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Re: Multiplex Cross Point 更新中 ( No.776 )
日時: 2010/12/15 21:53
名前: インク切れボールペン (ID: uUme72ux)
参照: Bキー直りました。

本当に目を疑わせる光景だった。
絶望の化身と言っても過言では無かった、あのセルゲイ・ディスコラヴィッチに…、千堂 紀和は一撃を与えた。
幾百の”閃光の矢”を喚び、束となった”閃光の顎”は、セルゲイを呑み込んだ。
その魔術攻撃の後に、莫大な光量の閃光が迸り、凄まじい爆風が吹き荒れた。
それだけで、紀和の放った魔術は途方も無い威力だったと解る。
紀和は冷ややかな表情のまま、”閃光の顎”が爆ぜ、その後に残った黒煙を見据えたままだ。
彼の表情は語っている。

まだ、終わってない、と。



「まさか…、多寡が小童に此処まで私が追い詰められるとは、な」



ザ…ッ、と。
黒煙から、その男は現れる。

「一度は私の拳に倒れた身…、それほどにまで警戒を必要と思わなかった私が浅慮だったかね」

セルゲイ・ディスコラヴィッチ。
満身に傷を負っているものの、その男の闘志は消えていない。

「結月 采音の治療の後、君は私の動きを観察していたのだな。だからこそ、私の動きに付いてきた」

それは、正解だった。
セルゲイの一撃から黒雅を庇い、その傷を結月に治療された後、彼は戦いには参加していなかった。
誰もが思っていただろう、彼が公孫樹の号令に唯一応えなかったのは傷を受けた衝撃で意識を失っていたから、と。
だが、実際は違う。
紀和は途中から意識を取り戻し、セルゲイの動きを観察していた。
公孫樹の号令に、一斉攻撃を掛けた魔術師達に圧されるセルゲイが、まだ本気を出していないと感じていたから。
だからこそ、全員が倒れた後、ただ一人でもセルゲイを叩き潰す為に、動きを観て、彼の戦いの癖を見切った。
それがあったから、紀和はセルゲイの攻撃を回避し、腕を潰し、”閃光の顎”の一撃を見舞う事ができたのだ。



そして、此処からは違う。



「理解したぞ、千堂 紀和。君には、私も慢心、油断の全てを棄てて挑もう」

君を徹底的に潰す為に。
それだけを呟くと、左の手の平から焔が吹き出した。
轟々と吹き出す焔は、セルゲイの魔術によって発生した物で、焔は徐々にある物質を形作っていく。
焔の巨槍。
潰された右手から左手に得物を持ち替えたセルゲイは、飄然と宣言する。

「誓おう。────────────君だけは此処で肉塊へ変貌させる、と」

彼は静かな挙動で焔の巨槍を構え、紀和と相対する。
その瞬間、紀和の頬を冷たい汗が零れ落ちた。
緊張と恐怖という感情が、彼の内側で渦巻いていたからだ。
チャンスは先程の一戦だけだった。
それこそ、セルゲイが油断している間に、強力な一撃を放って倒す、そのはずだったのに。
セルゲイは、その一撃を耐え、此処に立った。

セルゲイが彼の戦術を知った今、彼に勝算は無い。

「逃げろ…、紀和」

声が聞こえた。
それは、床に倒れながら、紀和とセルゲイの戦いを見ていた黒雅の声。
視線を彼の方に向けると、彼は鉄槍を手に、必死に立ち上がろうとしている。
ダメージが蓄積した体を、懸命に。
紀和には、彼が立ち上がろうとする理由が解っていた。

(仲間の…。俺の為…)

目の前で仲間が殺されそうになっている。
それが許せない。
例え、相手がどれだけ圧倒的な相手であっても。
恐らく、この状況で、紀和が黒雅の立場と反対でも、紀和は立ち上がるだろう。
仲間を想っているからこそ。



「だからこそ、俺は退けない」



紀和は黒雅の否定する。
その想いを汲んだ上で、紀和の答は明白だった。
ただ、それは死を覚悟しての言葉では無い。

勝利を確信しての言葉だ。

「…怪我が治ったばかりの、この状態では随分と厳しいが。…まぁ、ハンデと思ってやろう」

何を言っているのだ、とセルゲイは紀和の意味深な言葉に表情を曇らせる。
何かをするつもりか、と警戒はするものの、紀和はそれだけを呟くと、セルゲイの方へ、こんな言葉を投げ掛けた。

「避けろ」

「…? 何を言っているのだ、君は───────────」

言葉は最後まで続かない。
何故なら、紀和の叫びがセルゲイの言葉を掻き消したから。



「避けろと言っている!!!」



刹那。
バキバキッ、と何かに皹が生じる音が響く。
何だ…、とセルゲイが警戒を深めるが…。



発生した事象は既にセルゲイの警戒の遙か上を往っている。



「荒れ狂え、暴威の化身。汝が爪は陸を抉り、汝が牙は空を裂く!!」

紀和の詠唱がセルゲイの耳に入るが、セルゲイはそれに意識を向けられない。
理由は簡潔で、バキバキッ、と依然として鳴り響く、皹が生じるような音の正体に意識を奪われていたから。

(空間が…、歪んでいるというのかね!?)

何なのだ、これは…。
唖然と呟いたセルゲイは、その視線を千堂 紀和へと向ける。
その事象を引き起こしている一人の少年へ。

「汝は世界に悪を敷きし者。汝は全ての善意の敵。群がる陳腐な正義を悉く滅せ!!!」

直後だった。
空間の歪曲は最大まで達し、空間が───────────────割れた。
引き裂かれた空間の間から現れたのは、真っ黒な別の空間。
”無”という言葉を連想させる漆黒の空間を呆然と見つめていたセルゲイは、それを目撃する。

漆黒の空間から現れた、淡い紫色の光で形成された、巨大な”矢”を。

それは、千堂 紀和の魔術。
戦艦すら一撃で葬るであろう、彼の保有する魔術で最強の威力を誇る、それは、

「往くぞ。────────────────紫電一閃」

避けろ。
その意味を、その言葉の真意を理解し、セルゲイは力無く笑った。

(無理な難題だ。この魔術の威力と効果範囲を考えれば、回避も防御も──────────ッ!!!)

滅せ、紫電一閃。
”弓使い”の少年の口から、単調な言葉が響き渡る。
その瞬間。
紫電一閃の”矢”は発射された。
爆風を撒き散らして、阻む全てを破壊して。

破壊の一矢の前に、防御も、回避も、間に合うはずなど無かった。