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Re: 最強次元師!! ( No.978 )
日時: 2014/06/15 08:50
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Rts1yFTc)
参照: またもや遅れた←

 第282次元

 弱いという言葉はとても鮮明で的確なものである。
 その人物を装飾するには十分なほどに。 
 正に人間と神の存在の違いを明らかにしているような言葉でもあった。

 「お前に……お前には関係ねえだろっ!」
 「あーそうかいそうかい。じゃあ知らねェよ? 神様に敵わなくてもよ」
 「!?」
 「“真実”に辿り着けないなら————ここにいる意味もねェよ!!」

 疾風の如く、駆ける彼女が言った言葉が胸に刺さったまま動けなかった。
 肩に刺さる、爪が食い込んでいるのにも気づかない。
 レトがはっとした時、既に肩から溢れだす赤い液体は地面を這っていた。

 「うぐ……っ」
 「動きが鈍いっつってんだよ!!」

 アニルはその長い足で、レトの体を横へ蹴り飛ばす。
 背中に衝撃が走る。荒れた木の肌に刺さった体が、ぐったりとしたままだった。
 人間を超える力。
 次元師を超える、力を。
 改めて目の当たりにする。
 敵わない、そう、思わせられるように。

 「……もう諦めんの?」
 「ん、な……わけ、ねえ……だろっ」
 「はっ……ホントお前、いっつもさ————威勢だけはご立派だよな?」
 「……!!」
 「英雄だがなんだか下らねえもんぶら下げてるみたいだけどよ……結局この程度なんだろ?」
 「お、前に……お前に何が分かんだよ!!」
 「……あァ?」

 震えていた左手で、剣の柄を握りしめた。
 木に、背を預けたまま。
 アニルの顔の前に、その矛先を向ける。
 おっと。驚くアニルは少しだけ顔を反らす。

 「俺達は今、遊んでるんじゃない……暇なら消えろよ」
 「おーコワいコワい。“第二覚醒”のヒントも掴めてねえから……気ィ立ってんだろ」
 「!? 第二覚醒を知ってるのか!?」
 「まあな……教えてやろうか? どうせ“暇”だしな」

 レトは、剣を下した。
 それでも睨んだ瞳はずっと、アニルに向けているままで。
 第二覚醒の事を知っていると言うアニルの様子を、じっと伺う。

 「そう睨むなって。『早く教えろ』って……言わんばかりの表情だな」
 「……俺はただ、知りたいだけだ」
 「知識欲も、旺盛だと厄介だな……いいぜ、教えてやる————ただし」

 一層、鋭さを増す、爪先。

 「——————このアニル様に一撃でも喰らわせられたらなァ!!!」

 爪は、レトの顔を掠める。
 木に突き刺さるそれが、彼の真横でギラリと輝いた。
 咄嗟に回ってきた足を、頭を伏せて彼は避ける。
 足の勢いに乗って、アニルは身軽に、それも自然に爪を木から引き抜いた。
 レトはというと、アニルの少し先で既に矛先を向けていた。

 神に、抗うように。
 もう、手は震えていなかった。

 「おらよ!!」

 駆ける、突き刺す、避ける、薙ぐ、そうして回る。
 神の力に、屈しない意思。誓い。
 諦めないと誓った、彼女に、会う為に。
 たったそれだけの為に、魂を燃やすように剣を振るう彼。
 今までと動きが違う事にアニルも気が付いた。

 (こい、つ……!)

 「うらァ!!」

 アニルの足取りが、軽い筈のその肢体が、今。
 ぐらりと、景色を回した。

 (————しまった!!)

 レトの矛先に一瞬圧倒され、そのまま地面に背中を打つ。
 間もなく、剣の矛先はアニルの首元で輝いた。
 一瞬、動いたらやられる。

 「……流石、だな」
 「褒めの言葉が欲しいわけじゃねえ。吐けよ、第二覚醒について知ってる事全部」
 「おいおい……せっかちだな」
 「……何?」
 「まだ————終わらねェんだよ!!」

 いつも通りだ、アニルの口元は厭らしく歪む。
 爪も足も、押さえつけられている訳じゃない。
 とんだ甘ちゃんだなと笑った、正にその瞬間。

 (————死ね!!)

