コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 最強次元師!! ( No.966 )
日時: 2014/05/06 11:15
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: jEYyPTNY)

 第272次元 扉を、開け

 その女性は、とても綺麗な顔立ちをしていた。
 仄かに紅潮した頬。天使のような、透き通る程の白い肌。
 長い睫が、ぱっちりと開く。奥の瞳は怪しく緑に光った。
 腰まで流れる深緑の髪が、風と戯れて揺れる。

 4人は、その美しさに息を呑んだ。

 「え、と……」

 思わず言葉が濁った。
 何て声に出せば良いのか、何を言ったら良いのか。
 一瞬で思考回路を狂わされたレトは、変な汗を掻いた。

 「ふふ……相変わらず可愛いのね。髪の毛は伸ばしちゃったの?」
 「へっ?」
 「あら……記憶にないの? まあお互い久しぶりだから、よく分からないわね」

 彼女は何を言っているのだろう。
 まるで以前会った事があるかのような口ぶりに、レトは戸惑った。

 「お、俺……あんたに会うのは初めて、だけど……」
 「……え? ……あ、ああ! ごめんなさい、そうだったわねっ」
 「何だ? この人……」
 「さあ……」
 「じゃあもう一度、自己紹介ね————初めまして、フェアリー・ロックです」

 フェアリー・ロック、と。彼女はそう名乗った。
 千年前に生きた神、妖精を名として持つ彼女は、微笑みを繰り返す。
 史上最美の女性とも謳われる理由が、やっと今分かったような気がした。
 間違いはない。彼女は本物のフェアリー・ロックだ。

 「貴方達をここへ呼んだのは……少しお話があって」
 「話? それならあの時手紙で……」
 「いいえ、それではいけないの……——私と共に、ついてきてくれる?」

 さらりと揺れた髪は、翻った。
 彼女は神社の前まで来て、両手を合わせた。
 自分が、死んだ後に建てられたもの。
 大きな瞳を、ゆっくりと、開いた。

 「フェアリーはとうの昔に死んだのではなかったのか……?」
 「そうだと思ったけど……」
 「とりあえず、ついていってみようぜ」

 彼女は振り返る。
 まだ幼い戦士達を、その目に焼き付けた。
 懐かしい。懐かしい。何度も思った言葉。

 また逢えて、良かったと。
 彼女の声は、胸の中で響いた。

 「準備は宜しいかしら?」
 「おう」
 「それじゃあ……レト君」
 「……?」
 「願いを————叶えに行きましょうか」

 “願いを叶えましょう”

 たった一文だった。
 その言葉を、信じない訳にもいかなかった。
 彼は、頷いた。


 「————————“有次元の扉”、発動」


 魔法の呪文。
 彼女の唇から溢れ出た言葉が、彼らを巻き込んだ。

 「————!?」
 「ちょ、な——!!」

 時空を巻いた風が渦を巻いた。
 神社の向こう側に、引き寄せられるように。
 無理やり、連れ込まれるように。
 彼らの体は——浮いた。

 「うわああああ——!!」

 目を瞑った。体が気持ち悪いくらいに、ぐるぐると回った。 
 意識は、その時失せた。





 きっと、眠っていたのだと思う。
 暗い瞼に光が差す。内側にも、そっと熱は注がれた。
 重たい瞼を開けると、ぼんやりと滲んだ景色。
 レトは、頭に手を添えた。

 (ここ……)

 フェアリー・ロックの意思に従ったまま、彼は何かに巻き込まれてしまった。
 台風のような、時空の歪みのような、何かに。
 最後に彼女が、笑った顔が忘れられなかった。
 地面に尻をついたまま、辺りを見回してみた。

 「おはよう……——起きた?」

 綺麗な声。耳に差す声は、レトの脳髄に、叩き込まれる。
 艶やかな黄緑の髪は、川のように景色に流れた。

 「……ろ……——ロク?」

 彼は咄嗟に振り返った。
 頭にズキッ、という衝撃を抱えて、一瞬だけ目を瞑った。
 そして。

 「大丈夫? ——レト君?」

 今度は、違う声だった。
 はっとして前を見ると、そこにロクはいなかった。
 大人びた、緑の女性が自分を見下ろしている。

 「やっと見つけた……探したのよ?」
 「え、い……今、ロクが……」
 「? ロクちゃん? ……彼女は、いないみたいだけど」
 「そう、ですか……」

 フェアリーと似ているようで、似てない彼女。
 多分見間違えたのだろうと、頭をぶるっと震わせた。
 改めて、自分の瞳に、景色が入り込んでくる。


 「ようこそ、“神の世界”————“有次元”へ」


 自然に囲まれた土地。 
 ここは森だろうか。元いた場所とあまり変わらないが、とても美しい情景だった。
 緑、黄緑、碧、と色鮮やかな色彩が散りばめられていて、幾重にも重なっていた。
 広くて厚い青の空。雲もある。鳥も浮かんでいる。
 赤や橙といった果物も、木の葉に乗って揺れていた。
 美味しい空気を、吸い込む。

