コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point 第13話更新中 ( No.527 )
- 日時: 2010/08/03 13:36
- 名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)
Multiplex Cross Point─多重交差点─ 第13話
兎葉の街のビル街の一角に建設された高層ホテル。
この【造られし天上】と呼ばれる高層ホテルこそ、【灰燼の風】の本部である。
階層は20階に及び、幾千に及ぶ魔術を施された高層ホテルは最早、要塞と言って良いだろう。
魔術によって強度は合金よりも硬く、破壊されようが何度でも形を再生させる。
鉄壁に加え、再生能力を持った化物という言葉が似合うであろう、そのホテルの屋上。
満天に鏤められた星々を、ダージス・シュヘンベルクは慧眼に映し、にやにやと笑っていた。
彼の傍には、鉄骨を用いて造られた歪な十字架が屋上の床に突き刺さっている。
その歪な十字架には、感情の感じられない瞳の少女が両手を固定されていた。
少女の瞳には生者の光は無く、その表情には感情は一切見られない。
機械、少女の姿から連想されるのは、そんな言葉だ。
ふと、ダージスは相変わらずの不敵な笑顔のまま、少女に言葉を投げ掛けた。
「気分が良いねぇ、カノン。僕は今、凄く気分が良いよ」
神になろうと画策する天才、ダージス・シュヘンベルク。
彼の野望は今、現実に至ろうとしている。
過去、魔術師の多くが、神という絶対なる存在の力を我が物にせんと画策してきた。
だが、成功した者は1人として存在しない。
今、ダージスは多くの魔術師達が失敗を見て来た人類史上、例を見ない偉業を成そうとしていた。
神の力は膨大な量から、人間が扱える代物では無い。
しかし、そんな問題など天才たるダージスの前では些細な存在でしかない。
「神の力を、人間が扱える容量に圧縮する。既に、その魔術機構は完成したよ」
この高層ホテルを1つの変換機構とし、残るはカノンの体内の神の力をダージスに転送するだけ。
最早、その野望が成就するのは時間の問題だ。
邪魔する者は存在しない。
「【荒廃せし失楽園】の連中は満身創痍。僕の邪魔をするはずは無い」
加えて、譜条の街には、もう1つの魔術組織が存在するが向こうも問題は無いだろう。
【殲滅の方舟】の者達も、譜条の【魔術師殺し】と呼ばれた青年も動かないはずだ。
【灰燼の風】の特殊部隊、【混血の剣】と呼ばれる者達が相手をしているから絶対に動けない。
破壊力、魔術師の質で言えば、【混血の剣】の方が本組織の【灰燼の風】よりも上なのだから。
相対し、時間を稼ぐには充分だ。
ダージスは、慧眼に十字架に掛けられたカノンを見据え、薄く薄く笑った。
「知ってるかい、カノン。十字架ってのは、罪人を磔にする為に造られてたんだよ」
君は罪人なんだよ、と。
愛される為では無く、道具として使い捨てられる為に存在する少女を、彼は嘲笑った。
「本当に残念だねぇ。錆螺 唄を刺し、心を亡くし、今度は僕の野望の為に使い捨てられるなんてさぁ!!」
可哀想な娘だよ、君は。
創造主の嘲笑に対し、心を失った少女は答えない。
否、答えられない。
ただ、魔術的な要塞と化した高層ホテルの屋上に、創造主の嘲笑だけが木霊する。
「実に可哀想。道具として使い捨てられる君を、誰も助けに来ない。君は本当に可哀想だねぇ!!」
誰も来ない。
彼女を保護した【荒廃せし失楽園】は絶対に来ない。
嘲笑を続けるダージスの中で、それは最早、一種の常識と化していた。
だが、彼は1つ重要なミスを犯していたと言える。
魔術師の基本概念。
「ダージス様ッ!!」
ダージスの嘲笑が響く屋上に、別の焦燥を感じさせる声が混じる。
白い甲冑を纏った騎士が、最上階から屋上に繋がる階段を駆け上がって来たのだ。
嘲笑を引っ込め、どうした? と問い掛けた彼に1つの事実が告げられる。
「要塞の探査魔術が高速で接近する存在を感知しました。数は17。真っ直ぐに要塞に向かって来ます!!」
ダージスは、その存在が何であるかを瞬時に判断し、狼狽した。
まさか、冗談だろう。
何故、ありえない。
思わず狼狽したまま、向かって来る存在が何であるかを彼は問い掛けていた。
答は、騎士が一瞬の迷いを見せた後、甲冑の防護仮面に隠れた騎士の口から放たれる。
「魔術組織【荒廃せし失楽園】の面々です…!!」
魔術師達は、天才の常識を難なく打ち破る。
満身創痍?
そんな事実など、魔術師を制止する歯止めに成り得ない。
現れるはずの無い者達は、確かに現れた。
1人の、造られた少女の為に。