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- Re: 最強次元師!! ( No.987 )
- 日時: 2014/11/09 10:58
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: qsVr6ycu)
第290次元 少女が見たもの
自然の神であるグリンとの対戦から、約3日目の朝。
キールア・シーホリーは激戦を終え、彼女の弱り切っていた体は目を覚ますように意識を取り戻した。
晴れていく空みたいな、浮かんでふわふわとした雲みたいな。
曖昧でマーブルな景色。起きて初めて熱を感じたのは、右手だけだった。
「……れ、と……?」
その手は暖かく、優しく。見守るように握られていた。
固く強く、今まで築いてきた絆を見るように。
レト以外には誰もいないのだろうか。人の気配はしなかった。
自分の手をしっかり握ったまま、彼はベッドに傾れ込み幼い顔をしていた。
「ごめんね……また、無理しちゃって」
「……」
「でももう大丈夫だよ……ねえ、レト」
「……」
「起きてない、よね……ごめん」
「謝ったって許すかバーカ」
突然の返事に、声も出せずにキールアは。
むっくりと不機嫌を飾って顔を上げるレトとぱっちり目が合った。
「ぬ……盗み聞きなんて、タチの悪い」
「ボロ雑巾みたいな体で帰ってきたお前なんか心臓に悪い」
「……ごめんってば」
「無茶するな、なんてもう言わねーよ」
つうか、言えない。
続けるレトの言葉に、今までとは違う。
幼馴染としてではなく英雄としての彼を見た気がした。
「お前も俺も、認められた英雄だから、弱音なんて吐いて良い立場じゃない」
「……うん」
「人族皆の期待背負ってんだ。神と戦う覚悟がなきゃ」
「分かってる……ごめん」
「だから無茶するなら、俺の目の届く距離にしてくれ」
「……え?」
「あと、手な。言っとくけどこれは英雄としてじゃねえぞ」
小さい頃から何度も何度も。
家族を亡くした、誰もいない。守ってくれる人がいない少女に。
俺が守ってやる。そう言い続けた少年がいる。
数え切れない程守ってもらった過去がある。
自分で言っておいて、ぽかんとしたキールアからなんとなく目を逸らすレトの。
昔から何も変わらない。不器用で直球な、優しさが身に深く沁みていく。
「キールアちゃん? 目を覚まし————っと、あらら……?」
フェアリー・ロック。天女の如く麗しい声で。
2人が現実に引き戻された。
「お、お邪魔……だったかしら?」
「「そんな事ありません!」」
「否定したってダメよ。ほーら、手、手!」
フェアリーが部屋に入ってきた時。一番初めに目に入ったのが。
レトとキールアの手が、ベッドの上で優しく繋がれていた事。
本人達も違和感なく。傍から見たら本物の恋人同士みたいに。
慌てて2人とも、バッと手を離す。
「もう……相変わらず仲が良いのね」
「そういうんじゃないですから」
「か、からかわないで下さいっ」
「ふふ。キールアちゃん、体はもう大丈夫?」
「あ、はい! すみません、迷惑かけちゃって……」
「良いのよ。無事に帰ってきてくれたんだから……それに」
「?」
「その様子だと、手に入れたみたいね——“第二覚醒”」
グリンと戦って生きて帰ってきた。
彼女はアニルほど優しくはない。言っても、アニルも優しい訳ではないが。
人を嫌い恨んできた、千年という時間は消えたりしない。
然し確かに今、アニルやグリンの言葉に突き動かされ。
レトヴェールとキールアは第二覚醒を手に入れた。
グリンは特に感情を持たないが故に、人を殺す事に躊躇がない。
殺しても心が動いたりはしない。
そんな彼女が、英雄であるキールアと一戦交えても尚。
危険因子にとどめも刺さず、殺す事をしなかったのは。
それが、できなかった以外に理由はなかった。
つまりは第二覚醒を持ったキールアに少しでも恐れをなした事。
戦っても無駄だと、判断した事。それがキールアの現状から読み取れる。
