コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: Mistake . ( No.153 )
- 日時: 2011/01/02 18:48
- 名前: 或 ◆zyGOuemUCI (ID: akJ4B8EN)
【Special Episode】
#10 ( これからの二人 )
──あん時は、まだ高校生か。
今はもう仕事にも慣れたし、立派とまではいかへんくても社会人やもんな。二十代なんてもう大人になっとると思っとったけど、意外とまだ全然子供かもしれへんな……。あー、やんなっちゃうね。こうも成長してないと。逆に体力的な事を言うとあの頃と比べたら衰えてるやろうけど。
はっと我に帰り先程まで如月が立っていた筈の右隣を見ると、そこにはもう如月は居なかった。おかしいな、さっきまでそこに居たのに。首を傾げていると、誰かに後ろからスーツの袖を掴まれ引っ張られた。
「何してんのおっさん。駐車場こっちやし。はよ行くで。今年は焼肉予約してやったんやから」
振り向いて確認するまでもなく、声で分かった。如月だ。掴まれた瞬間の一瞬の不安は、もう遠い彼方へ消え去った。だが今度は、チクチクと胸を刺す苛立ちが込み上げてきた。何じゃこいつ。声だけで人を苛つかせるって、プロか? そんなプロ嫌や。
「……お前は昔っから憎たらしかったよな」
振り向きざまに小声で独り言のように言ったつもりやったけど、如月は地獄耳なのか何なのかしっかり聞き取りよったみたいで、ギロリと俺に鋭い視線を向けてくる。
「んなこと言うんやったら連れて行かんぞ、焼肉」
「どうせ今年も割り勘やろ?」
「当たり前じゃ」
如月は髪型を整えながらそう即答し、おまけに"ふふん"と鼻で笑い、スキップなんかして社員専用の駐車場がある会社の裏に続く、誰が植えたんだか知らないが赤や青や黄色といった色とりどりの綺麗な花が沢山咲いている白のプランターが両端に置いてある道へ向かう。それを見て、慌てて俺もその後を追う。
何だか如月のスキップしている足音しか聞こえないっていうのが嫌になって、俺の前を軽快に進む如月の背中に適当な言葉を投げつけてみる。
「ケチー」
「ケチちゃうもん」
すぐに俺の先を軽快にスキップで進んでいた如月が、ご丁寧に振り返って睨みながら否定されてもうたけど。
如月と誕生日を過ごすのは、もうこれで九回目? 十回目? ……まあそれぐらいになるんやけど、毎年毎年割り勘。俺、主役やのに。そういえばあのラーメンの代金も、結局自分で支払った。おごってくれるっちゅー話やった気がするんやけど……。いや、あの時はあんな状態やったし仕方が無いとして、その次からは何故おごりじゃなかったんかな。おごりでも良かったんやないかな!?
いや、待て。もっと前に引っ掛からなければならないところがある。"如月と誕生日を過ごすのはこれで九回目か十回目"ってとこや。いやいやいやいや、何でそんなに一緒におんの? 俺。しかも誕生日なんて大事な日に!
……あー、分かった。分かってもうた。他にそこまで仲のええヤツが近くにおらへんからや。"ばかだ"こと若田はおもろいけど一緒におったら疲れる。何故かというと馬鹿やから。え、でも如月ともそこまで仲ええわけちゃうしなぁ……。何でやろ。不思議、自分が。
でも何やかんや言って如月は毎年ちゃんと誘ってくれとるわけやし、俺も一応毎年如月の誕生日にはプレゼントあげてるし、うん。まあ、ええか。彼女できるまではとりあえずこのままでも。
そんな自己解決をした後、急にものすごく酒が飲みたくなった。ビールが。生ビールが。その事を、いつの間にかスキップしていたのをやめ、普通に歩いていた如月に伝える。
「なあなあ、ビール飲んでもええ?」
「車誰が運転するんや」
「如月さん」
如月を指差しながら俺が答えると、如月は露骨に嫌そうな顔をしてこう言った。
「嫌やー、お前が飲むんやったら俺も飲みたい」
「えー……」
"えー"と残念だという感じたっぷりで言ってみたものの、まあそうやろな、と思った。やってこいつアルコール大好きやし。一人でワイン一本飲み干すヤツやし。ちゅーか如月じゃなくても嫌やろうな。目の前で美味そうに酒飲んでるヤツおんのに自分が飲めへんって。
でも、次に如月が発した言葉にはどうしても納得できなかった。
「プリンで我慢しときなさい」
「全然ちゃうやん」
他愛も無い会話をしながら歩いていると、いつの間にかもう駐車場に着いていた。止めてある車と車の間を通り抜けて行く如月の後を、如月の車がどこに止めてあるのか知らへん俺は黙って付いて行く。
ふと、じゃら、という金属と金属の当たる音がして、如月の手元に目をやると、ポケットから車のキーらしき物を取り出していた。何となくそのままキーを眺めていると、見覚えのあるピンクの花柄の紙が、リボンのようにそのキーに結ばれていた。
「それ」
驚いて思わず声を発してしまった。
俺の声に反応してか、如月は立ち止まりこちらを向いた。"それ"が何を指す物なのか気付いたらしく、ただでさえ男にしては大きいその目を更に見開いた。
「あー……捨てるのも勿体ない、かなーって」
如月のその言葉で、俺は確信した。
キーに結ばれているのは俺が初めて如月に渡したプレゼント、あの赤いインクのボールペンの紙袋。
若干黒ずんで、所々破れたりはしているものの、間違い無くあのファンシーショップのものや。でも、まさかあの如月が、まだ持ってるなんて思ってもみなかった。
「や、だってさ、これ、お……俺に似合うと思って買うてきたんやろ?」
気まずそうに目を伏せながら如月に問われたけど、どうしても声が出らんくて、俺は何も言わずにただ頷いた。
「持っとかなあかんかなって、思ってん。……ぎゃーもう嫌や、恥ずいっ! 終わり、この話題終わり!」
気付くと如月の顔は真っ赤に染まっていた。
あ、あほやなぁ、こいつ。極度にあほや。果てしなくあほや。……けど、まあ。
「あー、有難う」
「あかん、もう終わり!」
耐え切れずそう言って走り出した如月の姿に、無意識だが口元が緩む。如月にバレると怒るやろうから、手で口を覆う。
如月は、確かにチビでうざくてあほやけど、ちょこーっと、ほんまに塵くらいちょこっとは、ええとこもあるし。男友達もおらんとか言いよったし。タラシやのに今は彼女おらへんみたいやし。
──もう少しくらい、仲良くしてやってもええかな。