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Re: 最強次元師!! ( No.984 )
日時: 2014/10/05 09:10
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dz78gNY2)

 第287次元 アニルに続くは

 日は刻々と、迫るように落ちていく。
 傾く太陽を背に、地面を駆け槍を振り回し続ける彼女は。
 掌に、体の至る所に、掠れた傷や切り傷を増やしては、また走り出す。
 既に満身創痍。全身が痛いと叫んでも、決して彼女は、それを口にしない。

 「早くしないと————今日が、終わる」

 キールア・シーホリーは続ける。そんなの、分かっていると。
 然しこれ以上の戦闘を拒むように、体はガタガタと震え出しているのも。
 彼女には分かっていた。
 昼間に塞いだ脇腹の傷口が開き始めているのも、何もかも。

 (もう無理よキールア! これ以上は……っ)

 「でも……でも今日中じゃないと」

 (逃げましょう。じゃないと、貴方の体が——)

 「——第六次元、発動」

 英雄の、百槍の。声を遮るように、冷めた響きが。
 また燃えるように、槍全身に熱を齎していく。
 キールアは、跳んだ。

 「堕陣————必撃ィ!!」

 唸る木の根を元から切断するように。
 自分の体より遥かに大きなそれが、空へ跳ね飛んだ。
 地面に突き刺さった衝撃で、大地が揺れる。

 「まだ……そんな力があるの」
 「はぁ……はっ、は……ァ……!」

 (——キールア!)

 「……百槍、お願い」

 (!)

 「……私の、事……——信じて」

 それは、レトヴェールが。双斬という英雄に向けて放った言葉だった。
 次元の力との両次元を発動するという事は、次元師と次元の力を切り離した確立が重要。
 一体となっていた今までを突き放して、改めて向き合う事。
 違う存在なのだと、互いに理解し合う事。
 出会って間もないキールアと百槍がそれを果たすのに必要なのは。
 もう、互いを。手探りな今の状態をぶち壊して、信じ合う事。

 (キー……ルア……)

 「……私、だめだめだけど……百槍に、たくさん……たくさん、支えてもらったから」

 自信がないと言ったあの夜。
 戦うのは諦めてからにしなさいと、冷たい口調の奥の、暖かすぎる言葉に。
 キールアの胸がどれ程強く、打たれた事か。
 もうやめて、これ以上戦わないで。
 時に厳しく、キールアの体を一番に気遣って。
 英雄への道を切り捨てて、生きろと言ってくれた百槍に。
 キールアの心がどれ程深く、彼女に感謝しているか。

 「私は……——最後まで諦めたりしない!!」

 驚かされているのは自分の方だと。
 百槍は言うに言えなかった。
 か弱い少女が胸に抱く、魂の強さを。こうして今、次元の力として感じている。
 駆け足で強くなる主に、シーホリーの血を引く彼女に。
 恐怖まで感じていたなんて。それはとても、言えないけれど。

 (日没が近い……荒療治とは言ったけど……——既に、彼女は)

 見ても分かる、傷だらけの体が。若い体に赤い筋と青い痣が。
 汗を振り切って、前だけ見ている少女は。
 本当に今まで医者の卵として人々に手を差し伸べていたのか。
 その手にメスを持つでもなく槍を握っているのは、何故なのか。

 自然の神は漸く決する。
 辺りは暗くなり始めていて、景色も見えたものじゃなくなって。

 (————残念だけど、“ゲームオーバー”みたい)

 有次元に広がる自然界のような。青緑の髪が僅かに揺れる。
 対するように、神様として感情の失った軽い心が。
 微かに揺れもせず、闇に溶け込んで。
 目を、細めた。

           *

 「キールアちゃん……ちょっと遅くないかしら」
 「は? そうか?」
 「うぬ……確かに。もう辺りは真っ暗だぞ」
 「レト君、何か知らない?」

 フェアリー・ロックの別荘で、いつも通り身を寄せ合っていた英雄達。
 毎晩のように疲れた体を癒しに、また朝を迎える為にも全員揃っているのが当たり前だったのに。
 何故だか今日はキールアがいない。帰りが遅すぎると一同も違和感に気付き始めた。
 ただ一人、何かを考え込むレトを置いて。

