コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Mistake . ( No.98 )
- 日時: 2010/11/06 20:28
- 名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: hqWYiecP)
【Special Episode】
#05 ( Present for You )
翌日、七月二十二日。俺は授業終了の挨拶をし終わると、右手で隣の如月の左手首を掴んだ。
「ちょっ……何しよんねん」
如月は掴まれた左手を振って逃れようとするけど、まあ利き手じゃない右手でも何気に握力が強い俺の手を片手で振り払えるわけもなく。
「いたっ、痛いっちゅーねんぼけ! 離せやっ」
今度は右手を使って俺の手を引き離そうとするが、力が弱い。貧弱やのぉ、最近のやつって。
とはいえ、このままの力でずっと右手首を掴んでおく事はできへん。さすがに如月がかわいそうだし、何より俺が疲れる。
如月の右手首を掴んだまま、左手で自分の机の中を探る。確か、奥の方に突っ込んだ気がすんねんけど……。
「はーなーせーっ! あほ! ぼけ! 左利き!」
「ちょお待って。離したらお前、逃げるやろ。……ちゅーか左利き関係ないやん」
やばいやばい。如月がかなり適当な言葉で罵り始めた。しかもクラス中めっちゃ俺らの方見てるし。
どこや……? 机の中を探る左手は、なかなか目的の"物"を見つけられへん。焦って、更に探し方が雑になる。
「だ……誰か助けてーっ!」
半泣きになった如月が、助けを求めて叫びやがった。いやいやいやいや、そんなこと言うたら誤解されるやん。何ちゅー事しやがるんこいつ……!
如月がSOSを発している間にも、左手で机の中の"物"を探していると、指先に細長い紙の感触が。──これや!
「あった!」
「ぎゃー!」
素早くその細長い紙袋をつまんで取り出し、見つかった安心感と喜びで思わず高々と紙袋を持った左手を突き上げる。と同時に、如月が悲鳴を上げた。
視線を紙袋から如月に移すと、自分は今から殺されるんだと言わんばかりに、目に涙を溜めて震えていた。
ええー? 俺めっちゃ悪者みたいやん。や、傍から見たら百パーセント悪者やん。クラスメイトの視線が痛い……。
「ちょ、如月、落ちつけ。ここめっちゃ居心地悪いし……とりあえず出よ。な?」
とりあえず取り出した紙袋をシャツの胸ポケットに入れて、精一杯優しく話しかけると、如月はこくこくと頷いた。素直っちゅーか怯えすぎて抵抗する余裕がなくなったのかもしれん。
俺は教室のドアの方へ向かってゆっくりと歩き出す如月の方を優しく叩きながら、如月に続いて教室を後にした。
「お前、大丈夫か?」
とりあえず昨日如月を誘った非常階段に場所を移して、パニックになっている如月を階段に座らせ落ちつかせる。
「かっ、かこきゅ、過呼吸なったら、どうしてくれんの……?」
激しい運動をしたわけでもないのに、如月の呼吸は荒くなっとった。……ちゅーかまず"過呼吸"って何や。
"過呼吸"が何なのか気になったけど、今この状態の如月に聞いても答えられへんやろうし、後でパソコンで調べる事にしよう。
「や、ごめんって。まさかあんなパニックなるとは思ってへんかったんやもん」
そう言った後は、俺も如月も何も言わない沈黙の時間が十分程続いた。如月の荒い呼吸だけが、薄暗い階段で響いていた。
聞き飽きた授業開始を知らせるチャイムが、耳に入ってきた。五分前に一回鳴ったから、今度は本鈴やろうなぁ……。
「授業、始まってもうたな」
壁にもたれながら、未だに階段に座っている如月に話しかける。如月は「ああ」と小さく呟いた。
あー、何の授業やったっけ。物理とかやったかな。この微妙な空気が嫌で、そんな他愛もない会話をしてみようかと思ったけど自分でもどうでもいい話やと思ったからやめた。
結局、沈黙を破ったのは如月の方だった。
