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Re: Multiplex Cross Point 第13話更新中  ( No.579 )
日時: 2010/08/16 15:56
名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)

其処を退け。
第20階層にて合流を果たした魔術師達を代表し、柚葉 クロトは、そう言った。
それに対し、第20階層の守護を任されたセルゲイ・ディスコラヴィッチは、静かに笑みを浮かべる。
まるで、その程度の矮小な言葉など意味を成さない、と言外に示すかの様に。
事実、彼は嘆くかの様に息を吐くと、

「戦闘は避けられんよ。苦難の無い試練など実に歯応えが無い。そうだろう、柚葉 クロト」

「…交渉決裂か。正直、アンタの様な怪物の如き戦闘能力を誇る奴とは不戦を貫きたかったが、ね」

「ふむ。どうするかね、私を倒すかね。それが安易な方法だが────、殺さん自信は無いぞ」

「怖いなー、コンチクショー。だけどさ、通らなきゃならんのさ。だから…」

頼むぜ、結月。
そんな言葉を、クロトが呟いた直後。

「はいはーい、任せちゃってね」

両の手を勢い良く重ねる。
パンッ、と乾いた音が響き渡った瞬間だった。



第20階層の全域を、真っ白の煙が覆い隠した。



「む…、これは!?」

何をした、と言葉を紡ぐ寸前、セルゲイは突如として発生した白煙の正体を突き止めた。
水蒸気。

(火属性の魔術で空気に干渉し、水素を急激に熱して水蒸気を生成したか!!)

見事、と彼は内心で率直にクロトと水蒸気を発生させた結月 采音を賞賛した。
だが、1つだけ彼らは間違いを犯している。



「実に素晴らしい良策だが。───────この程度で私が君達を逃がすと思ったのかね?」



爆ぜたまえ。
それだけの短い言葉が紡がれた直後、周囲が一気に紅蓮の赤に染まった。
爆音が連続して鳴り響き、爆風が至る場所から連続して吹き荒れる。
これならば、目眩ましの水蒸気を吹き飛ばし、加えてクロト達の攻撃も可能となる。
しかも、この爆発などでは自分に対し、攻撃は不可能…。
そう思っていた。



だが、魔術師達はセルゲイ・ディスコラヴィッチを常識を易々と打ち破る。



「油断大敵よ」

セルゲイが耳にしたのは、【荒廃せし失楽園】の魔術師である幼い少女の声。
如月 琉那、その少女の言葉が終わると同時に、それは飛んで来た。
目に見えぬ、何らかの一撃。
爆発する空気を薙払い、何らかの一撃を受けたセルゲイの体は空中に投げ出される。
何だ、何が起きた?
幾多の戦場に立ち、魔術師として戦って来た彼でも、それを理解するには時間が必要だった。
しかし、それを理解する為の思考を魔術師達は許さない。

「お前さんに考える間は与えんよ、セルゲイ!!」

「倒れて貰いますよ!!」

空中に飛翔した2人の人物。
公孫樹 雅、ヴァン・スルメルトゲーティア。
ヴァンは得物である、指と指の間に挟んだ西洋剣で形成した一種の爪を振り、セルゲイを薙いだ。
腕をクロスさせ、爪を防いだセルゲイだが、薙がれた衝撃で、床に落下していく。
その瞬間に、公孫樹は体を空中で一回転させ、セルゲイに向かい踵落としを放つ。

「ぬぅ…。おォォ!!」

相当な勢いで放たれた踵落としは見事にセルゲイのクロスした腕の防御を潜り抜け、脾腹に直撃した。
痛みに表情を歪める間も無く、セルゲイは強引に体を捻って着地すると、魔術師2人から距離を取る。
直後、彼は気付く。
水蒸気が晴れ、第20階層のホールに立っている彼と魔術師達。
その中に、足らない人物がいる事に。



(…ふむ。いないのは、柚葉 クロトに柚葉 椛。うむ、どうやら水蒸気と攻撃は囮だった様だな)



今頃は、2人は屋上に続く階段を登っているであろう。
若者に謀られるとは…、私もまだまだ未熟だな、とセルゲイは自らの不甲斐の無さを嘆いた。
そして、



【猛火】は若き魔術師達と相対する。



凄まじい重圧が魔術師の体の節々を軋ませる。
それでも、彼らは臆さない。
挑む様に、恐怖を屈服させる様に、前に出る。

「良い覚悟だ、諸君。────────1人の少女の救済の為、強者にすら臆さない、その心」

その心を、剣の如く研ぎ澄まし給え、諸君。
その身を、恐怖と満身を捨てた盾と化し給え、諸君。
退路は無い、進路のみだ。
さぁ、諸君。



「この老骨の屍、踏み越える自信はあるかね?」



質疑に返って来た言葉は、単純だったと言える。
明確に、ただ単調な言葉だけが魔術師達の口からは紡がれた。



上等ォ!!



恐怖を屈服させ、慢心を打ち砕き、傷だらけの身で、ただ吼えた。
【猛火】と呼ばれた男を前に、魔術師達は内なる闘争の炎を燃やす。

たった1人の少女の救済の為に、魔術師達の戦いが始まる…。