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- Re: 最強次元師!! ( No.982 )
- 日時: 2014/09/20 21:58
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dz78gNY2)
第285次元 キールアと、自然の神
鬱蒼とする森。駆けて、裂いて。振り回る槍の矛先は、まるで空を薙ぐよう。
キールア・シーホリー。彼女の一突きが、目前の巨体を派手に薙ぎ倒した。
地面も揺らぐ重たい体が砂のように空に舞うのを、ただ見ていた。
「流石ね、キールア」
「わっ、百槍」
「まだ次元技を持って間もないにしては、上出来よ」
「そ、そうかな……へへ」
「でも油断は禁物。どこで誰が狙っているか、分からないものよ」
小さな精霊と化した百槍の言葉に、こくんと一つ頷くキールア。
昨夜、レトヴェールは第二覚醒を完成させたと言った。
そのスピードもセンスも、流石は何年も次元師をやってきただけの事はある。
それに比べてキャリアのないキールアには、両次元の感覚もまだ知らない。
とは言ってもこの千年の間、両次元を開く事ができた次元師はたったの6人。
感覚を知っている方が可笑しいのかもしれないと、自分に言い聞かせる彼女だった。
「ん〜……両次元かあ……」
「両次元の感覚は昨日、レトヴェールが言っていた通りだと思うけれど……」
「“互いの心を深く理解し尊重し合う。心の底から、相手を信じる事”……でしょ?」
「簡単そうに聞こえて……とても難しい事を言われているのね、きっと」
「レトはロクとも、双斬とも開いてるから……簡単に言えるんだよ」
百槍は、その言葉を聞いて少しだけ驚いた。
何故だかキールアの口ぶりが、尖っているようにも聞こえたから。
初めてレトの事を悪く言う彼女を見た。
「……な、なんか私、嫌な奴かも……」
「焦らないで、キールア。私もついてる」
「うん」
「医者の卵だった貴方が、今は次元師として戦ってる……それは不思議な事かもしれない」
「……うん」
「でも、大丈夫——慎重に、一緒に強くなれば良いわ」
流石は、千年前の英雄だと思った。
それも自分と同じ百槍を使っていたのだから、余計に重なる。
凛々しく強く気高く、百槍が何だか大きく見える。
キールアが、目を伏せた。
その時。
「————そんな弱音吐いてるようなら、貴方は死ぬ」
ずっとずっと上の、木の太い枝の方から。
聞こえたのは、人間とは少し違う声色。
見上げたキールアは目の当たりにする。
「!?」
嘗て自分も、会った事がある。
まるで無感情。歪まない顔と、揺るがない声色を、微かに覚えている。
目の前で仲間を殺されて、驚愕の表情で、妖精に怯えていたのも。
「どうしたの……——英雄大四天」
自然の神————【GRIN】はそこにいた。
「ぐ、グリン……!」
「覚えていたの。まあ……会ったことがあるから、当然かもしれないけど」
「あ、貴方何で……っ」
「貴方の担当をする事になったの。光栄だと思って——死にもの狂いでついてきなさい」
途端、地面は今までにないくらい、大きく揺れ出した。
隆起する大地を割って出てきたのは————縄のよう捻る“木の根”。
「わあっ!?」
「ぼさっとしてると————死ぬけど」
幹より遥かに太い根っこが、鞭打ってキールアに迫る。
彼女は、一瞬の考える間もなく。
「次元の扉発動————百槍!!」
——銀の槍は、姿を現した。
「うぐ……!」
「そんなもんなの? やっぱり女には腕の力がない」
「……ッたあ!!」
弾き返す、木の根は大きく反り返して、キールアは同時に走り出した。
グリンの表情は全く変わらない。その場から動く事もなく、指で空に描いた。
その指に合わせて、木の根が踊り走る。
「……楽しませてよね————“英雄”なんだから」
短い黄緑の髪の上に被る、三角帽子が揺らぐ。
対するように長い前髪の隙間から覗く金色の瞳は、ただキールアだけを見ていた。
英雄最弱の少女、キールア・シーホリー。
下手をすれば彼女が一番だなんて、あり得ない。
証明してやると、グリンはその場に居もしない妖精に、向かって言う。
「ど、どうしよう……!」
(落ち着いて。焦らずに正確に……動きは妙だけど、必ず読めるわ)
「で、でも……っ」
(“諦めるのは戦ってから”————そうでしょキールア!)
