コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point 執筆再開 ( No.724 )
- 日時: 2010/11/07 20:43
- 名前: インク切れボールペン (ID: 4I.IFGMW)
月が綺麗だ。
破壊されたラウンジにて、床に腰を据え、壁に背を預けた満身創痍の荒川 冬丞は満足そうな表情で呟いた。
手も、足も、もう動かない。
死闘によって体力の限界を完全に超越した身体は休息を求め、全感覚を麻痺させている。
唯一動かせる視線は前に釘付けにされたまま動かなかった。
その視線が捉えるのは、長刀を柄を掴んだまま、彼の前に佇む剣士である少女。
戦いを制し、勝利を掴んだ彼女へ、冬丞は満足そうな微笑のまま、静かに言葉を投げ掛けた。
「…随分と珍妙な表情をしているな、星姫 月夜。勝者であるのに、何で貴様はそんな哀しい顔をしている」
勝者であるのに苦悶の表情で唇を噛み締める星姫 月夜に投げ掛けられたのは、単純な疑問。
何故、戦いを制して勝利を勝ち取ったのに敗者に負けぬ程に苦渋に満ちた表情を浮かべているのか、という事だ。
何故だ、と月夜は唇で小さな言葉を紡いだ。
「何故…。あんな優しい、人に笑顔を与えられる絡繰を造っていた荒川家の人間が私の前を立ち阻んだ!?」
夜の闇を裂くような大喝は、何処か哀しげな感情を秘めていた。
荒川家。
その名前から月夜が連想したのは絡繰人形を作製する事を生業とする、名の知れた家柄だ。
月夜が幼少の頃、両親は童心だった月夜に与えたのは簡素な和服を纏った、小さな絡繰人形だった。
カタカタ、と可愛らしい動作を見せた絡繰人形を、現在でも月夜は忘れていない。
幼少だった頃から、この人形には誰かを笑顔にしたい、という願いが込められている事を月夜は童心ながら悟っていた。
愛される為に造られた人形、それを造っていたはずの荒川家の人間の一人である者は、月夜の前に在る。
答えろ、冬丞ッ!!
そんな質疑に対する応答の催促の言葉が、破壊されたラウンジに空虚に響く。
「なるほど。貴様は知らないらしいな」
憫笑を浮かべた冬丞は、月夜の表情を見据え、そんな言葉を口から吐いた。
質疑に対する応答とは思えない言葉に対して月夜は、再び催促の言葉を紡ごうとした寸前に、衝撃的な言葉を耳にする。
「荒川家は既に亡い。父も母も、─────────────死んだ」
自嘲の微笑を湛えた冬丞の吐いた言葉に、月夜の満身を冷たい何かが走り抜けた。
茶道の名家である星姫流を脱してから二年。
こんな衝撃は初めてだった。
「家督は俺だが、家柄を再興する権利は俺には無い。俺は貴様に似ているよ、星姫 月夜」
「…どういう意味だ」
「俺は、一度は荒川の家から出奔した身だ。絡繰人形の制作者、その定められた生業に反抗してな」
なぁ、貴様と似ているだろう?
紡がれた言葉に、月夜は悟った。
荒川 冬丞、この男は自分と同じ種類の人間なのだ、と。
「が、唯一違った所と言えば、両親が死んだ事か。…驚いたよ、望郷の衝動に駆られて家に戻ってみれば、父も母も亡かったのだから」
「…その後は、私と同じか」
「ああ。死闘に身を委ねた。貴様とは求めたものは違うがな。貴様は生の実感を、俺は…ただ純粋に死を」
月夜から視線を逸らし、夜天を瞳に映した彼の表情は何処か哀愁を秘めていた。
満身に負った傷をも忘却し、沈黙が展開する。
数分の沈黙の後、その状況を破ったのは、荒川 冬丞だった。
「こんな綺麗な夜だったな。両親の死を知った夜だ。懐かしく逢った妹達は俺を見て泣いたよ」
「…」
「本当に愉快な奴らだよ。俺みたいな親不孝に妹達は泣きながら縋り付いて言ったんだ…、おかえり、とな」
だから、死闘に身を置いていても俺は安易に死ねなかった。
憎まれて、怨まれて当然だったのに許された者として。
両親を純粋に愛した可愛い妹達に、また誰かに置いて逝かれる事を繰り返さない為に。
死闘の中に身を預けたままだとしても、
「二人に涙を流させない為に生き抜く。それが俺の誓いだ」
空虚な夜空に、冬丞の言葉が響いた。
月夜は無言のままに冬丞を見据えた後、
ドォッ!! と突如として鳴り響いた爆音に、彼女の視線は上階に移った。
丁度、20階に位置する階層の壁が吹き飛び、壁から現れた紅蓮は夜天を飛翔し、爆ぜた。
月夜と同様に上階を見据えていた冬丞は、
「…老獪殿が戦っているらしい。往け、星姫 月夜。仲間が戦っているのだろう?」
月夜は、その言葉に対して、刹那に彼に背を向け、
「…解った。冬丞、私は往く」
仲間を護り抜く為に。
長刀を背に、少女は戦場まで一心に駆け抜ける。
自分を信じ、認めてくれた仲間達の為に。
破壊されたラウンジから脱し、上の階層に消えて行く月夜の背を見送った後、冬丞は静寂の広がったラウンジで小さく呟いた。
「さて…。此処までは、お前のシナリオ通り。後は貴様次第だ、─────────ダージス・シュヘンベルク」
漆黒の空虚な闇に、冬丞の言葉が明瞭に響いた。