 第260次元 戦い方

 じわじわと氷が溶ける。
 溶けたソフトクリームのように本来の形を崩した氷の柱。
 水塗れのキールアは、ぱたんと力なくその場に倒れ込む。

 「ちょっとちょっとーっ!!! 仲間助ける余裕なんてあったわけェーッ!?」
 「うるせえ!!! 仲間が危ない時に余裕もクソもあるか!!!」
 「余所見すんなよ————お坊ちゃん!!」

 伸びる縄は、サボコロの足元で踊る。
 軽快のステップを踏んでそれを避けるサボコロの横顔を、キールアはちらと見た。
 助けて、くれた。

 「良いお友達がいるんだな……キールア」

 水を含んだ口から、赤の薄い液体が飛び出た。
 細めた目で、潤んだ瞳で、シャラルを睨み返す。

 「サボコロは……大事な仲間だから……」
 「んっ!? それはどういった意味での“ダイジ”なんだ!!?」
 「……もう突っ込み入れるのも面倒臭いよ」

 よろっと、キールアは立ち上がる。
 氷の水でびちゃびちゃの体は、それでもしっかり地に足をつけて天へ伸びた。

 「……ありがとう、サボコロ」

 自分だって、強い相手と戦っているのに。
 ボロボロになって、戦っているのに。
 きちんと他の仲間に目をやって、周りをきちんと見て。
 彼は本当に、変わったと思う、と。
 キールアは呟いた。

 「今の氷のおかげで目が覚めたわ——————ここからが本番よ!!!」
 「おもしれえ——————流石俺の惚れた女だ!!!」

 氷と槍は、再び競り合う。
 動き始めたキールアをサボコロは横目で確認した。
 キッ、と彼は向き直った。

 「あまり無茶をするなよ」
 「わあってるよ。今のは、借りを返したにすぎねえ」

 2人の周りを未だに這い回る縄。
 これをどうにかしない限り話は進まない訳で。
 サボコロはじっと縄を睨んだ。

 「……これ、どうしたら解けるんだ?」
 「さあな……少なくとも、この中でしか貴様は次元技を使い切れない……何とかしなくては」
 「おう……、っ?」

 ちらっと、サボコロはエンの手を見た。
 血が、ぽたぽたと垂れている。
 驚いた彼は、思わず声を上げた。

 「ちょ、お前その傷……!」
 「ん? ああこれか……心配には及ばん。最も貴様に心配されるなど気色悪いだけだが」
 「はァ!? 人が折角っ!!」
 「今は目の前の敵に集中しろ。……悔しいが奴らが受けたダメージは少ない」
 「あ、ああ……」

 エンの傷に、もう一度目をやった。
 きっと弓を引く時に無茶でもしたのだろう。
 八次元級の技を次元技も使わずに打ち破った彼のその執念は、見事なものだった。
 どうすれば彼らに決定打を食らわせられる、と真剣に彼の瞳は滾る。

 金髪の少年は、その少し前の光景を目の当たりにしていた。

 「すっげえーじゃん、エン君。————お前と違ってな!!」

 双剣はまた弾かれた。
 勢いよくタイルの上を滑るレトは、呼吸を整えるのに必死だった。
 睨み合う2人は、まだ次元技を使わない。

 「そろそろギブアップした方が良いんじゃないのか?」
 「それは……できねえ相談だな」
 「そうか……————じゃあこうするまでだな!!」

 シェルは駆ける。
 レトは同時に剣を構えた。
 長い剣の切っ先が、鋭くレトの双剣に突き刺さる。
 一瞬、弾かれた。

「隙だらけだって————言ってるんだよ!!」

 ぐっと剣を握る手に、力を入れる。
 その力強さに、重さに、レトの剣は弾かれた。

 「ぐっ————うわァ⁉」

 剣は止まらない。
 レトの肩から溢れる血飛沫を纏い、レトは体ごと押された。
 ふっとシェルは剣についた血を払い落とす。
 そうして、剣の切っ先を、今度はレトの喉に突き立てた。

