コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point─S1─ ( No.749 )
- 日時: 2010/12/09 20:42
- 名前: インク切れ (ID: uUme72ux)
- 参照: 執筆する暇が無いですねー、最近
何故、この状況で立っていられるのか。
現在のセルゲイの疑問は、一つ。
一度は倒したはずの魔術師達が、公孫樹の号令に従って立ち上がった事だった。
そもそも、立っていられるはずが無い。
彼の攻撃は、元から満身創痍の傷を負っていた魔術師達を再起不能に追いやる程だ。
一度でも倒れれば、根性等の無茶な精神論で立ち上がる事は不可能なほどの攻撃だったはず。
それでも、現実として魔術師達は立ち上がった。
(何が起きている。まさか、無茶な精神論だけで立ったのかね?)
疑問は疑問のまま平行線が続く。
疑問が解けない以上、セルゲイは迂闊には動かない。
何の疑問も無く、ただ勝利へ邁進するだけの状況ならば、彼は真っ先に敵の撃破をする為に動いただろう。
だが、疑問を孕んだ戦場では、脳裏に疑問を留めたまま戦わなければならない。
それは迷いを生み、迷いは油断を、油断は死を呼び寄せる。
故に、彼は魔術師達と相対したまま動かない。
そんな彼を嘲笑する様に、公孫樹はやれやれと疲れた溜息を吐き、
「何故、再起不能に追い込んだ魔術師達が立ち上がったか。お前さんの疑問、俺が払拭してやる」
一歩、彼はセルゲイの前へ歩み出る。
傍から見れば、何の防御も無くセルゲイに近寄った彼の行動は実に無謀に見えた。
が、その実、疑問を払拭できていないセルゲイが迂闊には動かない、という確信あっての行動だ。
「まず、一度は俺たちはお前さんとの戦いに敗れ、倒された。此処までは貴様も解っているな?」
公孫樹が述べる通り、セルゲイも其処までは解っている。
動けなくなる程の一撃を与え、一度は倒したはずの魔術師達。
乱入者のあがさやレイヌとの戦いの中でも、彼は倒れていた者達に気は払っていた。
誰も立ち上がれる程の体力は残っていなかった筈だ。
それなのに、公孫樹の号令で魔術師達は立ち上がった。
「存外、この疑問の答なんてのは簡単な物さ。お前さんは既に、この疑問の答となる仮説を幾つかは考えてるはずだ」
答は、お前さんの仮説の中にある。
述べられた言葉に、セルゲイは公孫樹の言葉の通り、疑問の答として考えていた仮説を見直していく。
そして、導き出した答は、
「全員に治癒魔術を施しての体力の回復を行った、かね」
その言葉に、公孫樹は僅かに微笑を浮かべた。
次に公孫樹の口から発せられた言葉は単調な賞賛の言葉。
「正解だ」
正解。
そんな風に述べられたからには、彼の導き出した答は確かに当たっていたのだろう。
が、彼は疑問を払拭するどころか、更なる謎の深みに嵌められていた。
「妙ではないか。治癒魔術を用いたなら、治癒魔術を施す相手との距離が重要な筈だ」
治癒魔術の発動条件として基本となるのが、”距離”だ。
最低でも手の届く範囲まで近寄ってこそ、治癒魔術は発動する。
漫画やゲームの様に、魔法を唱えれば回復、なんて理屈も無い魔術は存在しない。
仮に、公孫樹が治癒魔術を発動した、としよう。
彼の手の届く範囲に倒れていたのは、立っている内の僅か数名に過ぎない。
その他の者は、公孫樹とは倒れていた場所が離れている。
それこそ、治癒魔術の発動が不可能な距離に。
ならば、この状況を鑑みれば、治癒魔術を全員に施されているはずは無い。