心の神であるフェアリーは、キールアの心の変化から、そう確信した。
「何だか不思議な元力ね。百槍と、心の奥底から分かり合えてるみたいな」
「え? わ、分かるんですか?」
「……少しだけ、ね。レト君のもそうよ」
「へえ……」
「さて。キールアちゃんも起きた事だし……レト君は、修行に行ってきても良いわよ」
「……。あ、じゃあ、キールアの事頼みます」
「ええ。勿論よ」
「キールア、お前は暫く動くんじゃねえぞ」
「うん。分かった」
「じゃ」
レトは椅子から立ち上がって、部屋を後にする。
遠ざかる足音を最後まで聞いていた。音も立てずゆっくりとしていた。
少しでもキールアの体に響かせない為だろうか。
何気ない優しさに、いつも助けられている。キールアは微かに笑う。
「それにしても本当に良かったわ。皆凄く心配してたのよ?」
「本当に、後で皆にお礼を言わなきゃ、ですよね……——あの、フェアリーさん」
「? 何かしら」
「どうして、レトを追い出したんですか」
綺麗な笑顔は、ぱっと失われた。
部屋の明かりを消すみたいに、忽然と。
「私と、2人で話したい事でも?」
「……」
「……フェアリーさん、何か、隠してるんですか?」
「違うの……言いだし、辛くて」
「ロクの事ですか?」
「!」
「もしかしてフェアリーさんは、この世界で————ロクに会ったんですか?」
鋭すぎる。心の神が、神でもない誰かに。
見透かされている。
金の瞳は揺らぐ事なく真っ直ぐに、神の目に刺さる
「……そうよ」
「どうしてですか!? 何でロクがいる事、言ってくれなかったんですか!!」
「言ったでしょう、言い出し辛かったのだと」
「ロクが神として、神族についていってしまった事を、私達が悔やんでいると?」
「だって、貴方達は彼女と……!」
「仲間です。幼馴染です。私の……私の大事な————“親友”なんです」
悔やんでいるなんて事はないと、キールアは続けて言う。
何故なら、心の底からロクアンズを信じているから。
今までずっと隣にいてくれた、守ってくれた。
レトと2人で、戦う後姿を。どれ程見てきたと思っているのですか、と。
とうの昔に受け入れている。そう、ロクが自分の真実に気づく前のずっとずっと前に。
レトとキールアは、ロクが神である事を知っていたのだから。
「ロクが人であろうと神であろうと関係ありません。ロクはロクです」
「落ち着いて聞いて。彼女は今、“ロクアンズ”ではないの」
「!」
「【FERRY】という————心の神なのよ」
「そ、そんなの」
「アニルやグリンを大使にして、彼女は貴方達を試している」
「違う!」
「違わないわ。彼女は、フェリーは————“ロクアンズ”を棄てたのよ」
迷わないと言った、心の神は一体何を考えているのだろうか。
分からないから心苦しい。お互いが心を読もうとして、力は相殺するばかりで。
無邪気で無鉄砲だった、ロクアンズ・エポールはもう。
元の世界にはいなくなってしまった。
「……」
「フェリーが貴方に掛けた力は、“迷命の園”と呼ばれる、治癒の魔法」
「ち、治癒……?」
「心の神の鼓動と、対象の鼓動をリンクさせる事で微かに心音を保たせるの」
「それじゃあ……私」
「不思議なくらいに心臓が動いていたのは、彼女の歌声のおかげ……って事よ」
「……ロクアンズを、棄てたとしても……ロクはロクって事じゃないですか」
「さあ。夢だったのかもしれないでしょう」
「! フェアリーさん!!」
「“迷命”、と言ったでしょう。それは神が持つ、夢幻の魔法とも呼ばれるものよ」
彼女の実態はいつも不確かだ。思い出すだけで、心に時折。
響くだけのシルエット。
いつになったらまた、ロクアンズは戻ってくるのだろう。
キールアの心と体だけが、彼女の歌声を覚えている。
「夢——なんかじゃ……」
体を抱えて、支えて。流れる黄緑の風が、優しく抱きしめてくれるみたいに。
髪の色も、声も、その閉じた右目も。
偽物だったというのだろうか。
この世界にロクがいる。この場所に、失った筈の友がいるのに。
届かない。
キールアはそれ以上何も聞けず、何も言えなかった。