コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point 執筆再開 ( No.707 )
- 日時: 2010/10/05 00:26
- 名前: インク切れボールペン (ID: 4I.IFGMW)
- 参照: 執筆再開ー。
悪夢だった。
セルゲイ・ディスコラヴィッチへ果敢にも挑み掛かった黒雅を筆頭に、残る魔術師達は一斉に彼に挑んで行く。
才能も、人数でも有利を確保している。
だが。
それだけの有利を確保しても尚、セルゲイ・ディスコラヴィッチを圧倒する事は疎か、拮抗する事すら許されない。
何なの、あれは…。
千堂 紀和に魔術的な治療を施している最中、結月 采音は顔を真っ青にして呟いた。
その瞳に映るのは、絶望の光景。
一切の武器を持たず、ただ疾風迅雷の速度と共に放たれる、烈火の剛拳は魔術師達を芥のようにい薙払って行く。
一歩、また一歩、と。
前へ前へとセルゲイが進んで行く度に、進行を妨害せんとする魔術師達が無惨にも血を振り撒いて宙を舞う。
まるで、蟻と象の戦いだった。
一度は明確な一撃を与えたものの、それは偶然の賜物だったのだ、錯覚させるほどの圧倒的な戦い。
懸命に、身を惜しまずに戦いを挑む魔術師達を気懈そうな表情で吹き飛ばす様は、絶望の化身だ。
だとしても。
「まだ…ですよッ!!」
「負けねぇッスよ!!」
「冥弛 裄乃はまだまだ戦えるのであった、っと!!」
「爺のくせに。生意気…ッ!!」
「若いのが頑張ってるのに、俺が倒れる訳にも行かんな!!」
「…あ〜、最悪。勝てる気がしないわ。…だけど、倒すッ!!」
「紀和の為だもん。負けられないよ!!」
「さっさと倒れろよ、爺さん!!」
それぞれが叫び、魔術師達は血に満身を濡らして、セルゲイ・ディスコラヴィッチに果敢に激突する。
が、その全ての攻撃を捌き、セルゲイは悠々と魔術師達を縦横無尽に撃破していく。
仲間達が吹き飛ばされ、幾度と無く痛め付けられる。
「ッ!!」
百獣の王に類似した咆哮が、周囲の空気を刹那の間に引き裂く。
吹き飛ばされる仲間達の間隙を縫って、疾風一穿、黒雅 誡の鉄槍の矛先が吼える。
黒雅の疾走と共に真正面から勢い良く放たれた一穿は、
セルゲイ・ディスコラヴィッチの胸を貫いた。
(やったか…!?)
唖然としながらも、黒雅は柄から伝わる感覚に勝利を確信する。
セルゲイ・ディスコラヴィッチを倒した、と。
俺達の勝利だ、と。
勝利を満身に感じ、彼は反射的に結月の方へ振り向いていた。
きっと、紀和が傷ついた事で哀しんでいた結月に表情にも希望が見えている、そう思って。
しかし、その表情は先程よりも一層、真っ青だった。
その瞳は、信じられないようなものを見ているような、恐怖の感情が満ちている。
何故?
