コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: Multiplex Cross Point  ( No.458 )
日時: 2010/07/26 21:05
名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)

兎葉市街のカフェテリア。
魔術によって無人となったカフェテリアで、セルゲイ・ディスコラヴィッチは悠々とコーヒーを喉に運んでいた。

(さて。問題は、如何に追い込むか、だな)

カウンター席にカップを置き、彼は礼服の内ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。
魔術が施された羊皮紙、それに描かれているのは兎葉市の地図だ。
羊皮紙では青と赤の円形の点が、忙しく地図の上で動いている。
傍から見れば、何とも不思議な光景だ。
だが、魔術師であるセルゲイにとっては、この地図の動きは大して不思議な物では無い。
この羊皮紙に描かれた地図は、リアルタイムで動く、戦況だ。
青色の円点は【荒廃せし失楽園】の魔術師、赤色の円点は騎士、セルゲイ直属の魔術師を示している。
現在、地図を見る限り、路地と業務用スーパーの前で赤と青の点が1つずつ衝突し合っていた。

(ふむ。この辺はミリーと冬丞の捜索範囲だったかね。まぁ、あの2人なら大して問題は無いだろう)

問題は、こちらかね。
彼は、羊皮紙に描かれた地図の、兎葉市の中央に位置する路地に視線を移した。
其処には、大量の赤の円点と2つの青の円点が忙しく動き回っている。
最終目撃地点。
捕獲目標であるカノンが最後に目撃された地点だ。

(ふむ。連絡では錆螺 唄が彼女を連れ回っている様だな。残念だ、途中までは追跡が成功していたのに)

カノンを連れて逃げていた錆螺 唄は既に、この場所にはいない。
一度は追跡し、追撃が成功するはずだったのに思わぬ邪魔な援護が入り、追跡の騎士達は潰された。
そして今、音信不通という異変を感知し、他の騎士部隊は最終目撃地点に集束している。
現在は、最終目撃地点に赴いた部隊は援護に入った魔術師2人と激突している様だ。

(2人だけで40人もの騎士を相手取る、か。この戦闘能力、【荒廃せし失楽園】の初期メンバーだな)

【荒廃せし失楽園】創設時、組織の長である【ある男】が初期のメンバーをスカウトした。
それが、クロト、椛、メル、ヴァン、秋兎である。

(流石は【あの男】が見出した者達だ。これだけの質、物量を以てしても圧倒できんとはな)

加えて、この現状は妙だと言える。
これだけ騎士部隊が同地点に密集していれば、カノンの捜索が遅延する。
その思考に行き着き、彼は初めて気が付いた。

(…陽動かね)

見れば、中央の路地の周囲から青色の円点が集まってくる。
包囲殲滅。
そんな言葉が、セルゲイの脳裏を過ぎ去った。
そして、中央の路地周囲を動いていた青色の円点が、路地に到達し、幾多の赤色の円点と交わる。


直後。


ズドンッ!! とカフェテリアが揺れた。
否、正確には兎葉の街そのもの、か。

(ぬッ…、何事かね!?)

激しく振動するカフェテリアの中、セルゲイは危ういバランスをカウンター席に手を付く事で支えた。
その中で、彼は地図に視線を移し、息を呑んだ。

地図に描かれる中央の路地の幾多の赤色の円点が消えている。

それは、騎士達が行動不能になった事を示している。
やられたかね、完全に。
地図で示された路地には、8つの青色の円点だけが残されている。
最終目撃地点に集まっていた部隊は、セルゲイの指揮する部隊の半数以上。
他の人員は、カノンの捜索で動けない。
このままでは、包囲網は破られ、【荒廃せし失楽園】の面々は悠々と本部に帰還してしまう。
態勢を立て直させてしまえば、更に不利な状況となる。
この不利な状況で選択肢を迫られたセルゲイは、


笑っていた。


優しげで物腰が親切そうな外見に違い、闘争心を剥き出しにした笑顔。
まるで、その笑顔は不利な現状を愉しんでいるように思える。

(マミヤ嬢が命の価値を求めるだけあるな。ふふ…、この現状、老骨を動かすに足る、か)

ならば、合間見えようではないか。
彼は羊皮紙を片手でグシャグシャに潰し、礼服のポケットに放り込むと、颯爽とカフェテリアを出た。
静寂なる街を、彼は悠々と歩く。
目的地は1つ、この老骨を動かした魔術師達の元へ。

「さぁ、魔術師諸君。【猛火】のセルゲイ・ディスコラヴィッチ、いざ参らせて頂こうかね」

燃ゆる闘志は猛火の如し。
老獪は、笑みに闘争心を宿し、戦場に赴く。