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Re: 最強次元師!! ( No.986 )
日時: 2014/10/19 09:15
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Dz78gNY2)

 第289次元 妖精は歌う

 人間界の時刻でいう、午後11時半。今日が終わるまで残り30分という所で。
 英雄の一人、キールア・シーホリーは次元の力を、その先へ持っていく。
 第二覚醒。その響きは、形と成って彼女の手元で輝く。

 鋭く、尖とした銀の刃。
 獣の如き先鋭の牙は、剥きだしに威嚇する。

 「……危なっかしい、娘」

 グリンはやっとか、と呆れ安堵したような息を零した。
 自然に。自然の神は。穏やかな動きで指を起こす。

 「見せてよね……——英雄の力」

 キールアを掴み上げている崖のような樹木。
 それはぐぐぐ、と動き出し、枝をぐるんと伸ばして。キールアに迫る。
 彼女は、見上げない。

 「——!」

 百樂槍。銀の槍は、まるで雲に触れるみたいに。
 優しく、一瞬だけ、強く空間を叩いた。
 枝が衝撃で、引き千切れる。

 「遊んでいる暇、なんて……————ないよ」

 体中が悲鳴を上げ始めてから、何時間が経ったというのだ。
 普通の人間なら痛みで昇天してしまいそうな程、体はボロクズのようで。
 指一本動かしても激痛の走る、全身に。彼女は——迷いなく力を入れた。

 「第七次元発動——————堕衝砕!!」

 槍を————樹木の天辺から、突き刺す。

 「——ッ!?」

 衝撃を連れて、硬く重く太く、大きな木の幹が。
 いとも容易く————ボロボロに崩れ裂いていく景色。

 「そ、んな事——!」

 グリンの表情は、ここに来て漸く変化を見せた。
 自慢の技が、キールア本人の何千倍もある、大型の木が。
 人間界には決してない筈なのに、その戦い方をまるで知っているように。
 今度はキールア・シーホリーの、涼しい顔が落ちた。

 (キールア! このままだと——!!)

 「——大丈夫、私を信じて」

 再び、落ちる体は。今度はその手に、槍を持った形で。
 切っ先は、素直に湖を刺す。

 「第八次元発動——————戯旋轟風!!」

 一瞬、ぐるりと回った槍が生み出す、豪なる風の一陣。
 台風が如く、キールアを中心に吹き荒れる風は——水を裂いた。

 見えた大地。飛び跳ねる湖の“全ての水”が————雨のように降り注ぐ中を。

 「——着陸、成功」

 信じられない。キールアという一人のか弱い少女にはもう、弱いなんて言えない。
 いや、不釣合いな言葉となってしまったのだろうか。たった一夜にして。
 彼女は手に入れる。絶対な力と、次元師としての自信を。

 「お見事……キールア・シーホリー」

 (キールア! は、早くしないと水が……!)

 「うん!」

 槍を大地に突き刺した衝撃で、器用に飛び跳ねた彼女は。
 湖沿いの、元の場所まで帰ってきた。
 地面の上にいなかったたったの数分が、嘘のように永遠だったのに。
 また、嘘のように現実に帰る。
 既にグリンの姿はなく。研ぎ澄まされた心は気配を捉えもしなかった。
 いつの間にいなくなってしまったのかと。また見えない景色の隅から。
 狙ってくる、事もしないだろうと。キールアは不思議と確信した。

 「……」

 (……キールア、大丈夫?)

 「うん……多分、ね」

 (もうボロボロね……良く戦ったわ)

 「……う、ん」

 (……帰りましょう、皆待ってる)

 キールアは、それ以上何も言わなかった。何も、言えなかった。
 フラフラと、力なく体を、心のままに引きずって歩いていく。
 途端に彼女を襲う、急激な眠気と、痛みが。
 全てを思い出すように、彼女の足元を縛り付けた。

 (——キールア!?)

 森の中。明かりもない、暗闇だった。
 映える金の髪が、ぶわりと揺れたと思ったら。
 その顔は、腕は、胴体は、脚は。
 地面にへばりつくように、全く動かなくなってしまった。

 (……——ロ、ク……)

 その名は、魔法の呪文のように。
 キールアを、深い深い夢の中へ誘うように、紡がれる。
 今何をしているのだろう。傷ついていないだろうか。
 泣いて、いないだろうか。
 独りぼっちで、何も言わずに出ていってしまった彼女を。
 自分は、仲間達は、いつでも待っているのに。



 月明かりは、その草原を照らす。
 光り輝く草が踊る。花弁が、それに合わせて跳ぶように舞う中。
 金色の少女は、確かにその耳にした。

 永い永い、麗しい程の旋律を。

 (だ……れ……?)

