コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point 執筆再開 ( No.735 )
- 日時: 2010/11/08 16:41
- 名前: インク切れボールペン (ID: 4I.IFGMW)
轟々と焔は燃える。
焔の巨槍を振り下ろしたセルゲイに勝利の笑みは無く、ただ怪訝な表情だけが貼り付けられていた。
彼の視線は焔の巨槍を振り下ろした場所では無く、其処から離れた、少し先の場所を捉えている。
「…まさか。私の振り下ろした一撃を、オーエン達を抱き上げて回避するとはな。率直に言おう、見事だ」
セルゲイは率直に、視界に捉えた場所に立つ、ある魔術師に賞賛の言葉を投げ掛けた。
傷口を抑えたままのあがさとレイヌ、そして呆然とする結月 采音、その前に三人に堅牢な防壁が如く立ち塞がる魔術師に。
「しかし…、槍で身を穿たれて尚、戦いを続けるかね」
それは何の為だね、黒雅 誡。
問い掛けられた言葉に、魔術師の返答は迷いなく、その口から放たれる。
「…答える必要は無い」
魔術師は己の得物である槍の柄を手に、その矛先をセルゲイに向けた。
一瞬でも油断を見せれば、刹那に突き殺してやる、そんな気迫すら感じさせる構えに、呆然としていた結月は唐突に、
「戦っちゃダメだよ、黒雅くん!!」
完全な臨戦態勢を整えた黒雅に、敢えて制止の言葉を放ったのには理由がある。
彼が手にしているのは、己の身を突き貫いた槍だ。
それを手にしている、という事は、黒雅は槍を強引に引き抜いたのだろう。
彼が扱える魔術に、肉体の傷を回復させる魔術は殆ど無い。
その殆どさえ、基礎的な回復魔術で、『傷口に薄い膜を張る』という程度の魔術で、応急処置だ。
黒雅の受けた傷の度合いを考えると、その程度で過激な戦闘に関わって良いはずが無い。
【荒廃せし失楽園】随一の治癒術師で、多くの傷を看て来た結月だからこそ、それは誰よりも理解している。
だから、戦ってはいけない、と黒雅に制止を呼び掛けたのだ。
だが、
「…解ってるよ。でも、結月」
人間には己の譲れないものの為に戦わなきゃダメな時がある、と。
黒雅は己の状態を知りながら、敢えてリスクを伴う道を選んだ。
「もしも、俺が此処で結月の言葉に従って身を退けば、結月が戦うだろ?」
「それは…ッ」
「解ってるよ。結月は優しいから。自分を犠牲にして戦うんだ、って。俺には解ってる」
痛いほどに、結月 采音が優しい人間だと知っているから。
痛いほどに、結月 采音が自己を犠牲にしてでも他人を慈しむ人間と知っているから。
「だから…、護りたい」
鉄槍を握っている手に、否応無しに力が篭もる。
強く、誰かを護りたい、という感情が黒雅の芯となって、彼に力を与えているのだ。
黒雅の言葉に、結月は感を打たれ、あがさとレイヌは何とも恥ずかしい台詞に頬を赤らめていた。
敵のセルゲイも、あっぱれと彼に対して拍手し、誰かを護る為の戦いを覚悟する魔術師に、静かに宣言する。
「愉快だ、黒雅 誡。君の様に紳士道を弁えた魔術師と戦える事、このセルゲイ・ディスコラビッチの至高の名誉だ」
故に、私も全力を賭して君を潰そう。
セルゲイは焔の巨槍を構え、彼の正面に立った。
一人の漢として、決着は正々堂々で着けたい、という気持ちの現れだろう。
「負けない。俺は絶対に負けない。負けられないッ!!」
「ならば、我が心の臓を君の得物の矛先で、見事撃ち抜いて見せよ!!」
言葉の掛け合いは、それだけで充分だったのだろう。
黒雅とセルゲイは、得物を振るい、敵の心臓を穿つが為に自分の武器が最も有効な働きを見せる距離まで疾駆する。
その動きが、結月にはスローモーションに見えた。
黒雅の背中が、徐々に、徐々に、遠く遠く、遠退いて行く。
勝てない、と解っているのに。
セルゲイとの実力差は天地の差。
【荒廃せし失楽園】の者達が、これほどの人数で挑んだ敵に黒雅が一人で挑んで勝利を勝ち取るなど、不可能だ。
それでも敢えて戦いを挑んだ理由は明白だった。
相討ちを狙っているのだ。
自分が勝てないなら、せめて相手に傷を与えて玉砕する。
それこそが黒雅 誡の悲痛な真意だった。
結月が、あがさが、レイヌがそれを理解した所で、既に遅い。
互いの槍の矛先は相手を殺傷する事だけを考え、心臓に矛先を向け、既に鋭利な矛先は刺突を放っているのだから。
「黒雅くんッ!!」
その背中を追った所で、遅いのは知っていた。
なのに、身体は自然と動いたのだ。
伸ばした手が届かない事は解っている。
発した声に振り向かないのは解っている。
誰か黒雅くんを助けて、と叶わない幻想を抱いていも誰かが黒雅を助けるなんて奇跡が起きない事も解っている。
でも。だとしても。
彼を助けて、と。
何に願っているからすら解らない言葉は、自然と口から発されていた。
この世界が、望んだ事が唐突に実現する従順な存在では無いと、知っていたのに。
天地が翻っても、そんな奇跡は起きないと、知っていたのに。
彼女の抱いた幻想に、世界は応えた。
ズッドォッ!!
まだ、放たれた刺突が互いの身を掠めすらしない瞬間に響いた、何かの粉砕音。
その粉砕音が響いた刹那、セルゲイは、まるで轟風に煽られた塵が如く、握った得物と共に派手に吹っ飛んだ。
バランスなど整える間も与えない程の不意打ちに、彼は床に身を打ち付けられ、が…っ、と肺から空気を吐き出した。
何が起きたんだ、と呆然とする黒雅の前に、その事象を起こした『元凶』は颯爽と現れた。
180cm前後の長身に表面上は冷たさを感じさせる一方で、何処か優しさを孕んだ緋色の瞳の男性。
「誰かを護る為に一命を賭す、か。随分と漢らしい行為だが、無謀でもある。まだまだ、お前さんも青いな、黒雅」
故に教えよう。
誰かを護る為の戦いを。
無謀の一言に尽きぬ、本当の誰かを護る為の戦いを。
「準備は良いか、黒雅 誡。さぁ、─────────────反撃の狼煙をあげるぞ」
彼女の幻想に応えたのは、ある魔術師。
その者の名は、公孫樹 雅。