コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Mistake . ( No.145 )
- 日時: 2010/12/27 10:26
- 名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: .cyOEvRH)
【Special Episode】
#09 ( 重なる手、赤い光 )
自分でもなかなか止める事が出来なくなって、どんどん嫌な方向に想像を膨らませていると、いつの間にかあのピンクのキラキラの厚化粧女のどデカイ顔……がプリントされたプリクラ機が目の前にあった。
「なあ、冗談やろ? 正気か? シラフか? 酒でも飲んどるんちゃうか?」
「冗談ちゃうわ。正気や。飲んでへんわ。ちゅーか飲めへんわ、飲んだらあかんわ……お前どんだけつっこませるん」
別につっこんでもらおうと思って言ったわけちゃうし。そう心の中で如月に小さな反抗をしてみるが、当たり前やけど声に出してへんから如月の耳には届いていない。
……何や、嫌な視線を背中に感じる。いや正直言うと、このプリクラコーナーに入った時から感じてた。ちゅーか見た。……きゃっきゃとガールズトークなるものに花を咲かせていたであろう女子達が、明らかにこのコーナーに相応しくない俺達を顔をしかめて睨みつけているのを。
その女子達が言わんとしている事が、如月はどうなのか知らへんけど俺には分かってしまった。いろいろ言いたいことは山ほどあるが、それらを全部ひっくるめて言うと"あいつら何で男二人でこっち来てんの? 超邪魔、マジKY"や。雰囲気が出るように今どきの女子っぽくお送りしてみた。
そらそうや。俺かてまだ疑問に思っとるわ。何で男二人でこんな場所来とんねん、と。とりあえずそんな視線を送っている女子達に一番に言いたいのは「俺の意思でここに来ているのではない」という事だけや。責任転嫁やない、言い訳でもない。これは事実。
「入るでー」
ほら今もこうして、この魔のプリクラ機の中に躊躇無く入ろうとしているのは如月だけで、俺はそんなあほに連れていかれているかわいそうな男子高校生。あーもうほんまかわいそ、俺。涙出てくるわ。あ、それは如月に引っ張られている手首の痛みのせいかもしれへんけど。ええ加減掴むんやめろやこのあほがっ。
「あーもう、入ればええんやろ? 分かったっちゅーの」
「だっちゅーの」
俺が諦めて言うと、如月は小さく笑いながらそんな言葉を口にした。あまりの言葉のチョイスの古さに驚きながらも、俺はこうつっこんでやった。
「古いっちゅーの」
俺が生まれた時には既に店を始めてから十年目に突入していたというこの醤油ラーメンの屋台は木製で、あまり手入れを施していないのか若干折れそうになっている部分もある。が、多少ボロい部分を除いてはどこにでもありそうな普通のラーメン屋。ついでに言うと味も普通。で、そんな普通の屋台で俺らは二人してある物を見つめていた。
口に出したくもない"ある物"とは、あの、男二人で撮ったプリクラや。
如月が俺の意見も聞かずに調子乗ってピンクの背景とかハートマークとか付けよって、もう男二人できしょいとかそうゆうのを通り越して、小さいながらも、ものすごい妖しい雰囲気を醸し出すプリクラを、何を言うでもなくただただ見つめ続けていた。
見つめ始めてから数分経って、頭にタオル巻いた坊主のイカついおっちゃん、つまりこのラーメン屋の店主が、白と赤の何ちゅーのかよう分からへん模様が描かれたベタすぎて最近は逆に見いひんくなった丼に、海苔とナルトとメンマと二枚ほどの然程大きくないチャーシューと大量のネギというこれまたありきたりな物をトッピングした醤油ラーメンを入れて、俺らの前に一つずつ出した。
如月がその店主に小さな声で「ども」と言ったのを見て、俺も小さくお辞儀した。だがその店主は気付いていないのかはたまたどうでもいいのか、一ミリも表情を変えずに次のラーメンを作り始めた。どうでもいいんやとしたら、なんちゅークールなおっちゃんやねんと思う。
目の前に置かれたラーメンの丼より十センチ程奥に置いてある黒のシンプルなカップには、割り箸がたくさん突き刺すように入れられとる。俺はとりあえずプリクラをズボンのポケットに入れ、割り箸を二つ同時に取り、一つを左手に持ち替え左隣に座っている如月に差し出す。
如月はそれを右手で受け取り、数秒置いてから両手で持ち直しパキッという音をたてながら割り箸は綺麗に二つに割れた。その軽い音に弾かれた様に、それまで無言だった如月が口を開いた。
「……思い出やって。ちっさい写真と思えば別に気持ち悪くなんか……うぇ」
もう如月の視界にあのプリクラは入っていないというのに、思い出してもうたんか知らんけど口に手を当てて顔を背けた。……おいおい待て。諸悪の根源は誰や。如月や。その如月が、今、言うた。
「うぇ、言うたな。お前今うぇ、言いよったな? 吐きそうなったな? 誰のせいや。誰がやろう言うたんや」
「そんなん……うぷ」
「吐いても知らんぞ。放置するぞ。それか指差してきたねー言うて手ぇ叩いて笑うぞ」
「助けてラーメンマン」
