コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point 第14話更新中 ( No.610 )
- 日時: 2010/08/31 22:18
- 名前: インク切れボールペン (ID: mCvgc20i)
絶えず鳴り響く金属音。
高層ホテルの第1階層のロビーで行われる戦いの優劣は、一目で完全に理解する事が出来る。
「オォ!!」
放たれる斬馬刀の一撃。
恐るべき重圧と共に、荒川 琴音は構えた刀と共に薙払われる。
質量、速度、秋兎の攻撃は、その2つで完全に琴音を凌駕していた。
吹き飛ばされる身体を空中で回転させ、体勢を整えて着地する。
その間に、彼女の額から珠の様な冷汗が零れ落ちた。
(斬馬刀…。あの超重量兵器を軽々と…!?)
馬上より、馬ごと武将を斬り捨てんが為に製造された超重量武器。
古の豪将を鑑みても、彼の様に余裕綽々で斬馬刀を振るう人物は無いだろう。
それほどに、斬馬刀とは扱いが難しい武器なのだ。
そもそも並の人間が扱える武器として作られてはいないのだから。
「反撃はしないのか? お遊戯じゃ無いんだ、殺すつもりで掛かって来いよ」
「…ッ、貴方に言われずともォ!!」
爛々と燃えるが如き、紅の双眼が琴音を捉える。
凄まじい重圧と、乗し掛かった恐怖に臆さず、琴音は吼えた。
妖刀、そんな言葉が似合うであろう、禍々しい雰囲気を放つ日本刀を構えて。
覚悟、と一言だけ告げると、荒川 琴音は、
音も無く、常世 秋兎の後に着地していた。
「残念ですが。───────────────、遅いです」
刹那。
琴音は刀の刃先を秋兎の背中に向け、猛烈な勢いを以て刺突を放った。
回避が不可能な速度で放たれた刺突は狙いを外す事無く、秋兎の背を穿つ、
はずだった。
「良い速度だゼ。だが、─────────────、お前こそ遅い」
貫いたはずの背中が、霞む様に消える。
まるで、霧の様に。
これは、
(しまった…!? ─────────────、幻術!?)
敵の武器から、彼女は秋兎を武装の攻撃力で圧してくる相手だと思っていた。
だが、何ぞ謀らん、彼女は常世 秋兎の顕現した幻の世界の術中に在ったのだ。
幻術とは大方、物理的攻撃力に乏しい魔術師が使役する魔術。
相手の目を誤魔化し、五感を騙し、状況を自分の優勢に導く魔術だ。
それを、斬馬刀という圧倒的な物質量、加えて速度をも持っているのに、誰が幻術を使うと予想し得たか?
常世 秋兎の嘲笑が周囲に木霊する。
何処に、と周囲を視線で探索する彼女の眼前に、
紅の双眼を持った青年が現れる。
「お前は思って無かったろ。攻撃力と速度を兼ね備えた俺が、───────、幻術を使うなんて」
そもそも、必要が無い。
これだけの強さを持ちながら、幻術など。
真っ向から戦って敵を打ち破れる力を持っているのに。
何故です、という琴音の率直な質疑に、秋兎は憂いを帯びた表情で答えた。
「俺には殺さなきゃならない野郎がいるゼ。その為の力だ」
「憎悪…。それが貴方の力の根源、という訳ですか。飄々としているのに…、内面は真っ黒なんですね」
「否定はしないゼ。俺は光の下で生きれない。そう、俺には───────────、」
また、彼の姿が霞の如く、消える。
何処…、と周囲を視線で探索しようとするが、そんな暇は無かった。
背筋に激痛が走ったかと思うと、彼女は猛烈な速度で宙に投げ出されていたからだ。
激痛に苛まれる中、必死に身体を動かそうとするも、痛みが身体に対する命令が妨害する。
直後、彼女の耳元に優しい吐息が吹き掛かった。
冷汗が、彼女の額から一粒だけ零れ落ちる。
背中に感じる重苦しい感覚、これは───────────、死の感覚。
死の感覚が彼女を抱擁する中、常世 秋兎の言葉だけが最後に聞こえた。
「───────真っ暗な、一切の救済の無い漆黒の闇こそが、お似合いだ」
直後。
振り下げられた斬馬刀が彼女の身を叩き潰す。
正に一撃。
爆発の如き轟音を響かせ、彼女は宙からロビーの床に猛烈な勢いで落下した。
反抗は、無い。
勝敗など、最早、歴然だった。