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Re: Multiplex Cross Point 執筆再開 ( No.727 )
日時: 2010/10/26 21:49
名前: インク切れボールペン (ID: 4I.IFGMW)

それは、魔術を以てして展開される戦いなどでは無かった。
それは、魔術を以てして展開される、『闘い』という名の芸術だと、結月は紀和の治療を続けながら生唾を呑んだ。
激突する紅蓮と氷槍は、互いに拮抗を続ける。
紅蓮は氷槍を液化させ、液化した氷槍は紅蓮の熱を奪って無効化し、液体は白煙と化して虚空に霧散した。
その白煙を突破し、ざんばらな黒髪の少女は鉄の義手を以て、烈々と老獪に拳を放つ。
対する老獪は両腕に紅蓮を纏わせて義手の少女を焼き尽くそうとするも、少女の動きは実に俊敏で紅蓮の拳が彼女を捉える事は無い。
魔術攻撃と接近戦の連携は阿吽の呼吸を見せ、一矢乱れず老獪に苛烈な攻めを続ける。
セルゲイ・ディスコラヴィッチは歴戦の魔術師ながら、この二人の戦いには舌を巻かされていた。

(ふむ。レイヌ嬢の魔術攻撃に集中すればオーエンの一撃が私を討つ。オーエンの攻撃に集中すればレイヌ嬢は私を討つ…か)

実に見事な戦術だ、と二人を心中で賞賛し、彼はレイヌの魔術攻撃を防ぎ、あがさの鉄拳を捌き続ける。
彼の様な歴戦の戦士で無ければ、この連携攻撃に瞬時に疲れを生じて、屠られるだろう。

(ふーむ。持久戦に持ち込まれては不利は必須か。ならば、)

腰痛に響くが致し方あるまい、と。
彼が面倒臭そうに呟いた瞬間、



赤色の一閃が、虚空を横一線に引き裂いた。



刹那の速度で放たれた赤色の一閃に対し、あがさは咄嗟に床を蹴って後に跳躍して回避に成功する。
だが、その表情に回避が成功した事に対しての喜色は無かった。
寧ろ、

「…最悪だな、それは」

表情に一切の余裕を無くし、苦笑だけを表情に貼り付けている。
あがさの視線の先は、セルゲイ・ディスコラヴィッチの両の拳を見据えていた。
轟々と燃える紅蓮の拳は、その形態を変化させ、剣の形を成している。
放たれた赤色の一閃は、セルゲイが拳に纏わせていた紅蓮の焔が形態変化し、剣の形を取ったものだったのだ。
老獪の両手に握られるは、赤々と燃える紅蓮の二刀。

「随分と懐かしいだろう、オーエン。【Child Soldier】事件では、君との戦いで、この両剣を以て戦ったのだから」

「紅蓮の双刀か…、面倒な。…しかし、自分で昔の名前で呼べと言ったのに。何故か、その名で呼ばれるのは随分と不愉快だッ!!」

レイヌ嬢ちゃんッ、とあがさが呼び掛けたのは、身体が微妙に透過して見える幽霊を連想させる少女。
レイヌは、人使いが荒いわね、と嘆息すると同時に、セルゲイの真上に氷の槍を出現させる。

「ほぉ…。【空気に含まれる水分を一点に集中させ、特定の形に固体化させる】魔術かね」

「解ってるなら、これが何を意味するかは解るわね?」

無論、とセルゲイが獰猛な笑顔を湛えた刹那、氷の槍は銃弾の如き速度でセルゲイに落下する。
鋭利に整えられた切っ先は見事、セルゲイの頭を貫き、彼を串刺しにする、はずだった。

「その程度では私を止められんよ?」

正に一閃。
ゴォッ、と酸素を焼き尽くしながら、落下する氷の槍は赤色の一閃に両断され、氷の槍は無惨に床を礫として転がった。
無駄だ、と言葉では無くて行動で示したセルゲイに対し、魔術を破壊されたレイヌは、



笑っていた。



「徹底的にやっちゃって結構よ、───────────あがさ」

刹那。
桂浦 あがさの義手の肘先の部分から『それ』は現れた。
肘先の部分、義手に備え付けられた収納スペースから飛び出した『それ』を手に取り、あがさは静かに必勝の微笑を湛える。

「目には目を。歯には歯を。剣には─────────────、剣を」

『それ』───、鉄の一刀を構え、あがさはセルゲイに皮肉な感情を以て、こんな言葉を告げた。
随分と懐かしいだろう、セルゲイ・ディスコラヴィッチ、と。

「【Child Soldier】事件では、貴方の紅蓮の双刀に対し、その剣を捌き、激戦を展開した私の相棒だ」

一年前の【Child Soldier】事件で、あがさはレイヌと共にセルゲイと、この剣を以て戦った。
血を血で洗う激戦の果てに決着は着かず、互いに身を退いて、あの時の戦いは引き分けたが、今回は違う。

「一年前の私と同視するなよ、セルゲイ・ディスコラヴィッチ」

一年前、彼女は真っ暗な闇に閉ざされていた。
右腕を失って、セルゲイと戦って、満身創痍となって、絶望だけが世界の全てだと考えていた『オーエン』は既に亡い。
今の彼女は、

「私の名は『桂浦 あがさ』」

技師と名乗った男性から与えられたのは、鉄の右腕。
魔術師である赤毛の青年から与えられたのは、闇からの解放。
働き始めた不動産屋で与えられたのは、居場所。
多くの大切な存在を得た、この世界を、彼女は護ってみたいと願った。

「…『オーエン』。君は、その名すら虚構であるのに、更なる虚構である『桂浦 あがさ』の名前に縋るのかね」

滑稽だ、と呟き、セルゲイは紅蓮の二刀を構え、鉄の一刀を構える虚構の名前の少女と相対する。
その全てを否定する為に。
そして、あがさは紅蓮の二刀を構えるセルゲイと相対する。
彼女の全てを否定する、その否定を否定する為に。

「見せてやる、セルゲイ・ディスコラヴィッチ。この一年。───────『桂浦 あがさ』として培って来た全てを!!」

「さぁ、来たまえ!! その全て、我が紅蓮にて灰と成し、二刀を以て薙払ってくれるわ!!」

赤色と黒色の一閃が、交わる。
否定する者と、否定を否定する者の戦いの火蓋は今、斬って落とされた。