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- Re: Multiplex Cross Point 18話更新 ( No.803 )
- 日時: 2010/12/29 19:45
- 名前: インク切れボールペン (ID: uUme72ux)
神話には屡々、"天使"と呼ばれる存在が登場する。
頭上に光の輪っかがあり、背中には翼を持った、神の使い。
魔術の世界では、それを"使徒"と呼ぶ。
我々が知っている"使徒"は"天使"という人間に形を取っているが、本来、"使徒"に定まった形は無い。
それは虎であり、狼であり、鳥であり、人間。
多種多様な容姿を持つ"使徒"は時に天使と呼ばれ、時に悪魔と呼ばれた。
魔術師達の眼前に現れた、ダージスが"使徒"と呼んだ存在が、正にそれだった。
漆黒の闇に、巨大な影が蠢く。
強靱な双翼が動くたびに、台風を連想させるほどの凄まじい風が起きた。
その裂帛が耳に届くたびに鼓膜が破れそうになる。
「チクショーがッ!! 何なんだよ、こいつは!!」
威牙 無限の言葉が、裂帛の中に矮小に響く。
緊張と恐怖が彼の中で激しく渦を巻き、彼は思わず、口から声を漏らした。
勝てるのかよ、と。
「勝てるのか、じゃない。勝つんだよ、俺達は」
それ以外に残された道は無いんだ、と月架 蒼天は威牙を叱咤する。
彼の言葉の通り、この"使徒"を倒さなければ道は無い。
恐らくは、現れた"使徒"は召喚魔術によって喚び出された存在だろう。
それならば、術者を打倒するのが一番の方法だが、ダージスは漆黒の空の遙か彼方。
あんな所まで行くのは、魔術を用いても難しい。
何より、可能であったとしても、召喚された"使徒"が簡単に道を譲ってくれるとは到底思えなかった。
だからこそ、"使徒"を撃滅する以外の道は無い、と彼は言ったのだ。
「来るッスよ!! 威牙さん、月架さんッ」
黒島 聖の声が響く。
直後、巨爪が振るわれる。
凄まじい重圧を感じさせながら、凄まじい風圧を纏いながら。
「破軍の矛。汝が矛先は全てを刺し穿つ。なれば、我は渇望する。汝の矛先を打ち阻む、最強の盾を!!」
上から振るわれる巨爪。
それを見据えながら、黒島は木製の儀仗を狂々と舞わす。
まるで曲芸を連想させる、そんな動きを見せながら。
「阻め、絶対の矛先を。停めよ、鋭利なる矛先を。我が渇望せし、最強の盾を、此処に!!」
術式展開。
爆音を響かせながら、見えない何かが、"使徒"の巨爪を阻む。
ギチギチ…、と黒島は苦痛に耐えるが如く、歯を噛み締める。
「じょ…、冗談じゃねぇッスよ、これ…。お、俺の最強の防御魔術なのに…。と、突破されるのは時間の問題、ッスよ…!!」
魔術を展開する黒島の身体に、莫大な重圧が掛かる。
その足が、コンクリート製の床に沈んでいくほどの重圧が。
それでも、彼は耐えた。
”使徒”の必殺の一撃を見事に停めて見せて。
「見事だ、黒島!! 此処からは俺がッ!!」
「た、頼んだッスよ、月架さん。そ、そんなには保たないんで…!!」
了解だ、と月架は力を籠めた返事を返し、”使徒”に視線を移す。
その皮膚は、まるで鋼鉄を思わせ、其処から、高い防御力を窺い知れる。
確信はあった。
それほどの鋼鉄の皮膚を持った巨躯を前に、その防御を穿ち、確かなダメージを喰らわせられる、そんな確信が。
「万象の操者。蒼穹の頂に座する王者よ。我が契約の名の下に、汝が威を示せ!!」
それは、月架 蒼天が保有する最強の魔術。
復讐の為に、満身を血で染めるほどの修練の果てに手にした魔術。
たった一人、無痛覚となった少女を救えた魔術。
「───────────────蒼の法術王!!!」
蒼色の魔力が、月架の周囲に渦巻き、彼の眼前に集束する。
集まった魔力は塊となり、”魔神”と化す。
遙かなる蒼穹の蒼、猛る荒波の如き蒼。
濃色の蒼の衣を身に纏い、その手に己が蒼き巨躯を越える大剣を手にする”魔神”。
月架は現れた”魔神”に、たった一つの命令を下す。
「奴を潰す。援護しろ!!」
”魔神”は吼え、月架は飛翔する。
屋上の床を蹴って、漆黒の空へ。
”使徒”の巨躯へ飛び移ると同時に、”魔神”の大剣が”使徒”に振るわれた。
ドンッ、と爆撃を思わせる大剣の一撃に、”使徒”は咆哮する。
それと同時に、黒島の魔術の盾から、巨爪は離れ、好機と見た、ひょっとこ仮面は力の限りに叫んだ。
「総員、突撃態勢を取れ。神の使いに見せてやるのだ、我らの力を。この戦いに我らは負けないと!!」
号令と共に、魔術師達は果敢な突撃を敢行する。
誰もが、”使徒”の凄まじい力を知りながら。
だが、そんなのは関係なかった。
誰もが、此処まで来て負けられるか、と意地と矜持を以て、ひたすらに戦うのだ。
そんな部下達の姿を一瞥し、彼はダージスの飛翔した漆黒の天を見上げる。
此処にいたはずの、ある魔術師の事を考えて。
「誰も気付かん、か。たった一人、”神の力”を身に納めた男との戦いに終止符を打ちに行った、奴の事を」
無謀な奴め、と彼は漆黒の天を仰ぎ、そう呟いた。
そして、氷の長剣の柄を強く握り、”使徒”へと視線を移す。
「戦って来い。貴様が帰るべき場所を。貴様を迎えてくれる仲間を。俺が責任を持って護ってやる」
だから、勝てよ、と。
彼は呟き、無謀な決戦を挑みに行った者の名を呼んだ。
「柚葉 クロト」