コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 最強次元師!! ( No.985 )
- 日時: 2014/10/12 12:37
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dz78gNY2)
第288次元 伸ばした手の先
「————!?」
伸びたのは、長い長い蔓。
鋭く尖った刃物のようにそれは、荒れ切った切っ先でキールアの視界を潰す。
世界は暗転した。
「キールア!!」
僅かに逸れたか。グリンは、顔を抑えるキールアを見て不機嫌そうに。
暇もなくもう一本。剣の矛先が如く忠実に向かってくる蔓は——少女の足元を叩いた。
「大丈夫!? キールア、目、目が……っ」
「だ、いじょぶ……! 瞼の上、切っただけ……」
「お願いキールア! 私に元力を貸して!」
「!」
「私が……グリンと戦うわ!」
細い視界から洩れ出して、聞こえてくるは英雄の声。
然し、遠のく意識に、返事をする余裕もなく。
キールアは、声が出せない代わりに、首を横に振った。
「ど、どうし————」
「——次は外さない」
「! ————次元の扉、発動!!」
精霊の姿から、一転して。
キールアの声に応えるように百槍は、姿を変えていく。
「——百槍!!」
銀の槍は、現れたと同時に、蔓を弾き飛ばす。
(キールア!! 聞いてるの!?)
「まだ戦う気? 甚振られて、虐げられて、心地悪く死んでいきたいの?」
「……」
「もう、意識もないの。残念だけど、本当にこれが——最後」
地面から沸き上がる、幾つもの木の根が。
アーチを描いて、ぼこぼこ大地を割り生まれてくる。
その中の、大きな一本の根が、伸びる。
「——ぐッ!」
槍を倒す。衝撃と共に地面を滑るキールアが、殆ど力の残っていない腕で、槍を握っている。
それを離す事はしなかった。
「無理。貴方は一本の槍で————“全ての根”とは対峙できない」
まるで人間の拳に似た、横からのストレート。
荒れた断面で削り損ねたような、木の根の、狂ったような刃先が。
キールアの横腹に、凄まじい程の、痛撃。
「——がはァッ!?」
心臓を握り潰されたかのような、気持ちの悪い感覚で、彼女は一瞬意識を飛ばしかけた。
然し、跳んだのは。
彼女の意識ではなく、細くて軟弱な肢体。
空を舞うように、スローモーションの世界の中。景色が真逆になるのを細い視界の中で見た。
夜色の空の中に溶け込むように赤黒い何かが、世界に過ぎる。
次の瞬間、水を割るような音。
(——キールア!?)
槍の中から見えていたのは、キールアが跳んで、真っ直ぐに湖に落ちていく光景。
舞うように金の色の髪が、闇に良く映えていたのだけ、綺麗に見えて。
湖面を砕く。音と共に、金色の月がブレる。
動けない体を、鉄の塊である自分を、今ほど呪った事がない程に。
声が出ない。
「英雄だなんて、大層な称号に……——精々溺れ死ねばいい」
自然の神が呟いた。言葉は、溶けるみたいに消えていく。
沈んでいくのが嫌という程分かる。
自分の体が、重たくなっていくのも。
上からの不思議な力に、押し潰されていくようだった。
涙も流せず、ただ彼女は息苦しい中で死んだように堕ちていく。
(苦しい……息も、できない……体も動かない、目だって……やっと、開け、ら……)
自分の体から流れていく血が、わっと広がって、漸く目の前にした。
血が浮かんでいる。自分の血を置きざりにして、今自分だけが沈んでいる。
こんなに黒かったっけ。こんなに赤かったっけ。
こんなに、痛かったっけ。
そういえば、痛いなんて感覚。死ぬ程の、平和を恋焦がれる程の、痛い、なんて。
自分の家族が、地面に転がったまま動かないあの光景を目にした時は。
確かに痛いと感じたけれど、それ以来だと思い出した。
(……私、何で……ここまで……執、着……して……)
他人の血の色を見るのは平気だった。
それが仕事だったから。他人が痛い痛いと、叫ぶのだって慣れていた筈なのに。
どうしても自分の痛みは、次元師になるまで知らなかった。気にもしなかった。
(ごめ……ね……百、槍……)
百槍は、千年前の英雄は。あれ程必死に、止めていたのに。
もうやめてっていう言葉に、どうしても従えなくて。
後悔する。無茶苦茶になって今、声も出ないのに。
ごめんね。ごめんね。キールアは、涙を流したような気がした。
百槍に護ってもらえば良かったのだろうか。
命だけは、永らえれば良かったのだろうか。
(……ご、め……ごめん……ね……っ)
手を伸ばしてみた。流れた血が、また指の隙間を、手を、拒むように揺れていく。
第二覚醒なんて、捨ててしまえば良かった。
望まなければ良かった。
今、確かにキールアが、思うのは。
(あ……いた……、会いた、いよっ……————百槍……っ!)
