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Re: Multiplex Cross Point  ( No.460 )
日時: 2010/07/27 14:25
名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)

兎葉市内の建物の間隙、薄暗の路地裏。
錆螺 唄は息を切らせながら路地裏の道を走っていた。
脇に抱えたカノンは、少しだけ心配そうな表情で唄を見つめている。
大丈夫ですよ、と唄は呟き、真っ直ぐに路地裏の道の先をひたすらに突き進む。
騎士の気配を感じては迂回し、道を変え、市内を疾走し続ける事、その距離は10km以上。
魔術によって、息が切れるのを軽減しているものの、これだけの距離を走ると、疲労は蓄積する。
魔術が使えても、錆螺 唄は自身は普通の人間に過ぎない。
息切れを軽減する魔術を行使しても、誤魔化す程度にしかならないのだ。

(ですが、休憩する暇は無いですね。今は一刻も早く、街を出ねばなりません)

先程、凄まじい振動が街を駆け巡った。
恐らく、陽動作戦が功を奏したのだろう。
確認しては無いが、移動しながら魔術による探査を周囲に掛けた限り、先程より敵の気配は格段に減っている。
加えて、先程の振動は魔術による事象、あれは、

(『バッキューン』…、正式名称は【殲滅の裁雷】でしたか)

雅依 光星の扱う、対艦隊戦術式。
文字通り、イージス艦などの戦艦の艦隊を一挙に殲滅する程の術式だ。
本来なら、こんな街ならば簡単に吹き飛ばしてしまう魔術だが、彼女はまだ技術的に未熟。
故に、その威力は巧く扱えても1割〜2割程度だろう。
街を壊滅させる程の威力には至らぬものの、その一撃は騎士達を一挙の殲滅するに足る。
だが、この術式には1つ問題が。

(【余波】が輝星に返る事なんですよねぇ)

凄まじい威力を発揮する魔術である【殲滅の裁雷】。
威力が高い分、その危険性は高く、光星の様な未熟な魔術師が使役すれば暴走する可能性がある。
これを光星は危惧し、その危険性を、魔力の【余波】に変換する事で暴走を回避する事に成功した…のだが。
これが何の手違いか、変換された【余波】が毎度の様に雅依 輝星に衝突するのである。
それ故に、この魔術は発動すれば、【余波】によって雅依 輝星が吹っ飛ぶ魔術でもあったりするのだ。
あれを見ると、毎度ながら錆螺 唄は雅依 輝星を不憫に思うのである。
と、まずはそんな事は置いといて、

(まずは街を出ます)

既に、路地裏の出口は前方に見えている。
此処を抜ければ、街の出口は目と鼻の先。
一気に、錆螺 唄は出口まで走り抜けた。
虎口を抜けた。
唄は、そう思った。



だが。



「違うな。真の絶望は此処からだよ、錆螺 唄」

背筋が凍り付いた。
その若い男性の声を、唄は知っている。
その音源は前方から。
瞳を瞬かせた一瞬で、その男性は眼前に現れた。
緋色の髪を片手で掻き揚げ、狂人の笑みを浮かべた、白衣の男。
その男を視界に捉え、唄は足を止めた。
最後の関門が、錆螺 唄の前に立ち塞がる。

「誰…?」

状況を把握してないカノンが、額から一滴の冷汗を零した唄に問い掛ける。
眼前を阻む、この男性は誰なのか、と。
錆螺 唄は答えない。
ただ、その視線は眼前の男性にのみ注がれている。

「こんにちは、錆螺 唄。懐かしい、君とは【Child Soldier】事件以来か」

「何の冗談です…。本当に、今日は運命の女神に見放されたんですかね…!!」

「人生、運の悪い日はあるさ。錆螺 唄、君の場合は、それが今日だっただけの事」

この状況で、最後を阻むのは貴方ですか。
全く、何の冗談だ。

「ダージス・シュヘンベルク…!!」

最後の関門を阻む守護者。
その者の名は、───────────【灰燼の風】総帥、ダージス・シュヘンベルク。