コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: Multiplex Cross Point 第13話更新中  ( No.545 )
日時: 2010/08/04 21:40
名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)

高層ホテルの第五階層。
荒川 冬丞は、第五階層のラウンジで、壁に背を預けながらぼんやりと夜空を見上げていた。
漆黒の闇が一面に広がる夜空には、淡い光を放つ幾つもの星々が鏤められている。
彼が壁に背を預ける場所から少し離れた場所にある、ラウンジの入口。
硝子で造られた扉に、鉄製のドアノブが取り付けられた入口から、1人の少女がラウンジに現れる。
来たか、好敵手よ、と冬丞は呟いた。
見れば、膝丈のワンピースを纏った見目麗しい少女が、彼の視線の先には佇んでいる。
星姫 月夜、【荒廃せし失楽園】の魔術師。
彼女は腰に装着したウェストポーチのチャックを横に開き、長刀を引き抜いた。
彼女の瞳には、確かな闘志が宿っている。
今、この時。
荒川 冬丞という難敵に相対し、彼女の魂は震えていた。
長らく強敵という存在を追い求めて来た、その闘争心が、少女の魂を震わせる。
そして、それは荒川 冬丞も同義だった。

「来たか、好敵手よ」

「待たせたな。決着の時だ」

互いに、交わす言葉は少ない。
必要性が無いから、必要最低限の言葉は必要が無い。
言葉は、どんな風にでも偽れる。
だが、剣は違う。
剣を扱い、剣技を熟練していくと、その剣は扱う者の心を具現化する。
そこに偽りは無い、あるのは具現化された心のみ。
そして、

「冬丞。今度は私も全力を、死力を尽くす。…先の死闘、抜刀せぬという非礼、詫びさせて貰う」

彼女は静かに頭を垂れた。
流石は茶道の名家、星姫の家の令嬢ではある、と冬丞は内心で彼女の行動を賞賛した。
礼儀を知り、己の行為が無礼と知ったなら敵であっても頭を下げる。
誰にでも出来る事では無い。

「構わん。過ぎた事を気に留める程、俺は器用では無いからな」

礼を言う、と頭を上げた彼女からは凛とした雰囲気が醸し出されていた。
鋭利な刃を思わせる、その雰囲気。
本物の死闘に臨む、1人の剣士の姿だ。

「…なぁ、星姫 月夜。この広大なる夜空を美しいと思わんか?」

壁に預けた背を離し、彼は月夜と相対した。
手が、腰に携えた短刀の柄に添えられる。
冬丞の質疑に、月夜が答えた言葉は実に単調なものだった。

「別段、美しいと感じた事は無い」

「浪漫が無いな、星姫 月夜。人生は浪漫が無ければ退屈なだけだぞ?」

「…お前、ロマンチストなのか」

「ああ。俺は広大な夜空が好きだ。この空を見ていると、毎度の様に思わせられる」

視線を空に移し、彼は一度だけ溜息を吐いた。
一瞬の間が空き、冬丞は改めて彼女に視線を移し、口を開いた。

「我々は塵の如き存在だと、な」

遙かなる漆黒の空。
其処から見下げた世界に存在する人間は、とても矮小な存在。

「誰かが死んでも、この世界は廻り続ける。否、人間が消えようと、この世界は廻り続けるだろう」

「だから、何なんだ」

「だからこそ!! 俺達は己の死が与える影響を鑑みず、死闘を行える!!」

その死すら塵の如き、気に留める必要性の無い事象なのだから。
俺達は、一切の何も考えず、闘う事が出来る。
そうか、と月夜は彼の言葉を肯定した。
確かに、その通りだ。
この世界を1つの存在と考えれば、我々の生死など気に留める必要性の無い事象。

「さぁ、星姫 月夜。今度こそ、真の殺し合いを始めよう。真剣と真剣の、真の死闘をッ!!」

「良いだろう。覚悟しろ、荒川 冬丞。私が得物を抜く、その事象で既に───────」

今度こそ、月夜は刀の柄に手を添えた。
刀を抜刀する覚悟は決まっている。
本質と本質の激突、彼女が望むは真の死闘。
その為に、彼女は得物を抜く。



「────────────────貴様の敗北は確定している」



漆黒の闇を引き裂き、月光がラウンジを照らし出す。
月光が照らし出す戦場で、2人の剣士の死闘が、幕を開ける。