手の届く距離に、槍はない。
手の届く距離に、医療器具もない。
あるのは流れていく血と、残酷な水で。
槍も、医者としてのプライドも何もない。
キールア・シーホリー。彼女は、目を閉じる。
「……そろそろ死んだかと、思ってたのに」
グリンはちらっと、湖を見た後すぐに。
地面の上で置き去りにされている、無残な槍を目にした。
この様子だと、キールアはまだ次元の力を、失っていない。
次元の力は、本人の体力が極端に消耗すると発動を止める筈。
然しそれもない。未だに動き続けているというのか。
次元の力も、彼女の心臓も。
(試してみる価値は……ありそう)
グリンは大きめのポンチョのような布から、細い腕を出した。
小さな指先は、くるりと。
目の前にある何かに、魔法をかけるみたいな仕草は。
「——とどめを」
広く美しい湖面を——————粉々に砕くように現れる、“木の幹”
(あれは……!)
百槍は、そのあり得ない程の大きさに驚いた。
人間界には決してない。高層マンションを遥かに凌ぐ、太くてがっしりとした幹が。
一瞬の滝を描いて、湖の底から這い上がってくる。
柔軟な木の枝は、小さな体を掴み上げていた。
(——キールア!!)
水と、少々の泥と。
黒い隊服に溶け込んだ血を被って、ぐったりとした姿勢で。
金の髪の隙間から覗く顔は、ぴくりとも動かない。
(キールア!! 聞こえる!? キールア——応えなさいよ!!)
「……びゃ……く、そう……?」
(!? キールア!!)
「ご……め、ね……百、槍……ごめ……っ」
(どうして貴方が謝るの……っ——ホントバカなんだから……!)
涙混じりの声が、重たいキールアの体の中に、すっと入り込んでくる。
心地の良い凛とした声。胸の中を叩く叫びは、いつもの憎まれ口であったとしても。
聞きたかった。会いたかった。
水の中にいた、永遠にも感じられた時間は、終わる。
キールアの顔はぐったりと項垂れた。
「さあ、今度こそ本当に死んで————キールア・シーホリー!」
グリンは、目の当たりにする。
妖精の言っていた言葉の意味を。それは景色となって。
“再び”————自然の神に“恐怖”を教えた。
(————!!?)
それはそれは、“悪魔”みたいな————————毒々しい“闇色”の瞳。
(な、に……————あれは!?)
キールア・シーホリーの瞳に浮かぶ月は。
暗雲の中に隠れてしまったように。
消える、光。
「百槍……今度こそ、私を」
(ええ……——分かってるわ)
「うん。ありがとう……————でも、本当にごめんね」
(まだそんな下らない事言ってるの? シメ上げるわよ)
「……うん————ねえ、百槍」
もう動かない筈の体に戻る、力と温度と、情熱が。
一層、毒々しく。禍々しい程に美しく。
彼女は、笑って。
「ありがとう————————もう一度、会えて良かった」
貴方に、もう一度。
いくら手を伸ばしたって届かなかったのに。
今だって、あんなに遠くに、転がっているのに。
不思議だね。彼女は微笑む。
今は————こんなにも。
(ええ、キールア——————私もよ!)
近くに、感じる。
「“第二覚醒”————————!!」
いくよ、百槍。何だか、できる気がするの。
今度は、私達の番だ——って。
心を、紡ぎ合う。
「————————“百樂槍”!!!!」
少女の手元に、漸く槍は、戻ってきた。
一層大きくなって。
一層強く逞しく、なって。
月光下、輝き煌めく槍を握るのは。
悪魔の血を引く————“呪われた”少女。