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【楽園】の最上階。
柚葉　椛は其処で苛立った表情で、何処か寂しそうな雰囲気を醸し出し、佇んでいる。
結局、月架　蒼天はカノンを暗殺する事無く、宴会は終わりを告げた。
任務に失敗した彼を責めようと思えば、幾らでも責められるが、彼女には出来ない。
本来ならば、自分が負うべき汚れ仕事を彼に押し付けたのだから。
反省、次からの行動の思案を兼ね、彼女は涼しげな風を身に浴びながら佇んでいる。
心地良い夜風が、亜麻色の髪を撫で上げ、彼女は髪が乱れないように頭を抑えた。
その瞳には、廃ビルの最上階より見える眼下の街が映っている。
美しい光のイルミネーションに、彼女は思わず表情を綻ばせた。

（私は、この街が好きだ）

かつて、贖罪の街、という別名を持っていた、譜条の街。
今では経済が潤い、街が発展し、贖罪の街という名前も忘れ去られつつある。
柚葉　椛は、この街が何よりも好きだ。
何故なら、この街は椛がクロトと再会した場所でもあったからだ。
幼少の頃に失踪した兄であるクロトを捜索する事、数年間。
家族も無く、ただ兄の消息だけを追い求めた彼女が、ようやく念願の兄との再会を果たした街。
そして、クロトと【荒廃せし失楽園】の隊長である男と、魔術組織を立ち上げた場所。
だから、彼女はこの街が好きだ。
思い入れの深い、この譜条の街が。
だからこそ、

（あの娘を…。カノンを討たねばならない）

ゼロの術式。
マミヤから告げられた、ゼロの術式の正体を知った以上、彼女に与えられた選択肢は１つ。
カノンを、この世界から抹消するという事だけだ。
しかし、彼女は迷っている。
記憶喪失に加え、純真無垢な子供のような彼女を自分が討てるのか。
迷わずに、討つ事が出来るのか。
出来る事なら、別の方法を模索したい。
だが、彼女に与えられた選択肢は１つだけ。
他の選択肢は無い。
その事実を受け止め、彼女は悔しそうに歯を噛み締める。
冷たい夜風の吹く、廃ビルの屋上で。
１人の少女を犠牲に、平和を守る、という不条理を前にして。
柚葉　椛は、泣き出しそうな表情で、眼下の譜条の街を見つめていた。