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Re: Multiplex Cross Point 執筆再開 ( No.734 )
日時: 2010/11/07 23:35
名前: インク切れボールペン (ID: 4I.IFGMW)

朧気な意識の中、千堂 紀和は確かに彼女の声を聞いた。
もう大丈夫だから、という心に安息を与える優しい少女の声を。
卵の殻を連想させる真っ白な髪の少女、結月 采音は紀和の手を力強く握って、慈しむ様に微笑んでいた。
朦朧とする意識で、紀和は彼女のそんな表情を捉え、柄にも無く思った…、思ってしまった。

美しい、と。

「…待っててね、紀和。あの人を倒して、すぐに戻るから」

小柄な紀和の身体を床に寝かせ、彼女は一人の敵を見据える。
白髪が混じった髪と無精髭の初老の男性、魔術師として『猛火』の異名を持つセルゲイ・ディスコラヴィッチを。
烈々と、ざんばらな黒髪を揺らしながら、鉄の義手を片腕に取り付けた乱入者と剣を交える老人。
火の属性を持った魔術を用いて形成した紅蓮の二刀を振って、セルゲイは乱入者と鉄剣を交えて拮抗している。
一方で、その状況を眺めていた、もう一人の乱入者は氷の槍を形成し、それを片手に援護に入った。

それでも、セルゲイ・ディスコラヴィッチを倒すまでには到らない。

乱入者や【荒廃せし失楽園】の魔術師達に対し、セルゲイ・ディスコラヴィッチの間にある明確な相違点は『経験』だ。
長く、永く、魔術師として戦場に立ち続け、戦い続けた魔術師としての年期が、剰りにも違う。
だとしても、この場は勝たねばならない事を、結月は知っている。

往ってくるね、と結月は普段と変わらない優しい声で呟き、戦いへと赴いて行く。

だが、千堂 紀和は知っていた。
その行為に何の意味も無いという事を。

「援護するよ。乱入者さん!!」

「…ッ、助かる!!」

「流石に、三人が相手では貴方も苦戦を強いられるでしょう?」

幽霊に酷似した容姿の乱入者である少女は、ふっ、と微笑し、セルゲイへそんな言葉を投げ掛ける。
彼女の言葉に、セルゲイは依然として余裕を崩さない。
三人を嘲るが如く、簡潔に答えた。

「苦戦かね。まだ鼻歌を歌って見せる余裕程度はあるのだがね?」

閃々。
鉄剣と氷槍の乱舞を展開する紅蓮の双刀。
一本は鉄剣を捌き、一本は氷槍の矛先を挫き、その双刀には、まだ余裕が尽きない。

「我は契約者也。天に座する雷挺の王者よ。汝が定めし裁きの法を以て我が敵を撃て!!」

二人の乱入者、桂浦 あがさと一莟 レイヌの間隙を縫って放たれたのは風属性である雷系統の魔術。
無数の雷撃が迸り、迸った雷撃はあがさとレイヌの間隙を明確に縫って駆け抜け、セルゲイに衝突する。
刹那、ドォォォンッ、と轟音を響かせ、その魔術が直撃した衝撃はあがさとレイヌの身体を退かせた。
バチバチと特有の高音を響かせて雷撃の余波を纏って、朦々と立ち込める煙。
その中からセルゲイの反応は無く、結月は、自分が放った一撃で致命的なダメージを与えたのでは無いか、と思考し、



そして、刹那の後に、それが己が抱いた儚い幻想だったと知る事となる。



ドッ!! 
刹那、電撃の余波を纏った煙幕を穿って現れた『それ』は一直線に飛翔し、あがさとレイヌの脇腹に突き立った。
凄まじい勢いを持った真っ赤に燃える紅蓮の双刀は、一本ずつ二人の脇腹を刺し、彼女達を吹き飛ばす。
それを朦々な意識ながらに視界に捉えていた紀和は、声は出せないものの、口だけは動かして、1つの言葉を紡いだ。

逃げろ、という単調な言語を。

「言ったはずだ。まだ鼻歌を歌って見せる余裕は持っていると。…その意味を正確に理解したかね?」

解らないなら、教唆してやろう。
煙幕から現れた初老の魔術師は、相変わらずの余裕な物腰のまま、静かに告げる。

「君達では─────────────、万が一にも私に勝てる要素は無い、という事だ」

彼の放った言葉は、結月に、あがさに、レイヌに絶望を与えるには充分過ぎる言葉だった。
何より、【Child Soldier事件】で一度はセルゲイと相対した二人は結月以上に、その身に絶望を叩き付けられたに違いない。

「君は言ったな。一年前の私と同視するな、と。だが、それは私の台詞でもある」

脇腹に突き立った紅蓮の剣を義手で引き抜き、近くの床に放り投げた。
あがさは、刺され焼かれた傷口を抑え、苦悶の表情で呻く。
それは、一莟 レイヌも同様だ。
強引に紅蓮の剣を引き抜いて、傷口を抑える彼女もまた苦悶の表情で呻きながらも、敵であるセルゲイを見据えている。
セルゲイは激痛に苦しみながらも依然として敵であるセルゲイに対し、闘争心が欠けていない事を確認し、静かに告げた。

「侮るな。私を───────────────、一年前の私と同視して貰っては困る」

その台詞の後。
三人の前に、絶望の具現が顕れる。

「我は汝の王也。我が言葉に応え、焔の猛威たる汝が盟約の矛を我が手に顕せ」

さぁ、幕を降ろそうか。
轟…ッ、と空気を燃焼させ、空気中の水分すら蒸発させ、『それ』は顕れた。
セルゲイの片手に握られた『それ』の柄は長く、煉獄の焔すら霞むほどに濃厚な熱を帯びている。
『それ』の矛先は、ただただ鋭く、長く、真っ赤に燃える揺らめく焔の巨大な矛先は三人を確かに捉えていた。
そう、



3m級の焔の巨槍の、燃える烈火の矛先が。



その柄を携えたセルゲイの姿は、勇姿という言葉は似合わず、寧ろ万物を平伏させる畏怖の象徴という言葉こそ相応しい。
彼の畏怖を感じさせる姿に、三人は言葉を発さない…、否、発せない。
セルゲイは、そんな三人を憐れむように慈しむように見据えたまま、その柄を握った腕を天に掲げるが如く振り上げる。
そして、

「永劫に眠りたまえ」

振り下ろされた焔の巨槍の矛先は、一瞬にして三人を焔に呑み込んだ。