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Re: 最強次元師!! ( No.973 )
日時: 2014/05/04 08:09
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: jEYyPTNY)

 第277次元 対元魔

 「——————次元の扉、発動」

 魔法の呪文のようだった。
 唱えれば、願いが叶うような。
 彼は振り向きもしないで。

 「双斬————!!」

 叫んで、足を引いて、瞳は揺れる。
 右の剣が、ぐるっと回った拍子に、元魔の体を横に引き裂いた。
 元魔の体は、横へ跳ぶ。

 「気配がダダ漏れだっつの」

 (キャリアだね〜)

 「でも流石に……——致命傷にはならないらしいな」

 起き上がる巨体。
 見慣れたその体を、レトは睨んだ。

 「最近対人ばっかだったからな————楽しませてもらうぜ!!」

 地下深くまで衝撃を与えるかのように、足に渾身の力を入れる。
 疾風の如く彼は、反動して跳んだ。

 「とりゃあ——!!」

 双剣が弧を描く。元魔の首元に深く斬りつけた。
 血は飛ぶ。元魔の頭と体は大きく反り上がった。
 レトは華麗に着地した。

 「!?」

 元魔は、ゆっくりと体を起こす。
 鋭い爪がぐんと伸びる。レトは、頭を引いた。
 態勢を崩し、千鳥足になって後ずさる。
 元魔の牙が見える。口を大きく開けて、勢いを増し食らいつこうとする元魔。
 ガチン!! その音は、元魔が双斬を噛み砕かんとする音だった。
 元魔の歯が刃に立つ。空いた左手を、レトは下から振り上げた。
 元魔の左目に、大きな太刀筋が入る。

 「ぐ、ぁぁ……あああっ!!」
 「くっそ……次元技なしとか……骨が折れるな!!」

 十字に重ねた双剣で、レトは元魔の顔を斬りつける。
 鼻を中心にして血飛沫は舞った。
 腕が伸びる。長くて鋭い爪が、レトの左手にある剣と対峙する。
 ぐぐぐ、と堪えるレト。
 一瞬だけ力を入れて、彼は元魔の腕を突き放した。
 迫っていた右の腕。彼は跳んで、腕に乗った。
 迷いもなく腕を、斬り落とした。

 「これでどうだ————!!」
 「ぐあああ!!」

 太い腕は、完全に切り離された。
 ぼとんと落ちる腕。それは地面で跳ねたのち、動かなくなった。
 赤い切り口から液体は溢れ出した。元魔は叫ぶ。
 左の腕が、レトの体を弾き飛ばす。

 「うわぁっ!!」

 太い木に背中を打ち付けたレトは、ずるりと背中から落ちた。
 左半身に痛みが広がる。痺れたように、左手は動かなかった。

 「く、っそ……超いてえ……っ」
 「ぐるるる……」
 「第二覚醒なんて、こんな状況で出来るかっての……」

 左腕を抑えたまま、レトは再び立ち上がった。
 元魔が体ごと突っ込んでくる。迷わず彼は、左へ跳ぶ。
 双斬を握って、態勢を整えた。

 「は、あ……は……ぁっ……」

 (落ち着いて、集中して……あの時みたいに、全身に力を込めて)

 「もう、覚えてねえよ……」

 (じゃあ何を感じた? 何を、思ってた?)

 「それは……」

 ロクの言葉を思い出していた。幻だったかもしれない言葉を。
 声には出していなかった。口だけで、彼女は言った。
 “負けんな”、と。
 自分でも驚く程やる気が湧いてきて、自然と力が溢れ出していて。
 強く強く、何かに引っ張られるようにただ、目覚めただけの話。
 しかもあれ一度きりで、それ以降はまるで“双天斬”を出せなかった。 

 レトは、迫る元魔と距離を取った。
 剥き出しの牙、揺らめく巨体。
 不安定な足取りは、大きく足跡を残して加速する。

 「ぐ、ぅ……!!」

 (次元は、心に強く反応する……思い出して、レト)

 「分かんねえよ!! あの時はただ必死で……!!」

 (……れ、レト……)

 「必死で……勝とう、って……っ」

 レトは、突き放した元魔からまた距離を取った。
 息は荒い。己の実力だけで斬るには、硬い体だと感じた。
 やろうと思った時もあった。出来るんじゃないかって。
 でも、出来なかった。
 心も、心臓も、反応してはくれなくて。
 あの日みたいに、全てが重なり合う感覚は沸き上がらなかった。

 「“第二覚醒”————!!」

 (!? ———レト、無茶は!!)

