コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: Multiplex Cross Point オリキャラ募集中 ( No.351 )
日時: 2010/07/12 15:52
名前: インク切れボールペン (ID: w79JdDm2)

その瞬間、月架は掛け値無しに息を呑んでいた。
錆螺 唄の言葉が事実なら、カノンが狙われていた理由の全てに説明がいく。
追われていたのは、ゼロの術式を扱うという危険な個体だったから。
頭に仕掛けられた封印魔術は、実験の記憶を隠蔽する為。
そして、本部を強襲したのは、カノンを危険対象と認識し、彼女を処理する為だろうか。
全てが、繋がった。

「…、事実、なのか…」

「残念ですが、まだ憶測に過ぎませんよ」

「だが…ッ!! それなら、今までの【灰燼の風】の行動の理由も納得が行くぞ!?」

そんな事は私も解ってますよ。
唄は面倒そうに妙に興奮する月架を宥めた。
そう、疑問の大半は解決出来る。
だが、大半であって、全部では無い。

「記憶に関しては説明が付かないんですよ」

「記憶は…。【灰燼の風】の連中が魔術で消したんじゃ…」

「違います。彼女には元々、記憶が無いんですよ」

「記憶が無い…。それは記憶喪失という意味か?」

「いいえ。それは記憶を失った者に使う言葉です。カノンさんの記憶に関しては該当しませんよ」

「…? どういう意味だ」

「人間には記憶が存在する。忘れても、思い出す。ですが、彼女には────────、その記憶すら存在しない」

「…!! ちょっと待て、それって…!!」

唄の言葉を理解した月架は表情を真っ青にした。
それほどに、唄の言葉は驚くべきものだったからだ。
彼の言う通り、人間には記憶が存在する。
記憶喪失とは存在した記憶を失う事。
だが、カノンにはそれが無い。
例えば、子供が産まれ、その子供が10歳まで成長したとしよう。
その時、子供には10歳までの成長した間の記憶がある。
しかし、カノンの場合は違う。
彼女には、錆螺 唄と出会った、逃亡していた以前の記憶が存在しない。
失ったのでは無く、元々、────────存在しないのだ。
人間は誕生と同時に、何かを記憶するという行為が始まる。
そして、錆螺 唄が見る限り、カノンには記憶を唐突に喪失する様な持病などは見受けられなかった。
故に、彼女の何かを記憶する行為は正常に活動しているはず。
だとすると、

「妙だと思いませんか?」

「待ってくれ…。カノンの年齢は容姿から推察するに10代前半。だが、その歳に成長するまでの記憶が存在しない…?」

何の冗談だよ…。
頬を引き吊らせ、月架は茫然と呟いた。
そう、彼の言葉は全くを以て当然だ。
彼女の記憶は思い出せないのではなく、存在しないのだから。
そして、記憶が存在しない、という事が示すのは、



「カノンさんという存在が、私と出会う以前には存在しなかった、という事ですよ」



その事実は、全てを覆す。
ならば、錆螺 唄に助けを求めた彼女は、あの時、誕生した事になる。
まー、そんな事はありえないですけどねぇ、と唄は呟いた。
そして、まだ疑問は残っている。

「私と魔術師の追っ手から逃げていた時、彼女はラーメンの事を言ったんですよ」

「ラーメン…?」

「ええ、随分と具材に拘ってました。ですが、これが妙なんですよ」

そんな拘ったラーメンの記憶があったのは何故か。
それは、経験の記憶。
だが、存在しない記憶の中に何故、経験としての記憶が存在したのか。

「カノンさんの記憶は魔術師に追われる時から始まっています。確認しましたが、カノンさんはラーメンを食べた事は無いそうです」

「変だ。記憶そのものが存在しないのに、経験の記憶が存在するなんて…」

「そもそもカノンさんの記憶から計算するに、カノンさんは私と出会う少し前に【誕生】した事になるんですよねー」

「だが、容姿は10代前半で生活に必要な技術は一通り兼ね備えてる…」

「そうなんですよ。流石に、こればかりは私でも難解な問題です」

少し整理しましょうか、と唄は提案した。
無論、ただでさえ唄の言葉に困惑している月架からすれば断る理由も無いので、すぐに承諾した。

「まず、ゼロの術式」

「…【彼女】の扱っていた魔術。これをカノンが使えるって事は」

「実験で、その魔術を開発した【灰燼の風】が関係しているのは明白です」

「そして、記憶」

「人間は誕生と共に、記憶する、という行為を始めます。そして、その記憶は誕生と共に存在する」

「その記憶が存在しない、って事は、だ」

「彼女は、私と出会った少し前に産まれた、って事になりますね」

「しかも、だ。人間は誕生した時は、赤ん坊だというのが普通だってのに」

「彼女の場合は、10代前半の今の容姿で、培うはずの生活に必要な技術を一通り身に付けています」

「加えて、存在しないはずの記憶の中にあった、経験の記憶」

「ラーメンに対する妙な拘り。そして生活に必要な技術など、ですね」

「情報屋、お前と出会った時、本来ならカノンは赤ん坊に等しい状態だったはずだ」

「ええ。彼女の記憶の存在から計算すると、そうなります。ですが、真っ当なコミュニケーションも出来ました」

「…空白があるって事か。その10代前半の容姿になるまでの記憶、その空白」

「そうですね。それならば唐突な誕生よりも、充分には可能性はある。問題はその空白の記憶が何処に消えたか、です」

そう、それが解れば、全ての謎が解ける。
そして、カノンの正体も。

「情報屋。カノンを保護した時、本部でカノンの記憶は調べたのか?」

「勿論です。記憶に関しては魔術師に追われている時から、それ以前の記憶はありませんでした」

「カノンの頭の中に封印の魔術式を掛けられていたと言ったな。中にあるのは記憶なんだろ、だったら」

「残念ですが。封印術式の中の記憶の容量は見積もっても、1年から2年の分量です」

「そう、…か。だが、その1年〜2年の分量の記憶って言うのは…」

「多分、全ての謎を解く鍵ですよ」

そう言って、錆螺 唄は静かに微笑んだ。