「お前、何したかってん」
呆れたように聞く如月は、荒かった呼吸も整ってて大分落ち着いてきとるみたいやった。
完全に本題を忘れていた俺は、急いでシャツのポケットにしまった紙袋を取り出し、如月の目の前に差し出した。
如月は無言で、目の前にある紙袋を見つめる。差し出したは良いが、何て言ったらええんや。少しの間考えて、出てきた言葉はありふれたものやった。
「は……はっぴーばーすでい?」
- Re: Mistake . ( No.99 )
- 日時: 2010/12/13 21:42
- 名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: BojjKUtd)
──昨日、学校から帰っている時にふと目に付いたのは、店から出てくる幼い女の子と、多分やけどその子の父親。
ちゅーかむしろ、その女の子が嬉しそうに両手で抱えている紙袋。ピンクの花柄の紙袋はやけに可愛らしくて、嫌味半分本気半分、如月にぴったりやと思った。
多分ここで何か買うたらあの紙袋に包んでもらえると思い、立ち寄った。……が、何を買うかまったく決めていなかったせいで、三十分くらい店の中をぐるぐる回っとった。
「あ、そういえば今日」
授業中の出来事を思い出した。そういえば、赤いボールペン、インク切れとったよな?
ボールペンが並べられているコーナーへ移動したけど、ファンシーなデザインの物ばかりで、男向けなものは一つも無かった。さすがにプレゼントの"本体"までファンシーやと使わへんやろなぁ。
「これ……ええんちゃう?」
やっとわりとシンプルな物を見つけたと思ったけど、クリップ部分にハートが描かれていた。やけど、もうこれ以上のシンプルな物は無い。
他の店行けばええやん、と自分でも思った。でもなぁ、何やここがいいっていうか今更違うとこ行くってのも負けた気がして嫌や。よし──!
「嫌がらせか」
如月にあの紙袋を渡した後、睨まれてもうたから、購入までの経緯を話した。そしたら、一層鋭い視線で睨まれた。
如月はため息をつきながら紙袋を開け中の赤いボールペンを取り出した。じっくり取り出したボールペンを眺める。その後、如月は信じられへん言葉を口にした。
「俺、赤色嫌いやねんけど」
……え? いやいや、必死で振りよったん誰じゃい。お前やろがい。
開いた口が塞がらない状態な俺を見て、如月はふっと嘲笑うように口端を吊り上げた。
「昨日のあれ、引っ越す前に友達から貰ったやつ。使い切ってねって言われたから使っとっただけやもん」
そんなエピソードあるとか聞いてへんで。俺は少し泣きそうになりながらも、自虐的な言葉を発した。
「ほなそれ、いらんやん」
「いる」
如月は意外にも即答した。赤色嫌い言うたん誰じゃい。お前やろがい。気ぃ遣ってくれんでもええのに。変なとこ優しいっちゅーか、何て言うか……。
それまで階段の一段目に腰掛けていた如月が、立ち上がり一歩一歩俺に近付いてくる。壁にもたれかかっていた俺の五センチ程手前で立ち止まる。結構な近さになって、俺は顔を背けた。
「別に無理して使ってくれへんでも」
「いるって。ちゅーかもうこれ俺のもんやろ?」
「せやけど……」
返す言葉が見つからず、口を噤む。如月の顔を盗み見すると、勝ち誇った様な顔をしていて、鼻についた。
如月は振り返り、また先程まで座っていた階段の端の方に座る。俺は背中をずるずると擦りながら、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「峰岸」
「んー?」
不意に自分の名前を呼ばれて、少し驚きながらも床を彷徨っていた視線を如月に向ける。視線を感じたんか、俯いていた如月は顔を上げる。互いの視線が交差した瞬間。
「ありがとぉ」
一瞬の事だったが、確かに。いつもつまらなそうな、どこか意地悪な顔をしている如月が。初めて、俺に。
──屈託のない、笑顔を見せた。