コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Multiplex Cross Point 更新中 ( No.770 )
- 日時: 2010/12/13 23:11
- 名前: インク切れ (ID: uUme72ux)
- 参照: 猫に手痛い反撃を受けました。
公孫樹の勝算は完全に潰えたと言っていい。
勝利への邁進が停まった現在、床に倒れる彼の瞳に映るのは絶望的な光景だけだった。
それぞれの戦いを終え、合流を果たした、星姫 月夜、月架 蒼天、常世 秋兎。
ただ、この三人もセルゲイを倒すには到らなかった。
彼の焔の巨槍が三人の武器を弾き、柄を握っていない片腕が、それぞれに一撃一撃を見舞い、丁寧に一人ずつ倒して行く。
攻撃はセルゲイに触れそうで触れず、ただセルゲイの攻撃は的確に秋兎達を薙払う。
最早、勝算は無かった。
例え、三手先を読もうが、それでも勝機があるとは思えない。
Genius(天才)、そんな風に呼ばれる公孫樹 雅ですら、この事象を前に諦めしか思い起こらなかった。
まだ、セルゲイが本気になっていなければ勝算はあったのだ。
が、”闘争を愉しむ本来の人格”に立ち戻った彼を倒せる者などいるはずがない。
相手は、本気を出さずとも【荒廃せし失楽園】の面々を薙払った、常識を遙かに超越した人間なのだから。
「ふむ。まだまだ愉しませて欲しいのだがね。立ちたまえよ、諸君。これで終了だと言うなら、私は本当に絶望するしか無いぞ?」
応答は返って来ない。
立てる者は、もういないのだ。
「…さて、君達なら私に本気を出させると思ったのだが。見当違いだったかね」
皮肉を述べるも、実際、彼はそんな事を思ってはいない。
勝利への確信と、戦うだけの理由があれば魔術師達の力は最大限に引き出される。
だが、そのどちらもセルゲイが圧倒的な暴力で完膚無きまでに粉砕してしまったが。
ならば、と。
(この戦いを持続させる為に、私が”理由”をくれてやる)
立てぬのなら、立たせてやろう。
戦えないなら、戦わせてやろう。
”理由”が無いなら、”理由”をくれてやろう。
「さて、君達の仲間の誰を殺せば、君達は動くのかね?」
憎悪は人を突き動かす。
それこそが、闘争を持続させるのだ。
セルゲイは、倒れている魔術師の一人を見据える。
セルゲイの攻撃で気を失った、結月 采音を。
「結…月…」
声が聞こえた。
見れば、倒れている黒雅が動かない躯を必死に起こそうとしている。
それは、セルゲイが結月に何をしようとしているのかを見抜いたからだ。
「ふむ。結月 采音、君は実に人望が篤いな。見たまえ、君の為に必死に動かぬ身を動かそうとする男がいるほどだ」
だからこそ、君の死は必然なのだよ。
この闘争を、憎悪という”理由”を魔術師諸君に与える為にも。
「さらばだ、結月 采音」
刹那。
セルゲイは焔の巨槍を結月に叩き付ける為に、振り降ろす。
圧倒的な威力で、無抵抗の結月を一瞬にして破壊する為に。
その死を以て、闘争を持続させる為に。
轟音が、鳴り響いた。
誰もが、その惨劇に目を閉じた。
誰もが、次に目を開けた時に待ち受けるのは、凄惨な光景だと解っていた。
そして、その瞳を開けた時、
その予想を、完膚無きまでに裏切られる事となる。
セルゲイ・ディスコラヴィッチの焔の巨槍は、結月を叩き潰してなどいなかった。
そもそも、焔の巨槍は振り降ろされてなどいなかったのだ。
セルゲイが意図して攻撃を停めたのでは無い。
停められたのだ。
この場で、本気のセルゲイに果敢に挑んでいない、唯一の人間が。
「バカな…!?」
セルゲイの口の端から、血が滴った。
驚愕の表情を浮かべ、激痛に表情を顰めると、自身の胸に視線をやった。
痛みを発している、その場所を。
胸からは、何かが生えていた。
それは、
背中を貫通し、胸から飛び出している、”光の矢”。
この”光の矢”は、魔力を凝縮させて形成した矢状の物質だ。
【荒廃せし失楽園】に属する”弓使い”の、とある少年魔術師が銀色の弓に番える物。
それが誰であるかを考え、結論に到達した時、セルゲイは後へ向き、”光の矢”を撃った人物を目撃する。
その人物は、驚愕を浮かべるセルゲイを睨み、整然と告げた。
「悪いがそいつをやらせる訳にはいかん。闘争を望むなら…。ふん、案ずるなよ、老獪。────────────この俺が相手を務めよう」
その人物…、小柄な体躯に銀色の弓を手にする少年は、静かに微笑んだ。
【荒廃せし失楽園】の”弓使い”。
そして、組織内唯一の別動部隊”鉄の十字架”に所属する、その人物の名は、
「来い。教えてやるよ。貴様と、この俺────────────────────────、千堂 紀和の格の違いをな!!」