 伸びた爪を、レトが避けたと同時に駆け出す。
 未来は読み取れた。シミュレーションも完璧だ。
 弱肉強食の自然界、その神との戦いに勝つなど無謀同然だと。
 呆れ笑っていたのは、一瞬だった。

 レトは、避ける事をしなかった。


 「————“一撃”、与えれば良いんだろ?」


 鮮血。爪が、肉を破って突き刺さる。
 驚きのあまりに動けなかった一瞬の隙を、彼は決して見逃さない。
 何の為に、ここまで来たと思っているのだと。

 金の瞳が————燃える。

 「————うらァ!!!」

 右の剣が、アニルの喉元に突き刺さった。
 思い切り。それも、ブレなく、完全に。
 アニルが、雄叫びをあげた。

 「うあああああ!!!!」

 暴れ狂うアニルの腕に叩かれるレト。
 アニルは、喉を貫いたままの剣を、叫んだ後で漸く引き抜いた。
 荒い息が、汗ばんだ全身が、ゆっくりとレトの方へ向く。

 「はは……て、めェ……良い度胸、してんじゃ……ねェかよ……」
 「そりゃ、どうも」
 「あーもう……いってェな……ちくしょォ……」

 時間がないと言ったフェアリーの言葉を、レトは少し前に思い出していた。
 確かに、今、アニルとやりあっている時間はないのだ。
 それなら、いっそ体を犠牲にしてでも第二覚醒のヒントを見つけねばと思ったのだ。
 おかげで左の腕はぶらんぶらんな訳だが。

 「……殺しはやめだ」
 「へ?」
 「今日は休め、明日から本格的にやんぞ、修行」
 「は、はい……? ちょ、第二覚醒は!?」
 「“言葉”は意味ねェんだよ、これ」
 「はァ!?」

 軽くアニルは手をぶらっと振って、その場から退散。
 1人、腕に太い爪を刺されて出血の止まらないレトを置いて。
 完全に腑に落ちない彼も、休養を兼ねて一時撤退。
 碧い草木を掻き分けて、一人で小屋まで戻ってきた。

 「……? あら? どうしたのレト君」
 「いや、ちょっと……」
 「?」
 「あ、アニルに、会って……それで……」
 「!?」

 ぴくりと動いた眉。
 表情から察するに、どうも、彼女もアニルの存在に気が付かなかったらしい。
 レトは、真っ赤になった腕をひょいと持ち上げた。

 「やりあってこの様だ……あー、情けね……」
 「……それで? どうだったの?」
 「修行を、つけてやるって」
 「え!? あ、ああアニルが!?」
 「うん……俺も何が何だか……」

 アニルは一体、何を考えているのだ、と。
 静かにフェアリーも考えていた。
 過去2回程レトヴェールを殺そうとした張本人でもあるというのに。

 「アニルがいるって事は……他の神族も有次元に?」
 「ああ。グリンとワルドはいるみたいだな」
 「そう……」
 「今日はしっかり休めってさ。まだ昼間だけど、俺もそうしたいと思ってたし」
 「……アニル、何を考えているのかしら」
 「さあ……奇妙だよな、やっぱり。……なんか、今までと違うっていうか」

 何があったのかは分からない。
 然し、明らかに態度が一変していた。
 全然違う、知らない、全く別の何かに変わってしまったかのようだった。
 口調こそあまり変わらないが、その言葉一つ一つに、柔らかさと感じた。
 これでもレトは相当戸惑っている方なのだ。
 何せ、目が、違うのだから。

 「じゃ、そういう事だから。俺、先に寝るわ」
 「ええ……ゆっくり、休んで」
 「おう」

 レトが部屋に戻る。バタン。音が響いた、その後。
 もう一度、扉が開いて閉まるような、風が舞い込むような、音が聞こえた。



 夜。造られた満月が今日も夜空を照らし輝いていた。
 英雄達が静かに寝息を立てる、その傍で。
 湖に姿を映す彼女は、ふっと顔を上げた。

 「……見つけた」

 大人びた声が、小さい彼女に声をかけた。
 振り向く妖精の顔は、変わらずそこにあった。

 閉じた、右目。


 「やっぱり……貴方も来ていたのね————“ロクアンズ”ちゃん」


 もう会う事はないけれど。
 いつか自分が、彼女に言った言葉を思い出した。
 2人の妖精は、じっと相手の顔色を伺うばかりであった。

 「……あたしに、何か?」
 「とぼけないで。神族達を使って、何をしているの?」
 「“迷わないで”————貴方が言った言葉を、覚えてますか?」
 「……何のつもり? 自分が一体何をしているか、分かっているの?」

 両者揺るがない、心と心のぶつかり合いだった。
 黄緑が、ざあっと、湖に溶ける程揺れ動いた時。
 彼女は、フェリーは、確かに言葉を紡いだ。


 「あたしは、もう迷わない」


 強い、強い、言葉だった。
 一瞬だけ、昔の彼女に、戻ったかのような、瞳。

 妖精は、姿を消した。
 暗い暗い、景色の中へ消えた。