 「さっきみたいな小細工は、もう効かないぞ?」

 肩を、抑える。
 溢れる血は止められず、ただそれはどくどくと地面を這う。
 べっとりと、手のひらに血が纏わりつく。

 「体力には自信あるみたいだが……実践向きかどうかは別なんだよ」
 「……」
 「お前の甘さじゃ、代表になんかなれない——————諦めろ」

 シェルは、冷たい瞳でそう言った。
 レトは顔を上げない。じっと、項垂れたまま。
 地面に転がった双斬が、彼のことを心の中から見ていた。

 「エン君は次元技が使えない上サボコロ君は元力の使い方が荒い。更に今は一次元級しか使えない」

 シェルは淡々と語りだした。
 楽しそうに、口元を歪ませたまま。

 「まあキールアちゃんはシャラルと競ってるみたいだけど————相手が悪い」
 「……相手?」
 「ああ……悪いけど、お前たちに勝ち目はないよ」

 シェルは、剣を上に上げた。
 降参をしろと、鋭い目が強く訴える。
 レトはやっと、顔を上げた。


 「諦めろ————————大事な奴らが傷つく前に」


 その言葉を聞いていた少年は。
 ぼそっと何かを呟いて、動き始めた。

 次の瞬間。

 「————!!?」

 レトが、握っていた剣が。
 レトの周りに壁を張るように、振り下ろされた剣を見事止めた。
 剣は競る。金属音は、僅かに響く。
 短い双剣は、今まで脅威だった光剣を、弾き退いた。

 「……!? なんだ……まだやる気はあったってのか」

 レトの虚ろな瞳は何も語らず。
 ふらっと、不安定な足元で立ち上がった。
 そして。

 「なッ————!?」

 今度は、双斬が光剣に振り掛かった。
 今までの動きとは全然違う。
 力を込め、ふとした隙を逃さない。
 ただ競り合っているように見えて、互いが互いの力量を懸命に探っているとも周りは気づかない。
 鈍く光る剣の刃が、シェルには恐ろしいものに見えた。
 今までのレトとは違う。
 誰か別の人が、彼を操っているように感じた。

 「く……っ!」

 シェルは力を殺す。
 この時初めてシェルは身に危険を感じ飛び退いた。
 距離をつくる。

 「隠し玉ってわけか……? 出し惜しみはするなよな」

 意識が半分飛んでいたレトに、その声は聞こえなかった。
 ただ心の奥底で、何か熱のようなものが疼いていて。
 彼本人にも、それが何なのか分からなかった。

 その時。

 (——————レト)

 それは聞き慣れた幼い声だった。
 心の中で、或いは現実で。
 何度も言葉を交わし、心を交わしてきた。
 レトの、剣の声。

 「そ、う……ざん……」

 (僕が分かる? ……ねえレト)

 「……ん……」

 (僕は、君に英雄になってほしい。そして僕を————超えてほしいんだ)

 双斬の声は、真剣そのものだった。
 レトは、何も言わない。

 (ねえ……一度だけ)

 「……?」

 (その場所で……僕を見ていてくれる?)

 「え……っ?」

 (本当はダメなんだけど、君はまだ何も知らないから)

 「そ、れって……」

 (ここでもう一度、君に“戦い方”を教える————じゃあ、いくよ)

 双斬が、そう告げた次の瞬間。
 体中に流れていた元力の雰囲気が、変わった。
 粘土が人の手によって形を変えるように、元力もまた形を変える。
 レトの握っていた剣は、重く彼の手に圧し掛かった。

 「……? 何ブツブツ言ってるんだ? かかってこないんならこっちが————」

 その声は、剣が空を斬る音に掻き消された。
 周りの風を抱き込んで、その切っ先は勢いよく、無駄なくシェルの目前に迫る。
 彼の頬が薄く切り裂かれた。

 「——ッ!? またか!!」

 彼も負けじと剣を出す。
 然し双斬は、剣の軌道に乗って滑らかに刃を受け流した。
 空いていた左の剣が、天へ向けて振り上げられた。
 下から斜めに切り込みを入れるように振られた一太刀が、シェルの視界に赤みを差す。
 よろめいた体で、もう一度態勢を立て直そうとした時。
 既にぐるんと回っていたレトの右手にあった短剣の柄が、シェルの腹部に押し込まれる。
 鈍い音は、大きく響いた。
 会場に溢れ返る歓声など、両者の間には聞こえない。

 観客どころかレト本人でさえ、深く固唾を飲み込んだ。
 自分の力ではないことを、痛感させられる。
 ここにきて改めて、“英雄”の名の重たさを知った。