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Re: Multiplex Cross Point 更新中 ( No.781 )
日時: 2010/12/18 17:26
名前: No Ink Ballpoint (ID: uUme72ux)

Multiplex Cross Point─SeasonⅠ─ Episode18

依然として、膠着状態は続いていた。
漆黒の夜天の下、ダージス・シュヘンベルクはやれやれと溜息を吐いた。
”天才”と称される、白衣の青年は眼前の青年と少女へ、侮蔑を込めた微笑を湛えると、

「さて…。そろそろ無駄な話は停めないか。対極の正義を語られても、無駄にしか感じない」

言葉では何も変わらない、と。
彼は飄然と述べ、その視線は鉄塊で形成された十字架に手足を縛られた少女に移す。
”神へのアクセス権”と呼ばれる類稀な能力を有する、”造られた”少女。
漆黒の闇を駆け抜ける冷たい風は、彼女の美麗な金色の短髪を靡かせる。

「…」

何か言葉を発する事は無い。
まるで機械のような無機質な瞳に、感情の無い表情。
傍から見れば、鉄塊の十字架に戒められているのが人間では無く、人形だと間違えてもおかしくは無い。
彼女を視線に捉えたダージスは、卑しい微笑を表情に貼り付け、

「それに、君達はこんなのを助けるのかい? ──────────────、こんな”抜け殻”を」

その瞬間、彼と一定の距離を取っていた柚葉 椛は動いた。
亜麻色の髪が、瞬間的にダージスとの距離を一気に詰めた為に、荒く揺れる。

「貴様…ッ!!」

動いた理由は一つ。
現在のカノンを”抜け殻”と例えた事が赦せなかった。
彼女を”抜け殻”にしたのは、言葉を発したダージスだ。
まだ、自分達も元にいた頃は、あんな無機質な瞳はしてなかった。
あんな感情の無い、”無”の表情など浮かべなかった。

「それを…貴様はッ!!」

椛の右手が強く発光する。
”強化”の魔術を施した右の鉄拳はダージスの腹部に放たれた。
”強化”された拳は一撃で鉄塊すら粉砕する、それほどの攻撃力を秘めた一撃だ。
それが無防備なダージスが喰らえば、どうなるかは考える間でも無い。
ドォンッ!! と大砲が着弾を連想させる爆音と共に、椛の鉄拳はダージスの腹部に突き刺さる。

が、ダージスはそんな一撃を喰らったにも関わらず、侮蔑の微笑を湛えたまま。

「その程度なのかな。柚葉 椛」

ぐにゃり、と。
侮蔑の微笑が、猛禽類を思わせる獰猛な笑みに、変わる。

「…ッ!?」

背筋に冷たい何かを感じ、椛が動こうとした時には、既に手遅れ。
ゴッ!! と椛の華奢な身体の横腹に、ダージスの蹴りが突き刺さる。
けほッ、と椛が肺から酸素を吐き出すのと同時に、彼女の身体をダージスの蹴りによって吹き飛ばされた。

「椛ちゃんッ!!」

吹き飛ばされる彼女の軌道に咄嗟に飛び込んだクロトが、彼女の身体を抱き止めた。
抱き止めた椛は、幾度となく咳込み、それでもダージスから視線を離さない。
そんな彼女を一瞥し、ダージスは獰猛な笑みを湛え、彼女を嘲笑する。

「何を怒ってるんだ。君は一度はカノンを殺そうと画策した人間じゃないか。ボクと何ら変わらない」

ダージスの言葉に、椛の感情が揺らぐ。
そうだ、私はカノンを殺そうとした人間だ。
そんな奴が、カノンを助けるなんて、何という傲慢だ、と。
思うほど、考えるほどに、椛は自分の行った行動に恥を覚え、心を追い詰めていく。
だが、

「大丈夫だよ、椛ちゃん」

ポン…、と優しい手が、椛の頭に乗った。
くしゃくしゃ、と彼女の髪を無造作に撫でた後、その手は頭から離れ、彼女の前に一人の青年が踏み出す。
長く伸びた赤毛を女性物のリボンで結った、見知った青年。
その背中は何者よりも大きく見え、何者よりも頼り甲斐があるように見える。
ダージスは彼女の前に踏み出した青年を見据え、滑稽な茶番だね、と鼻で笑った。
それでも、ダージスの言葉に耳を傾けず、背中に隠れた椛にクロトは言う。

「人は間違いを犯す。だからこそ、正解に到達するんだ」

だから、胸を張って良いんだよ。
この選択は間違いじゃない、正解なんだから。

「…、クロト」

不思議と、立ち上がれた。
不思議と、隣に立てた。
不思議と、戦えると思った。

「行くよ? 椛ちゃん」

その言葉に、椛は強く頷いた。
クロトの隣に立った彼女の顔に、迷いは見えない。

「…滑稽だねぇ。ボクの前に立つ、って事はボクと戦えるとでも思っているのかい?」

「戦うさ。言葉で”投降しろ”って言っても聞かないんじゃね」

「善に則った正義を語られても、ボクには通じないよ」

「ならば戦うだけだ。私は一度間違いを犯した。だが、貴様を倒し、カノンを取り戻す事で払拭する!!」

決意は揺るがない。
ならば、とダージスは獰猛な笑みを一層深くして、嘲笑する。

「結構。それだけの覚悟があるなら、ボクも相応の覚悟で戦おう」

そして、君達の希望を、余さず砕こう。
欠片も残らぬほどに。

「さぁ、闘争の宴を始めよう。君達の血を、悲鳴を、この宴の馳走としてねぇ!!」

火蓋は切られた。
”造られた”少女を奪還する、最後の戦いの火蓋が。