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Re: Multiplex Cross Point  ( No.504 )
日時: 2010/08/02 11:28
名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)

居住階層の一室。
月架 蒼天の私室に見舞いに訪れた公孫樹 雅は、表情を驚愕に染めていた。
それもそのはずだ。
重傷を負ったはずの彼が、既に床から起き上がっていたのだから。

「怪我は、もう良いのか?」

「…寝てられないんですよ。俺はまだ、倒れる訳には行かないですから」

そう、倒れてなんていられない。
ミリー・シャルロット、彼女の事を考えると、寝てる事なんて出来るはずが無かった。

「公孫樹隊長、俺は立ち上がらなきゃダメなんです」

「…もう、隊長と呼ぶのはやめろ。私はもう、お前の上司じゃない」

【Child Soldier】事件の際、月架が無名の魔術組織に所属していた頃。
配属された部隊の隊長だったのが、公孫樹 雅だった。
【彼女】と交戦した際は、彼は別行動だった為、消失を免れたのだ。
事件後、月架は公孫樹 雅と【荒廃せし失楽園】の組織内で再会した。

「隊長。俺の、俺達の成した事で、1人の少女の心が狂ってしまった」

「蒼天。お前は…戦うつもりか」

この最悪な状況で。
運命を狂わせた1人の少女の為に、彼は戦おうとしている。

「…どうする気だ、蒼天」

「決着を着けます。ミリー・シャルロット、彼女との戦いに」

決着。
その意味は、

「その手で討つか、その少女を」

決着は、それで着くだろう。
その少女を一瞬にして両断すれば、全てが終わる。
だが、次の瞬間に公孫樹は自分の考えが甘かった事を知る事となった。


「討つ? 冗談じゃ無い。俺はもう、子供は殺さない。そう誓いました」


ならば、どうするんだ。
決着とは、勝者と敗者を分ける事を言うのだろう。
蒼天、お前の言う決着とは一体何だ。
公孫樹は、矢継ぎ早に言葉を並べ、彼に問い掛けた。
この諮問に対し、返って来たのは単純な一言だった。



「救います。彼女を」



それは艱難だと、公孫樹は思う。
月架と戦った少女の情報は、既に撤退後に彼の口から聞いている。
痛覚を失った、哀しき少女。
自分に与えられた痛みを理解できず、故に相手の痛みも理解できない。
無痛のまま、何が痛みを伴うかも知らず、彼女は狂笑する。
狂笑、それだけが彼女に与えられた、痛みすら奪われた彼女に残された行為。
怒りも、悲しみも、喜びも、楽しさも、全てが狂笑だけでしか示せない。
何という、哀れな存在か。

「俺は…救います。あの子の狂笑を、本当の笑顔に変える…!!」

「艱難辛苦を伴うぞ。それでも敢えて往くか、その道を」

無論です。
必要なのは、進む道だけ。
退路は必要ありません。

「成せると思っているのか。彼女を救済する事が出来ると」

「ええ。─────────────既に、【切札】を用意してます」

【切札】。
その言葉を放った月架は静かに唇を吊り上げた。
勝利を確信するかのように。
そして、明確に彼は公孫樹に対して告げた。
必ず、彼女を救済してみせます、と。

「俺は、あの事件で多くの子供の笑顔と未来を奪った。だから、」

あの子達の生き残りである、ミリー・シャルロットを。
絶対に。
この身を粉砕したとしても。



「─────────────彼女の心を、身を、救い出し、守り抜く!!」



痛覚を失った1人の少女。
罪人は動き出す。
狂った運命の中で、痛みを知らず、狂笑のみを許された1人の少女を救済する為に。