 水のように澄んだ声。良く通る、風に溶け込んだ息の音。
 その声だけが自然だった。天使の歌声でも聴こえてくるような。
 天国か、夢の園か、自分が何処にいるのかさえ錯覚させる程の、それは。
 何度も何度も、耳にしたもの。


 「ろ……ロ、ク——————?」


 自然の緑に溶けるは、光輝く黄緑の風。
 舞う。声も、花も、草も————“髪”も。

 「い、るの……? ろ、ロ……ク——」
 「今は動いちゃダメ。じっとして」
 「何、で……ここ……に……」
 「安心して。きっと、良い夢を見ているんだよ」

 素敵で、素晴らしくて。
 ずっとずっと、会いたかった友達の出てくる。
 そんな幸せな夢を。
 叶えてあげる。見せてあげる。
 だから、今は何もしないで。じっと聴いていて。
 妖精は歌うように言う。

 「……い、行かないで……ロク、もう……どこ、にも……」
 「……行かないよ」
 「ホント、に……?」
 「ここにいるよ。だから大丈夫。ずっと、傍にいる」
 「……ロク……私、ね……」
 「——大丈夫、あたしが、守るよ」

 ずっとずっと、守ってきたんだもの。
 だから今度も大丈夫。
 絶対守ってみせるから。今だけは。
 どうか素直に、心地よく眠っていて、良いよ。って。
 妖精の言葉は、優しく雪が降り積もるように、少女の中に響いていく。
 気が付いたら、景色は真っ暗になっていた。
 眠ってしまったのだ。まだ、沢山彼女と、話したい事もあったのに。
 聞きたい事もあったのに。

 歌声は、淡々と響いていく。
 深く、時に浅く、夜を駆けるように、優しく撫でるように。
 まるで、涙も零すように。
 ぽろぽろと、音が空を跳ぶと同時に。
 彼女の中で微かに、“それ”は静かに堕ちていく。



 「キールアー!! 何処だー!?」
 「キールアちゃーん!?」
 「おおーい!! キールア出てこおーい!!」
 「キールアー!!」

 早朝の光に混じって、声は森の中を彷徨っていた。
 レトヴェールは、体中に汗を滲ませ走り探す。
 大事な幼馴染である、キールアの事を。
 昨晩幾ら待っても、彼女は帰ってこなかった。
 グリンとの戦闘で疲れ切ってしまったのか。それとも。
 嫌な予感をどうしても切り捨てられない彼は、不安を抱えたまま走る。

 「……!? き、キールア!!」

 どんなに遠く離れていても、分かる。
 見慣れた金の髪は、横たわっていた。
 急いで駆け寄ると、林立つ、狭くて小さな草原の中で。
 死んだように、眠っていた。

 「キールア!! どうしたんだよ!! ——おい返事しろ!!」

 そっと、頬に手を当ててみる。
 心臓に耳を傾けた彼は、驚いた。

 「……!」

 とくん……と、それは。
 あまりにも、小さすぎる心音。

 「な、んだよこれ……おいキールア!!」

 頬はまだ赤い。体温はある。
 然し、心音が、理不尽に遠ざかっていく。

 「レト!! キールアを見つけたのか!!?」
 「キールア!! しっかりしろよ、おい!!」
 「……キールアちゃん!?」
 「どうした事か……早く、連れて帰らねば……っ」

 駆け寄ってくる仲間の声も聞こえなかった。
 レトは込み上げてくる不安と共に。
 小さな小さな心音が、まるで時を止めてるみたいに。
 死んでも可笑しくはない状況で、心臓は動き続けていた。
 体中に漲る熱も、可笑しいとは思っていた。
 誰かが、その体に、命の灯をくれたのだろうか。
 弱り切ったキールアの表情は至って、苦しそうなものではなかった。
 単純に眠っている。安心し切って、体を自然に委ねている。
 それが、レトにとっては妙な違和感に感じ取れた。

 その一日。誰もキールアの傍を離れようとはしなかった。
 静かに鼓動を奏でる彼女は、依然として目を開けず。
 当然のように、痛々しい程体中も傷で溢れていた彼女は今全身包帯状態で。

 誰も口を開かず当然、何も言わず。
 細やかな息の音だけが、沈黙という名の空間を、静かに支配していた。