治癒魔術が施されていない者達は立てるはずも無い。
以上を踏まえ、セルゲイは公孫樹の言葉に質疑の言葉を放っていた。
公孫樹はセルゲイの言葉の全てを聞いた上で、それでいて彼がセルゲイに述べた言葉は簡潔だった。
「遠隔治癒魔術」
恐らく、セルゲイは耳を疑った事だろう。
何故なら、公孫樹の告げた”遠隔治癒魔術”とは、
まだ、実用的な魔術としては機能していない、構想と理論だけの魔術だからだ。
科学が日々進化を続けるのと同様に、魔術も日々進化を続けている。
科学者が新たな発明をする為に理論と構想を構築するのと同様に、魔術師も新たな魔術を発明する為に理論と構想を構築している。
実用されていない理論と構想だけの魔術、それが実用されないのには理由があるのだ。
明確な理由としては、理論と構想だけの魔術は、実用が難しい。
実験と構想を繰り返し、やっとのことで、実用的な魔術として機能する。
しかし、セルゲイの知る限り、”遠隔治癒魔術”はまだ理論と構想の域を出ない魔術だったはず。
”距離”が重要な発動条件となる治癒魔術の革命とも言える”遠隔治癒魔術”の完成は、まだのはずなのに。
驚愕するセルゲイに、公孫樹は飄々とした微笑を湛えると、
「随分と苦労したぞ、これを実用の可能な所まで機能させるのには」
「バカな…。その魔術の完成には、まだ数年は懸かると言われているのだぞ。それを貴様は…ッ!?」
「滑稽だな、セルゲイ。俺が魔術師の世界で、どんな異名で呼ばれているのかを忘れたか?」
公孫樹 雅。
その男には、一つの異名を持っている。
畏敬の念を込めて、魔術師は彼を、ある異名で呼ぶ。
「Genius(天才)…」
卓越した魔術の腕と、優れた指揮能力。
彼の魔術は芸術と呼ぶに相応しく、彼の指揮能力は味方を奮わせ、敵に恐怖を植え付ける。
一方で、他者の思考の三手先を読む、という思考力もまた、Genius(天才)と呼ばれる由縁の一つだ。
「侮るな。Genius(天才)の異名、その名に違わない実力を持っているからこそ、俺はその名で呼ばれている」
彼だからこそ、”遠隔治癒魔術”を発動させられたのだ。
Genius(天才)と呼ばれる、彼だからこそ。
これで、セルゲイの抱いていた疑問は、公孫樹が述べた通りに、全て払拭された。
「寧な説明と驚愕を私に与えてくれた事に感謝しよう。返礼だ、私は君達に絶望と死を与えよう」
疑問が払拭された今、彼は動く。
ただ、焔の巨槍の柄を握った手に力を籠め、敵の撃砕だけを考える。
全て終わらせるかね、と最後通告を突き付けたセルゲイ。
魔術師達の表情に、緊張と恐怖が宿る。
一人を除いて。
「ああ、全てを終わらせよう。お前さんに時間を懸けているのは実に時間の無駄だ」
言葉を述べた男の表情に、恐怖は微塵も無い。
言ったはずだ、と彼は言う。
「反撃の狼煙を上げる、と。【荒廃せし失楽園】の真の戦いを見せてやる、と」
前へ、前へ、彼は踏み出して行く。
その背中が、魔術師達へ、ただ語る。
恐怖を棄てろ、と。
「武器を持て。身体に力を籠めろ。歯を喰い縛れ。我らの渾身の一撃を以て、老獪を徹底的に粉砕するぞ」
往くぞ、此処からが我々の真の戦いだ。
述べられる言葉に、魔術師達から恐怖は失せ、ただ一つの目的の為に前へ飛び出して行く。
倒すのだ、この『猛火』の異名を持った、セルゲイ・ディスコラヴィッチなる敵を。
「我らが戦い、お前さんの目に焼き付けろ。───────────総員突撃ッ!!」
刹那、魔術師達と老獪は激突し、戦いの余波は莫大な衝撃を周囲に撒き散らした。