「もう消えてまえぼけ!」
- Re: Mistake . ( No.146 )
- 日時: 2010/12/28 17:35
- 名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: .cyOEvRH)
あれからラーメンを食べ終わるまで、とにかく沈黙が続いた。屋台全体が無音やった。
あのクールな店主のおっちゃんは勿論話しかけてくるなんて事せえへんし、後から入ってくるお客さんもサラリーマン風のスーツのオッサンばっかやし、ラーメンを作っている音、つまり中の水が沸騰してしゅーしゅーいってる鍋の音と、店主のおっちゃんが湯切りをしている音しか聞こえなかった。
如月は偶に申し訳なさそうなオーラを発しながら俺の方をチラ見してきたが、堪忍袋の緒などとっくに切れている俺はそれはもう見事に無視してやった。
ラーメンを食べ終わるとすぐクールな店主のおっちゃんに小声で礼を言って、ラーメン代五百円を渡して屋台から出た。如月を放置して……きたつもりだったんやけど。
「峰岸、待ってって」
如月が慌てた様子で屋台から走ってきた。と思う。声がした方を振り向かずに、無論立ち止まりもせずに、ずかずかと足早に歩いているせいで確認はできないが。
「"待て"って言われて待つヤツがおると思ってんのか」
俺は一度ため息をついてから、歩く速度を落とさずに、冷たく言葉を発した。これで少しは怯むだろうと思って発した言葉だったが、如月は即答しやがった。
「うん。峰岸なら待ってくれるって、信じてるもん」
……こいつは正真正銘のあほか? 今まで散々あほやあほや言うてきたけども、ここまであほなんか? と思ったけど、如月の答えを聞き思わず前へ進む足を止めてしまった自分もあほやと気付いたから、俺の方が怯んで何も言えへんくなってもうた。
俺は数秒その場に立ち止まって俯いていたが、後ろの方から何やら全速力で走って来ているような足音がしたのでぱっと振り向くと、「ばーん!」という憎たらしい如月の声と同時に俺の目が何かに塞がれて何も見えなくなってしまった。
「ああっ!? 何しよんねんコラ!」
目に当たる布の感触と、俺の体にかかる重みで、"ああ、如月に飛びつかれたんや"と理解できた。できれば理解したくなかったけど。
「ほらなー? 俺の言った通りや」
如月はえへへ、と気色悪い笑い方をしながら、俺の首にまわした手にぎゅっと力を込めたせいで、恐らく腕の部分が当てられている俺の目に軽い痛みが走る。
「何がや! ちゅーか離れろ! 今すぐに!」
「待ってくれたやん、峰岸」
即座に否定しようとしたが、今のこの上機嫌で鼻歌なんか歌ってやがる如月には何を言っても効かないだろうと思ったからやめた。ああ、なんか消化不良。
とりあえず如月の手首を掴んでほぼ力ずくで俺の首に絡まされている手を解き、投げ捨てるように掴んだ手首を離した。
少々乱れた息を整えていると、ふと左腕に付けた三千円という俺からしてはかなり高い値の黒のデジタル腕時計が目に入った。そこに青い光で示されている時間と日付に、俺は驚愕した。
「え、あ、え? 今日って十二月六日? うそ、もう終わってまうやん!」
いきなり慌てふためく俺に如月は困惑した表情を浮かべながら「何がやねん」と聞いてきた。
「十二月六日が。今、十一時五十九分。あーもう、俺誕生日やったのに……」
「お、おま、今日誕生日なん? はよ言えや!」
俺が答えた途端何故か如月も慌てて、それまで右手に持っていた何かしらの革で出来た学校の指定鞄を開け、逆さまにした。当然の如く、中に入っていた物が全てアスファルトの地面に叩き落とされる。
俺はその突然の行為に驚いて何も言えずに立ちすくんでいると、如月はその場にしゃがみ込んで鞄から出た物を漁り始めた。かと思うと今度は急に立ち上がって、自分の服のあらゆるポケットに手を突っ込んで何も無い事を確かめている。
「ほあ」
シャツの胸ポケットに手を入れた瞬間、如月はそんな素っ頓狂な声を上げた。と、今度は笑顔で俺の方に近付いてくるではないか! やだ。こんな不審人物、俺知りません!
……ころころと変わる如月の表情に、俺の頭もどうかしてきたみたいや。はは、ははは。もうどうでもええわ誕生日なんか。その前に目の前のきしょい人をどうにかしてくれ。
俺の胸の内など知らない目の前のきしょい人如月は、右腕に付けられている白い腕時計を見て、少し表情を曇らせた。
「二十秒前や」
そう言うと、ぐっと俺の左手を掴んで自分の方に寄せ、手の平を上にして開かされた。そしてその手の平の上に何かを置かれ、俺の手ごと如月に両手で握られる。俺は握らされた左手の中の異物感に、顔を歪める。
無意識だが視界に入った俺の腕時計には、十二月六日午後十一時五十九分五十五秒と示されていた。
──誕生日終了、五秒前。
如月は目を閉じて大きく息を吸い込み、また、静かに目を開く。そしてその表情は、俺が如月にボールペンをプレゼントし"ありがとう"と言ったあの時の、綺麗で純粋な笑顔で。
「お誕生日、おめでとう」
俺の左手を握りしめたまま如月がそう言った瞬間、俺の腕時計は日付の変更を教える赤い光を発していた。