 「れ、レト君?」
 「え?」
 「キールアちゃん、遅すぎじゃないかしら? 戻ってきても良い頃なのに……」
 「……ああ、そうだな」
 「んだよレト、お前いっつもキールアの事になると躍起になるくせに!」
 「珍しく大人しいな。学んだのか?」
 「何言ってんだか全然分かんねえけど……ちょっと、な」
 「何か知ってるの? キールアちゃんの事」
 「……知ってるっつうか、違和感っていうか……」
 「どういう事?」

 実は、と。レトは静かに語り出す。
 アニルとの修行中、視界の端にキールアを見た。
 それも、腹部から大量に血を噴き出した残酷な姿で。
 まさか元魔にやられたのかと彼女の許へ急いだレトが、そこで見たのは。
 小さな指先で大きな自然を操る、自然の神様。
 グリンを見た時、無意識に背筋が震え上がったと。レトは言う。

 「グリンまで……!?」
 「お、おい待てよ! それじゃあマジで神族とマンツーマンで修行してんのか!?」
 「レトの場合はアニルで、キールアの場合はグリン……一体何が起こっている」
 「……そんな、何で……」
 「分かんねえ。でも多分、今キールアはグリンと戦り合ってて、それで……」

 フェアリーの中に沸き上がる、異常なまでの違和感と恐怖感。
 あたしはもう迷わない。彼女は今更になって、あの時妖精に言った事を、酷く後悔した。
 それにキールアの容体を聞くと、かなり損傷している可能性が高い。
 グリンは、キールアを殺そうとしている。
 どくん、どくん。確かに胸打つ心音が、心地悪い。

 「た、助けに行こうぜ! もしかしたらキールアの奴、マジで死……っ」
 「不吉な事を言うなサボテン! それはもしもの話だろう!」
 「でも、おかしいじゃねーか今更! 神族達が俺達の、手伝いなんて……」
 「……まんまと、騙されてるっていうのか?」
 「信じて、待つしかないわ」
 「! おい何だよそれ!!」
 「ここで死ぬなら、それも彼女の“運命”……そこまでって事よ」
 「……流石にそれ、聞き捨てならねえな」
 「グリンに手間取っているようじゃ、どうせ戦争で死んでしまうわ!」
 「……っ!」
 「貴方達が戦おうとしているのは、グリンやアニルの遥か高みにいる化け物よ。分かっているの?」
 「そ、そんなの俺らだって……!」
 「信じて待ちなさい。今貴方達にできるのは、たったそれだけよ」

 然し、たったそれだけの事が。
 どれ程大事で、どれ程戦う者へ、意味を齎すのか。
 知らねばならない。それを教える為にも、決定戦の最終トーナメントはあの形式だったのだから。
 レトは思い出す。一人一人、或いは二人で、仲間の助けなく戦っていた日々を。
 ただ後ろから応援するだけの、焦って心配で、仕方のない。永遠に感じた一戦一戦が。
 今ここで生きる。
 キールア・シーホリーというたった一人の少女の帰りを信じて、待つ。

           *

 少女は震える足取りで、不確かにただ歩く。
 追いかけられて数時間。既に造られた月が、神々しく夜空の上で瞬いて。
 街灯のない闇だけが広がる道を、我武者羅に走って、転んで立ち上がって、走り続けて。
 これ以上ない程、体は正直に鉛へと変わってしまった。
 重たくて動かない、思うように歩けもしない。考える力も残っていない。
 水の匂いにつられて、ふらふら光差す方へ来てみただけに。
 見えたのは、湖の向かい側にある、小さな小屋。

 (あんな……遠く、なの……? ……ああ……もう)

 二度と、辿り着けないのではないだろうか。
 これだけ歩いて、漸く見つけた細い光が。
 指の間をするすると抜けていって、また消えるように。
 掴めない。どうしても届かない。
 声もまともに、出せない。

 「キールア……貴方は、良くやったわ、だから休んで……」
 「だ、ダメ、だよ……だって、まだグリン……が……」
 「いざとなったら、私が貴方の元力を使って、グリンと戦うわ」
 「……びゃ、くそう……が……?」
 「ええ」

 双斬が嘗てそうしたみたいに。レトを護る為に、千年のブランクを物ともしないで。
 今度は私が護るから。百槍が、小さい体で、確かな声でそう言った。
 次の瞬間。

 「何甘い事言っているの」

 感情のない。温度のない。
 決して変わらない声色が、次いで紡ぐは。


 「第二覚醒が出来なければ——————“殺す”と言ったでしょう」


 今日が終わるまで、残り三時間程度。
 自然の神は決して、人間に、英雄に——少女に。
 甘くはなかった。