その視線を追って、黒雅はやっと気が付いた。
結月が何を見て、その表情を真っ青にし、その瞳を恐怖を宿しているのか。
視線の先にあったのは、黒雅の胸部。
自分自身で其処を見て、黒雅はやっと理解する事ができた。
黒雅の胸部を、彼の得物である鉄槍が貫いていたのだ。
「憤怒は人間に力を与える。だが一方で、戦場で感情に従って動けば─────────、確実に死ぬ」
今の君が最たる例だな。
胸を穿ったはずのセルゲイは無傷のまま、口から血を吐き出し、倒れた黒雅に、そう告げた。
「黒…雅、くん…?」
呆然と結月は呟いていた。
何が起きたのか。
どうしてこんな事になったのか。
思考が追い付かない。
ただ、悲痛な声だけが口から零れる。
「黒雅くんッ!!」
明確な声となった時に、やっと結月は現実を理解した。
恐らくは、魔術の基本属性である炎の系統魔術。
熱を利用した幻術だ。
黒雅は。
いや、【荒廃せし失楽園】の者達は知らない間にセルゲイの術中に落ちていたのだろう。
黒雅の場合は鉄槍を知らぬ間に奪われ、胸を穿たれのだ。
そして、周囲を見れば、一斉にセルゲイに挑み掛かった魔術師達は床に倒れ伏して、一切動かなくなっている。
もうダメだ、と。
結月は、明確な絶望を感じた。
その矢先、セルゲイ・ディスコラヴィッチは結月を絶望の淵に叩き落とす為、その足の進行方向を結月の方に向ける。
「ひ…ッ」
喉が干上がった。
満身に恐怖が走り、身体を嫌な冷たい汗が包み込む。
「終幕だ、結月 采音。そして、その勇敢な少年も」
剛拳に烈火が灯った。
轟々と燃える烈火は結月と紀和に敗北と死を与える為に、ひたすらに燃え続ける。
動かなければ、確実に殺される。
なのに、恐怖で身が竦んで身体が動かない。
その間にもセルゲイは着実に歩を進め、遂に進ませていた歩を、─────────止めた。
それは結月と紀和の終焉を示している。
既に、足を止めたその場所がセルゲイ・ディスコラヴィッチにとっての攻撃圏。
後は、彼が彼女と紀和の身体を砕く一撃を放つだけで、全ては終わる。
「さらばだ」
一撃は放たれた。
結月は紀和を強く抱き締め、セルゲイに背を向けた。
猛威から子を護る母親のように。
次に訪れるのは、激痛と意識の寸断だと、結月は思っていた。
そう、次に訪れるのは結月と思った通りのものだ。
但し、ある一つの妨害という名の事象が無かったなら、の話だが。
ズッドォォォッ、と。
轟々と共に、セルゲイ・ディスコラヴィッチは唐突に横合いから現れた物質に身体を吹き飛ばされた。
何が起きたの?
結月は紀和を抱き締めたまま、後を振り向いた。
其処に、先程まで拳を振るわんとしていたセルゲイ・ディスコラヴィッチは無い。
ただ、この戦場に一つの変化があった。
それは、二人の存在の出現。
一人は、右腕を肘から下に黒色の合金で造られた義手を装着した、肩より少し長いざんばらな黒髪の少女。
一人は、身体が幽霊の様に透過して見える、黒髪をツインテールに結った金色の瞳の少女。
正体不明の二人の登場に結月は思わず身構えるが、ざんばらな黒髪の少女は結月を一瞥し、
「安心してくれ、お姉さん。私達はアンタらの味方なんだからな」
え…、気の抜けた言葉を結月が口から漏らした刹那、セルゲイが立ち上がる。
自分を吹き飛ばした物質──────────、巨大な氷の槍を粉砕して。
彼は二人を見据え、驚愕する一方で、獰猛な微笑を湛え、
「ほぉ…。随分と意外な客だな。───────────────、一莟 レイヌ、桂浦 あがさ」
「久しいわね。【Child Soldier】事件以来かしら? 死に損ないの怪物爺」
「ふっ。御老体、貴方に本名を呼ばれるとは随分と珍しい。かつての名で呼べ、それの方がしっくり来る」
「そうかね。では、一莟 レイヌ、オーエン。───────────君達の目的は、私との闘争かね?」
セルゲイの言葉に返って来たのは、無論、という簡潔な返答。
此処に、新たな戦局が開かれる。
乱入者二人と、老獪なる魔術師との戦いが。
「さて…。腰痛持ちの五十路にはちと厳しいが、始めるとするかね。戦いの─────────第二局目を」
刹那、二人と一人は激突した。