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Re: Multiplex Cross Point  ( No.519 )
日時: 2010/08/03 13:18
名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)

彼女を助けたい。
敢えて敵の本拠地に乗り込む、というハイリスクを犯す理由は、至極単純な物だった。
野望の為だけに造られた、1人の少女。
彼女の生まれた理由は道具として消耗品にされる為であり、愛される為ではない。
そんな事、誰が認めようと、俺は認めない。
夜の肌寒い風が、赤毛の髪をそよそよと靡かせる。
柚葉 クロトは今、【荒廃せし失楽園】の本部である廃ビルが建つ広場に立っていた。
後には、本部のビルへの入口があり、今頃は上の階層で他の同僚達の治療が行われているだろう。
きっと、俺が消えたら皆は驚くだろう、とクロトは思う。
だが、彼はそれを鑑みても尚、迷いは無かった。
本部の同僚達に黙り、彼は1人で【灰燼の風】から1人の少女を救う為に行動を開始する。
…はずだった。

「おい、勝手に抜け駆けとはちょっとばかしズルいゼ、クロト」

「…本当ですよ。彼女を助けに行くなら僕達も連れて行って貰わないと」

建物の影から、そんな声が聞こえた。
ザッ、という足音と共に現れたのは、2人の同僚。

「秋兎、…それに、スルメ」

「誰がスルメですか。ヴァンですよ、覚えて下さい。…って、その前にクロトさん、抜け駆けは許しませんからね」

「全くだゼ。魔術師として、1人のロリコンとして、カノンの事は放って置けないゼ」

「理由が不純です」

「気にすんな。さーて、クロト。抜け駆けは許さんゼ、行くなら俺達も連れて行けな」

「そうですよ。【灰燼の風】の本部の位置を知ってるんでしょう。でも、1人じゃ無謀ですよ」

だから、連れて行け、と2人は言う。
1人の少女を助けたい、と望むが故に。
だが、それを望んだのはこの2人だけでは無い。

「面白い話をしてるじゃないか。それ、俺も付き合わせてくれよ」

「私は無謀が大好きでな。危険な事をしようとしているなら、私も交ぜてくれんか?」

またも、別の影から現れる2人の人物。
月架 蒼天、公孫樹 雅。
彼らもまた、無謀な救出作戦を敢行せんとするクロトに同行を求めて来た。
ちょいと妙な空気になってきたな、とクロトは思う。
1人で無謀を敢行するつもりが、その無謀に付き合おうと4人の人物が名乗りを上げてきたのだから。
しかし、実際はそれが4人で止まる事は無かった。

「死地に敢えて飛び込むか。面白いじゃないか、私にも付き合わせてくれ」

「…そんな面白い事、1人やらせると思ってんの?」

「1人でカッコイイ事はさせられんな、クロト。行くなら、この千堂 紀和も連れて行け!!」

「怪我したまんまでしょ、クロトくん。そんな人を私が放って置くと思ったら大間違いだよ。行くなら、私もッ!!」

「俺も。カノンを助けに行くんでしょ。なら行くよ、絶対」

「わ、私もッ。私も行く、クロト!!」

「付き合わせろよ。お前の為じゃないけど、俺は光星を守る為なら何処にだって行ってやる」

次に現れたのは、7人の人物。
星姫 月夜、如月 琉那、千堂 紀和、結月 采音、黒雅 誡、雅依 光星、雅依 輝星。
これだけの人物の登場には、流石のクロトも舌を巻いた。
これじゃあ、何の為に1人で行こうとしたか解らなくなってきた。
しかも、人物の登場はこれで終わった訳じゃない。

「クロト。何を1人で無謀をしようと企んでいるんだ?」

「…馬鹿。うん、馬鹿の極みね。救いようが無いわ」

現れたのは、柚葉 椛とメル・ヴァートン。
その後には、威牙 無限、黒島 聖、冥弛 裄乃が佇んでいる。
唖然とするクロトを無視し、不機嫌そうな口調の椛は面倒そうな口調で呟いた。

「おい、クロト。私に黙って無謀を成そうなど…、私が放って置くとでも?」

「…あはは。いや〜、まさかこんなに人が集まって来るとは思ってなかったよ」

「本来なら私は組織の者達の無茶を止める責任があるが、今回は別だ」

圧倒的な不利な現状。
組織的に大局を見るならば、現状は組織の構成員の傷を癒しきるのが最善策だ。
それを、傷も完治せぬ現状況で敵の本拠地に乗り込むなど下策の極み。
しかし、此処に集った者達の共通の目的は、その下策の極みを実行する事だ。
椛には、一致団結する仲間達を止める事など、出来なかった。
何より、彼女もまた、その下策の極みに賭けてみたい、そう思ってしまっていたから。

「それに…先走った馬鹿を捜さねばなんらしな」

「先走った馬鹿?」

ああ、と答え、椛は溜息を吐いた。
疲れたような、それでいて落ち着いた雰囲気を醸し出して。

「どうやら、錆螺 唄の奴が一足先に【灰燼の風】の本拠地に向かったらしい」