 「すっげ……」
 「有次元の自然は、グリンが担当しているから当然よ」
 「ぐ、グリンって……」
 「自然の神【GRIN】……覚えているでしょう?」
 「まあ……」
 「皆が待っているわ、行きましょう」

 皆、という事は他の3人も飛ばされてきたのか。
 レトは不思議な景色に目を奪われたまま、フェアリーについていく。
 ぼやけた景色の向こう側にいた、ロクが忘れられなかった。
 折角また、逢えたのにと。
 夢のような、幻のような、そんな儚い出会いを、繰り返す。




 歩いて10分もなかった。
 森を抜けて大きな石が地面に埋め込まれた、広い土地に出る。
 そこにあったのは、天高く聳え立つ、神殿のような建物。 
 建物全体は金で装飾され、雲に覆われ天辺は見えない。
 今まで任務先で大きな豪邸を幾つも目にしてきた彼ら。
 然しそれが霞んで見える程の広大さを誇っていた。

 一歩、神殿に近づくレト。
 何かに引き止められるように、心臓はドクドクと鼓動を刻む。
 今までにないくらい、緊張が彼の中を走った。
 手足が痺れるような感覚が、一歩一歩確実に大きくなっていく。 
 怖いのに、進みたい。
 進みたいのに、怖い。

 レトは、息を吸った。

 「あ……レトー!」
 「おっ」
 「やっと来たか……」

 神殿の前にいたのは、キールア、サボコロ、エンの3人だった。
 どうやら先についていたらしい。
 変わりない笑顔で、レトを迎えた。

 「お前ら、先に着いてたのか」
 「レトだけ見つからなかったから、フェアリーさんが探しに行ったんだよ」
 「それより早く中入ろうぜ! なんかわくわくしちまってよ」
 「ガキか、貴様」
 「良いだろ別にっ。ほらほらっ!」

 サボコロに促されて、フェアリーを含めた5人は宮殿の中へ。
 暗い道がずっと続いていた。
 ただ松明がその道を照らして、ぼうっと明るい。
 靴の音だけが綺麗に反響する中、大きな階段を上る。
 上って、上って、飽きる程階段の景色は続いていく。

 「ま、まだ上んの……?」
 「ええ、あと、ちょっと」

 数分がたった。脚が震えるのを、4人共感じていた。
 痺れきって、感覚を失った脚が、漸く動きを止めた。
 4人は、息を止めた。

 「と、びら……——?」

 レトの口から自然に漏れた言葉に、誰もが共感しただろう。
 大きな扉。金で装飾されている。
 神殿に入る前の、何とない気持ち悪さが、もう一度湧き上がってきた。

 「さあ……レト君」
 「……お、俺?」
 「この先に、“神の創始者”が————貴方達を待っているわ」

 神の創始者。
 名前など聞かなくとも、容易に頭に浮かんできた。

 神を生み出した、人間にとって本当の悪の元凶————“マザー”。

 「マザーが……この先に……」
 「本来この先に入る事ができるのは、神族だけなの。人間には、1秒もいられない程苦痛の部屋」
 「じゃあどうやって……!」
 「神の力を、借りれば良いのよ」

 フェアリーは笑った。
 彼女の力を、借りて良いという事だろうか。
 レトは勝手に推測する。

 「じゃあフェアリーさんの……」
 「私は無理よ。年寄だもの」
 「はあ!?」
 「貴方の傍にも、もう一人、いるでしょう?」

 どの神族も、考えたって当てはまらなかった。
 彼女しかいない。
 でも彼女は今、傍にはいない。

 「でもあいつは……!」
 「あら? 貴方のその胸の中に——いると思っていたけど?」

 松明の炎が、左右に揺れた。

 「え……」
 「因みに、比喩表現とか、使ってないからね」

 物理的に、よ。
 彼女の笑みに含まれた感情が、読み取れなかった。
 然し、レトは、気付いた。
 ああ、そういう意味かと。

 彼は胸元から、鍵のペンダントを取り出した。

 「あ、それ……っ」

 酷い雨が降る朝だった。
 このペンダントを眺める度に、あの日の記憶が蘇る。
 泣いた。息を何度も殺して。
 沢山泣いて、それでもちっとも、嫌いになれなくて。
 大事な人を失う、寂しさを知った、そんな朝だった。

 ペンダントは重力に逆らって、ふわりと自ら——浮いた。

 「……——!」

 扉は、古臭い音を立てて、その先の景色を映し出し始めた。
 暗闇だけが、視界に入ってくる。