 「————“双天斬”!!!」

 台風を巻き込んだ。風は荒れ狂う。
 柄が、紅く紅く染まっていく——————然し。

 「……!」

 色は、薄れていった。
 元の銀に戻る柄。双斬は、変わらなかった。
 レトは、悔しそうに強く、双斬を握った。

 「くそ……何で……!」

 (————レト前!!)

 「————!?」

 遅かった。顔を上げたら、元魔の爪先が、目前まで迫っていて。
 引き裂かれる体。鮮血はただ、地面に転がった。
 腹部を抑えるレト。汗は止まらず、息も上手く吸えない。
 元魔の姿が、どんどん大きくなって。
 霞んだ視界は、狭い。

 「う……っ、何で……」
 「がるるる……!!」

 レトは双斬を拾った。
 よろめいて、立ち上がる。
 汗を置いて、駆けた。

 「うわああっ!!」

 飛び上がって、元魔の顔に跳んだ。
 剣を、振り下ろす。

 「ぐああああ——!!」

 たった一太刀が、元魔の体を十字に斬りつける。
 完全に切り分けられた肢体は、その場に崩れ落ちる。
 レトも、着地した途端に膝を折った。

 「はあ……はあ……っ」
 「レト……大丈夫?」
 「……ああ」

 たった一匹の元魔を倒すのに、これ程時間がかかるなんて。
 レトは、木に凭れかかる。
 ぐったりと背を任せて、虚空を見つめていた。

 「双斬……ごめん」
 「どうして謝るの? 倒したじゃんっ」
 「強くなりたい、でも……っ」
 「“諦めたらダメだよ”、レト」
 「……!」
 「誰かが言ってた言葉でしょ?」

 暗い洞窟にいた。
 何も聞こえない、何も見えない。何も、感じられない。
 あの地獄の中で、強くなる事を諦めたレトは、出会った。
 確かに声は届いた。確かに彼女は、レトの涙を拭った。
 双斬が零したのは、その時彼女が言った言葉だった。

 「そう……だったな」
 「強くなろうよ。堂々と胸張って————ロクに会うんでしょ?」
 「ああ……そうだったよ」

 傷ついた体を起こす。腕を抑えて、歩き出した。
 見つけ出すんだ。それが無理な事でも、難しい事でも。
 彼女なら絶対に、それを諦めないから。



 夜になった。
 結局第二覚醒のヒントを見つける事が出来なかった一同は、別荘へ。
 疲弊しきった体を横たわらせ、すぐに眠りについた。
 息づく声だけを聴いて、彼は起き上がった。
 隊服を脱ぎ捨てて、暑い夜の下へ出る。
 湖面に月は浮かぶ。輪郭のはっきりしない、ぶれた月だった。
 月光だけが景色を挿す中、彼は湖の前で座り込んだ。

 「どうしたの? ……眠れないの?」

 少年、レトが起きた事に気付く双斬は、具現化して声をかける。
 驚くのも慣れた彼は、湖を覗き込んだ。

 「なんか、な……寝るに寝れなくて」
 「そっか……ねえ、レト」
 「ん?」
 「レトって、好きな子いる?」 
 「ぶっ!」

 口から何かを吐き出す。レトは途端に噎せ返った。
 静寂の中で、咳を繰り返す声は響いた。

 「な、なんだよ突然……」
 「いやあ、ちょっと気になっちゃって」
 「別にそういうのは……」
 「いないの?」
 「……」
 「ははっ。レトって意外に正直者だよね」
 「うるせえ」
 「……あのね、レト」
 「ああ?」
 「僕ね、僕は……好きな子、いるんだ」

 聞いた事もない台詞だった。
 そもそも双斬から自分の話を聞く事は滅多にない。
 そんな双斬は、言う。
 寂しそうに、好きな人がいるんだと、レトに語る。

 「へえ……珍しいじゃん」
 「そうかな? ……もう随分、会ってないけど」
 「つう事は、千年前の?」
 「うん……——“死別”……って、やつかな」

 双斬は、月だけを見上げて言った。

 「死別、って……」
 「はーいここでレト君に問題です!」
 「突然だな」
 「へへ……レトは、世界で一番最初に十次元を発動した人、誰だと思う?」
 「へ? 何だよそれ」
 「適当で良いからさっ」
 「う〜ん……俺が知る限り、ロクが最初だと思ってたけど……」
 「そうだね……僕も、ロクちゃんを見て……久々に、恐怖を感じたよ」
 「久々って事は……」

 双斬が湖面をなぞった。月を割るように、すっと指は踊った。

 「僕の、最初で最後の好きな人——————彼女は、自分を犠牲にして死んだんだ」

 双斬が顔を上げた。
 レトを見つめて、彼は息を吸う。

 「話してもいいかな? 僕が、いや……僕ら“英雄大六師”が生きた————戦乱の時代を」