はっと、我に帰るキールアは。
思い出す。百槍の、冷たくも無限大に優しい、言葉の数々を。
いつだって冷静な彼女が、キールアを支えてきた。
きっと今もそれの一部。キールアは、槍を握って。
「? へえ————真正面から、突っ込んでくる気?」
振り返ったら、幾重にも重なった、木の根がうねうねと渦巻いていた。
大地を叩いて、まるでキールアを呑み込むように——陰る。
キールアは、一瞬足に力を入れて。
「はア————!!」
跳んだ。飛躍する力が——突き刺す。
(——!?)
たったの、一撃が。根を思い切り大地に叩きつけた。
まるで弾丸。凄まじい威力に弾かれ、太い根は動かなくなる。
グリンは、目を細める。
(なるほど……確かに、ケタ違いね……)
「はあ……はっ……」
(キールア!! ——次が来る!!)
横から伸びた根が地面を叩くと同時に、キールアは跳んだ。
僅かな土埃で視界は遮られるが、彼女は。
その場で回って、かなり近くまで迫っていた根を——槍で止めた。
「う……ぐぅ……ッ」
(視力も良い……それに、気配を完全に感じ取ってる……)
「たァッ!!」
(最初は単純に弱いと思ってたけど、腕力もいつの間にか……体も、柔軟みたい)
「第五次元発動——、一閃!!」
(次元技の威力はそこそこだけど——戦闘センスはある)
「はァ——!!」
(元力は少なめ、でも——いつも最小限で戦うよう無意識に制御してる……?)
グリンは考える。キールア・シーホリーが何故恐怖の対象になるのか、と。
懸命に戦う彼女はまだ槍術も荒削りで、元力の微々の乱れもある。
安定したレトヴェール・エポールやエン・ターケルドとは全然に違う。
辛うじてサボコロ・ミクシーと似ているかとも思ったが、彼の場合は性格上そうなっているだけ。
では、何故彼女には元力を無理やりに制御しているような現象が起こっているのか。
それと大会の決勝戦で見せた、別人のような彼女の全力。
無自覚で無意識に、彼女は全く違う自分を持っているというのか。
それに気づく術も隙もない。彼女は、何かに踊らされているかもしれない。
「確かに、謎の多い次元師だけど……普段があれじゃ、話にならない」
ぐんぐんと前方から迫る、木の根を懸命に弾く。
旋回させ、或いは突いて、半歩下がった反動で、太い図体に突き刺す切っ先。
見るともう、キールアの体中に擦り傷のようなものが浮き出ていた。
隊服も解れ、頬には細い切り傷が見える。下がって呼吸を整えるのに、必死だと言った顔。
(キールア前を向いて、逸らさないで、一瞬の隙は——命を落とすわ!)
「分かってる——!!」
どうして、あそこまで。
グリンが疑問を持っていたのは、別にキールアの英雄としての実力云々ではない。
医者として、他人を思いやる、か弱い少女として。
普通に生きてきた筈の彼女が持つ、火が滾る程の魂の強さが。
グリンには理解できなかった。
次元技を捨てる事もできた筈なのに、そうしなかったのは。
次元の力に、何の未練があったというのだ。
何があそこまで彼女を、変えたのか。
心の神でもない自然を司る神、グリンは考える事を遂に放棄した。
「……やっぱり、荒療治しかない」
単純に彼女を苛める為に来たのではない。
彼女を、強くする為に来ただなんて。
絶対言わないけど。グリンは立ち上がった。
「キールア・シーホリー!!」
「!? ぐ、グリン!?」
「私はぐずぐずしているのが嫌い————だから“今日中”に第二覚醒してもらう!」
「——え!?」
「拒否権はない——できなかったら殺す!!」
無表情無感情。貫いてきた筈の自分が、ここまで奮い立つのには。
きっと理由がある。
その理由が、何故か。
————キールア・シーホリーの中に、ある気がした。