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- Re: Multiplex Cross Point 最終話更新予定 ( No.835 )
- 日時: 2011/01/04 12:34
- 名前: インク切れボールペン (ID: uUme72ux)
Multiplex Cross Point─Season1─ Last Episode
朧気な意識の中で声が聞こえた。
誰かの名前を呼ぶ、聞き慣れた少女の声が。
「クロトッ!!」
肩を揺さぶられ、身体が揺れる。
”神穿ちの魔槍”を使役した事で身体に返った反動に蝕まれる状態で、これは随分と厳しかった。
何とか瞳を開いて最初に視界に入ったのは、見慣れた亜麻色の髪の少女。
普段は魔術組織の副隊長としての威厳に満ちた表情の彼女は此処にはいない。
其処に映ったのは、柚葉 クロトを一途に慕っている義妹だった。
「…やぁ、椛ちゃん」
呆然と、クロトは眼前の少女へ挨拶をした。
普段と同様の飄々とした雰囲気を纏わせて。
ふと、そんな挨拶の後に、彼の頬に何かが零れ落ちた。
春の到来を思わせる暖かな水滴。
その発生源は、柚葉 椛の瞳からだった。
くしゃくしゃの表情で、彼女の瞳からポロポロと溢れる、涙だった。
「…ごめんね。心配を懸けちゃってさ」
その手を延ばし、そっと椛の涙を拭った。
ごめん、と最後に付け加えて。
「…俺はどうなったんだ? ダージスは…?」
「そ、それはだな…、って、うわ!?」
「空から落ちて来たのよ。あんたは」
唐突に椛を押し退け、無愛想な表情を浮かべた少女が彼の視界に入る。
メル・ヴァートン。
彼女は無愛想な表情のまま、現在の状況の説明を始めた。
「突然に”使徒”が消えたの。その後に、あんたが落ちて来た。その数秒後に奴が落ちて来た」
「奴って言うと、ダージスの事?」
正解よ、とメルはダージスの落下地点である場所を指で示した。
見れば、白衣を纏った緋色の髪の青年が倒れている。
ダージス・シュヘンベルク、彼だった。
視界にダージスを捉え、クロトは沈黙を続ける。
「…これが、お前の望んだ結末だったのか?」
なぁ、ダージス・シュヘンベルク。
”共鳴現象”で見た、過去のダージスの発言を思い出し、彼は呟いた。
本当に、それで良かったのか、と。
「…何が?」
彼の言葉に応えたのはダージスでは無く、メルだった。
クロトはメルに対し、何でも無いよ、と応え、静かに立ち上がる。
視界は変わらずに揺らいでいるが、歩いたりする事には支障は無い。
彼は立つと同時に、総帥であるひょっとこの仮面を装着している男へ一つの頼みを投げ掛けた。
「ダージス・シュヘンベルクを殺さないで欲しい」
刹那、その場の誰もが蒼然とした。
誰もが、この状況でダージス・シュヘンベルクを討つべきだ考えていたから。
その考えを知っていて尚、柚葉 クロトはそれを拒んだ。
何故だ、とひょっとこ仮面は敵を前に、敵の助命を乞うた彼に質疑を投げ掛ける。
「彼は一年前の”Child Soldier事件”の首魁だ。断罪するに充分に値すると思うが」
「解ってる。俺の言ってる事が気に食わないって事は。だが、これは譲れない」
断固、己の意志を貫く。
クロトがそう告げた刹那だった。
「ふざけんな!!」
彼の胸倉を掴み、威牙は激昂する。
その瞳に憎悪の感情を滲ませて。
「この男の所為で、どれだけの子供が犠牲になったと思ってやがる!! 寝言にも程があるぞ!!」
彼の吼えるが如き言葉に、クロトは何も答えない。
答えられるはずが無かった。
威牙 無限、彼も”Child Soldier事件”で人生を狂わされた、その一人なのだから。
「俺は奴を殺す。邪魔をするなら、お前も!! 例え誰であっても!!」
恐らく、彼はこの時を待っていたのだろう。
人生を狂わせた事件の首魁を殺す、その日を。
だとしても。
「奴は殺させない」
ズンッ、とクロトは渾身の力を籠め、威牙の腹部に拳を叩き込む。
こふっ、と肺から突然に息を吐き出させられた彼は、クロトの胸倉を離し、身体をくの字に曲げ、咳き込んだ。
その刹那だった。
「醜いね。仲間同士で潰し合いなんて」
そんな馬鹿な、とクロトは耳を疑った。
音源は倒れていたはずの白衣を纏った緋色の髪の青年の口からだったから。
見れば、彼は立っていた。
侮蔑の微笑を湛えて。
「君の一撃は脅威だったよ。御陰で取り込んだ”神の力”の殆どを失ったのだから」
それは逆に述べれば、まだ残された力はある、と言っているのだ。
息を呑んで警戒する魔術師達に向け、ダージスは残された魔力を用い、最後の魔術を展開する。
刹那、魔術師達は唐突に顕れた結界に身を捕縛される。
目に見えない力が魔術師を一人一人を完全に捕らえ、離さなかった。
だが、それに驚愕する暇は与えられない。
何故なら。
続けて、”造られし天上”の下階が爆発したからだ。
「…ふん。予想通り、僕は捨てられるべき駒だったらしい」
爆音を耳に捉え、彼は微笑を湛えた。
魔術師達は一瞥して。
「此処から出せーッ!!」
「くそッ!! だから奴を殺すべきだと言ったんだ!!」
それぞれにダージスの形成する檻から脱出を試みるが、成功の例は現れなかった。
強固な檻に閉じ込められた魔術師達へ、ダージスは静かに言葉を告げる。
「暴れないで欲しいね。それが壊れると困るんだよ」
「俺達を捉えて何をする気なんだ!!」
何をする?
ダージスは、”檻”を蹴破ろうと蹴撃を繰り返す雅依 輝星の質疑に、一笑する。
決まっているだろう、と。
「──────────────────此処の爆発に巻き込まれない様に逃がすんだよ、君達を」